第一ステージ卒業
「失礼します」
静かに職員室のドアを閉め愛莉が天文部顧問の志賀のところに、やっと仕上がった天体観測会の予定表を持ってきた。
「ご苦労様、北山昼食とったのか?」
箸を持って、口をもごもごさせながら志賀が言った。
「いえ、これからです。ずいぶん遅くなったので早く届けたくて・・・すいません」
ペコっと頭を下げたあと愛莉は笑った。
でもそれは志賀にではなく、隣で大きなおにぎりを食べる担任の菅原に対してであった。
「え~!何かおかしい?北山さん」
慌ててお茶を飲み、むせながら菅原が言った。
「いえいえ、別に・・・ただ私のイメージで菅原先生って少食の感じがしたので、つい勝手にそう思って・・・ごめんなさい」
軽く謝りながらもまだ顔の表情は緩んでいる愛莉。
「あっ、それで思い出した。観測会では美味しいもの、たらふく食べられますよ!菅原先生。去年もそうだったな?北山」
「そうですよ。毎年、みんなお腹痛くなるほど食べていますよ。だから心配しないで!菅原先生」
今年初めて菅原が引率教師として観測会に参加することになった。
洗礼のように同僚教師と教え子にいじられる菅原。
「もう!北山さんならいざ知らず、志賀先生まで・・・まるで私が大食漢のように言って・・・今日たまたま、大きく握っただけですよ。だから一個でしょ?」
志賀は菅原なだめるように両手を広げ、下に押さえるようにし、愛莉は微笑みながら職員室を後にした。
昼休みが終わり、最初の授業が始まった。愛莉にとって先程、職員室で笑った相手が次の教科担当だ。
菅原は教室に入って来るなり愛莉と目が合いバツの悪そうな顔をした。授業が中ほどまで進んで菅原が教科書を読みながら生徒たちに当てていく。
よくある光景だが、今日は曲に合わせて英単語を覚えていくという昔ながらの授業だ。
「こうやって覚えていくのが一番早く身につくのですよ。小学校の時にしたみたいに、少し歌ってみますね。ワンリトル、ツーリトル、スリーリトルインディアン・・・高校生になってもこうやって覚えるとたまにはいいですよ」
菅原が懐かしげに歌った。教室内は少し和んで受験勉強に追われる生徒たちに暫しの休憩授業といったところであった。
「歴史の年号を覚える時も語呂合わせを言ったり、数学の√ を覚えるのも、ひとよひとよにひとみごろ・・・みたいにするでしょう?そうやってリズムに乗せると覚えやすい」
そう菅原が言い終わり少しの間があいたあと愛莉が叫んだ。
「あ~~!先生ありがとう。ちょっと出てもいいですか?」
「どうしたの?北山さん、具合でも悪いの?」
愛莉は菅原が聞いた時にはドア付近まで進み、「そうです」とひとこと言って教室を出た。
菅原や生徒たちは何がなんだか分からず、慌ててドアも閉めずに出て行ったあと、近くに座っている者が静かに閉めた。愛莉はその足で屋上に向かい、ケータイのアドレスを検索するのだが、なかなかうまくいかず、焦ってばかりで思うように出てこない。
滅多に掛けない番号だと特にそうだ。ずいぶん長い時間が経ったように感じた。そしてやっと目当てのアドレスが出てきて親指で発信ボタンを押した。
「もしもし、北山准教授をお願いします」
相手先も確かめず自分の要件を伝える愛莉。メモリーに入れているとはいえ、それほど慌てているのが相手にもわかったのだろう、特に警戒心もなく愛莉に誰であるかというのだけを確認した。
そして「娘が急用だ」と伝えてほしいと相手にも急がせた。保留音が一曲フルコーラス流れるほど長く感じた愛莉は、屋上の柵を指でピアノのように叩きながら、父が出るのを待った。
「もしもし・・・」
「お父さん!あのね・・・」
父が言ったのとかぶるように愛莉は声を発した。
とりあえず落ち着けと、電話口でなだめる父の声を聞いて自分でもかなり慌てているのがようやく分かり、一度深呼吸して話し始めた。
愛莉は父にその慌てていた内容は詳しく話さず、目的の段取りだけを告げ、約束を取り付けた。やっと落ち着いて階段を下りたところで紀子が心配そうに愛莉のもとへきた。
「大丈夫だった?カラダの不調じゃないよね?」
「そう。ゴメンね!それより紀子、第一ステージ卒業よ!もうスゴイんだから・・・あとで菅原先生にお礼言っとかなきゃ」
心配そうな紀子とは裏腹にスッキリして晴れ晴れとした笑顔の愛莉。ちょうどチャイムが鳴ったので愛莉は放課後話すと言い、ふたりとも教室に戻った。
放課後いつもの渡り廊下のベンチで愛莉は英語の授業中に起こった出来事を紀子に説明した。菅原が曲と共に英単語を言ったとき、例の< STAT> 、< SURD> の単語にメロディがあり、それに乗せて三桁の数字が四回出てくるのを思い出した。
それは昔、祖父権三が愛莉に何度も言い聞かせていたものだった。
「いいか愛莉、今からおじいちゃんが歌う唄を覚えておくんだぞ!それから、決して人前で歌っちゃいけないぞ!」
< スタットサード823、017、631、003>
遠く幼き日の記憶。しばらく忘れていたがふとしたキッカケで思い出すものだ。それがどんな意味をもち、どんな影響があるのか解らずとも・・・眠っていた記憶が突然蘇るのはまるでその時を待っていたかのように・・・なにかが始まるのであろうか。
「え~!本当に解ったんだぁ。それでこのあとどうするの?」
紀子は文字通りイスから転げ落ちるように驚いた。
もちろん、これが解読できなければ先に進めない。
しかし、ひとつ引っ掛かることがあると紀子はいう。
「もしそれが愛莉のおじいさんがつくった金庫で暗号でしか鍵を開けられないとしたら、よほど愛莉以外には見せたくないってことよね?そうすると、ここから先は私も知ってはいけないってことじゃない?」
確かに紀子の言う通り、それは権三の意思かもしれない。どういう意図でこんなことをしているのか。
まさか権三が遊びでやっているとも思えない。それは愛莉も考えていたことだが、いざ先に進むとなると現実味を帯びてくる。だからといって、ここで諦めてしまうのも忍びない。愛莉は意を決して言った。
「もしそうならやめる!」
「え~!ホントに?」
愛莉の意外な言葉に紀子は驚いた。途中で諦めるようなことは絶対にない愛莉がそういう風には言わないと思ったからだ。
「そんなことになるんだったら、それをつくったのはおじいちゃんじゃないし、それなら私じゃなく他の人が解くはず」
それほどの大きな自信に紀子はある種、恐れを抱くとともに頼りがいがあるとつくづく感じ、控えめに言った。
「わたし、続けてもイイのかな?」
「当たり前じゃん!紀子がいないとここまで私もできなかったし、これからもできない。っていうか、明日紀子も東都大に行ってもらうよ!もうお父さんには連れて行ってもらうように言ってあるから、ヨロシクね!」
「え~!」
先ほどの控えめな声とは全く逆に大きな声で紀子は叫んだ。




