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追跡

赤い車は目立つ、よほどの事がない限り大丈夫だろうが、振り切られ見失わないようにと恵一は気を張っていた。しかし──


──ノロいっ!!マジでトロい!そして危なっ!!


初めは公園付近の渋滞のせいだと思っていたが、そこを抜けても一向にスピードが上がらない。

追う車のスピードが遅すぎて、跡をつけるのが逆に難しいのだ。しかも、若葉マークにありがちなウインカーの出すタイミングや車間感覚に冷や冷やされっぱなしだ。


──うわっ!!何?左折すんの?このタイミングで?っん?あぁっ!寄りすぎっ、寄りすぎっ!!わぁ!気を付けて~!


周りの車たちは、赤いミニバンに近づきたくないと言わんばかりに距離を取っている。恵一は車がキズだらけだった意味を改めて理解し「事故が起きませんように!」と祈った。


──スピード出し過ぎるなって言ってたのだれだっ!


姿の確認が未だ取れていない男の子だと思われる声の主に、恵一は声に出して悪態をつく。車と違い直接感じるムンムンとした暑さも恵一を余計に苛立たせた。


──おっと!その先を右折か?んーと、じゃあ高速乗るのか……それじゃあ先に行くか!このままじゃあ、俺も危ないライダーだと間違われるッ!


インターチェンジへ先回りし、その先のサービスエリアで赤い車を待ち構えることにしたのだ。心地よいエンジンの振動を感じながら恵一はスピードを上げた。


サービスエリアに到着すると、他の人に邪魔にならず、且、走る車を監視できる位置でバイクを止める。むさ苦しいヘルメットを脱ぐと、ふーッと息を吐き出し頭を軽く振ると汗が飛び散った。


──あっちー!!これじゃあ、熱中症になるな……ジャケット脱いでTシャツになりてーグローブも外して、あぁもうッ!いっそ裸になりたいッ!!


背面のボディバッグからペットボトルを取り出し半分ほどを一気に飲む、ジャケットの前を開けると汗を吸ったTシャツがヒンヤリした。バッグの当たっていた箇所が体にへばり付いていて気持ち悪いし、ゆったり目のブラックジーンズも湿気を帯びて若干重い。もう少しで夕方の6時半になろうとは思えない暑さだった。


──ホント、マジで拷問!夏にバイクは乗るもんじゃない!!


恵一は温くなった?残りのポカリを飲み干すと、Tシャツの裾で顔の汗を拭った。


メリッサのスピードじゃここを通過するのはもうちょっと後をだろう、と、サービスエリア入口付近の自販機に目をやった時だった、視界の片隅に赤いものが入る。


──エッ!!まさか、もう?


同じ車とは思えないスピードで赤いミニバンがサービスエリアの前を通過していく。ずっと追尾していたのだ見間違うはずがない。


──エッ?エッ?何で?何あのスピード!


恵一は「ヤバい、ヤバい」と声に出しながら空のペットボトルをボディバッグに突っ込み、ヘルメットを被ると慌ててエンジンをかけた。


──クッソー!何だよアレ!なるほど……下手くそなのにあのスピードじゃぁ、間違いなくいつか捕まる!


高速に合流した時には、すでに赤いミニバンは見当たらなくなっていた。


──マジか~!しっかし、めちゃくちゃだなぁ……大丈夫か「ネズミ捕り」……まぁ……トンネルあるし出口はその先だし……大丈夫だ!と思う……取り敢えずこっちも飛ばそう!!

赤いミニバンから車を1台挟んだ後ろに恵一はいた。車の合間を縫って距離を稼いでいる内に周りの車が減速し出したからだった。電光掲示板に「この先事故」の案内が出ている。


──事故の当事者には悪いけど、追いついた!!


点滅する「車線規制」の看板や旗を振る交通管理隊、道路の所々に落下した破損物が見え、その先に小型トラックと若い女性に人気の軽自動車、そしてパトロールカーが路肩に並んでいるのが見えてきた。どうやら軽自動車が荷物を摘んだ小型トラックに突っ込んだ「玉突き事故」のようだ。


タンクトップ姿の男が小型トラックの後部と荷台を指差し、小柄の女の人に詰め寄っているのを間にいる警官が何やら宥めている様子が見える。


メリッサの車がその横をゆっくりと通り過ぎてゆく。


──メリッサ、あんたの運転いつか同じ目に合いますよ!


と、恵一がメリッサの車に視線を移した、その時、車の助手席の窓から誰かが顔を覗かせ、右か左かの手を窓の外に伸ばすのが見えた。


──え?メリッサ?え?じゃあ運転は誰が?


車はノロノロと前進している、彼女の車は左ハンドルでないことは分かっている。


──え?何か持って……


よく見ようと目を眇めた時、伸ばされた手の先、何か細長いものの先っぽが一瞬だけ光った。……光ったように見えた。直ぐに手は引っ込められ、何事もなかったように時が進む。


──え……何?


前の車も続けて通過し、恵一のバイクは件の現場の真横で走行がほぼ停止状態になった。おかげで現場の状況がよくわかる。恵一は事故の当事者たちが腰を抜かしたように座り込み、立会いの警官が呆然と立っているのを見た。小型トラックの運転手らしき男が指さす方向に目をやる。


──んんん?玉突き事故なんだよな?トラックに突っ込んだんだよな軽が?荷物が落下するくらいの衝撃だったんだろ?なのに……どっちもどこも壊れてない……???いや……まてまてまて……そんな馬鹿な……


浮かびかけた駐車場での光景を理性が無理やり押さえつける。恵一はハード系のグミが歯にくっついたままのようなモヤモヤした気持ちを抱えたまま、その場を通り過ぎるのだった。


暫くすると、段々車の動きがスムーズになってくる。


恵一は同じ位置をキープしてメリッサの赤いミニバンを追尾した。事故を見て自重したのか、あれから制限速度を守っているようだ。

トンネルを無事に通過し、インターチェンジが見えてきた所で、バイクを真後ろにつけた。左側から茜色に染まり始めた空を背景に、輪郭が曖昧になりつつある前のミニバンに目を細める。


──さぁどっち行く?


と、同じ方向へウィンカーを出した時だった、リアガラスにかけられたカーテンが少しだけ開いたように見えた。


──エッ??


こっちを見てる?──いや、真後ろといっても50メートルは離れている、顔だとハッキリ認識できたわけではない。丸くて赤っぽい……しかし、もし顔だとしたら異様に小さい?気がするし、それに……感じる視線の位置が上過ぎる。


──いや、そんな訳ない……あれじゃまるで、天井から逆さまにぶら下がっているみたいじゃんか……ビスクドールを吊るして……?


後続車からのクラクションでハッとした時には、赤いミニバンは前進しカーテンもキッチリ閉じられているように見えた。恵一は急に寒気がしてぶるっと身体を震わせた。


──いや……いやいやいや……まてまてまて……


胸の奥からドクドクと聞こえるのはバイクの振動ではないと知りながら、まるで赤いミニバンと見えない力で繋がれているみたいに連なって進む。国道に繋がる弧を描く道路が、後戻りできない世界への参道のように思えた。

さらに、薄暗くなってきたからか昨夜みた悪夢が脳裏によみがえる。恵一はヘルメットの息苦しさをいつも以上に感じながら、現実の世界にいることを確認するかのようにハンドルを握りしめた。


信号機から少し離れた所にライトアップされた大きな看板があった。看板の大学名がここが夢うつつの中ではないことを教えてくれる。


──ここ来たことあるぞ!たしか……一年前の大学祭だ!茉莉に無理やり連れていかれた大学。あれだ!電車の乗り継ぎが2回もあってウンザリしたヤツ!!


生まれて初めて行った学祭というものに、茉莉がえらく興奮していたのを覚えている。


──大学は駅に近かったんだよな……学生が多いからかワンルームマンションもいっぱいあって、スーパーやレストランなんかもたくさん……メリッサは……市街地とは反対の方向か……山ン中に行くんじゃないだろうな……


山の中にひっそりと建つ古びた洋館を想像し、少しばかりドキッとしたが、大学の看板を見たからか、恵一は得体の知れない世界から抜け出て、自分がよく知る日常が戻って来た感じがしてホッとしていた。


市街地と反対の方向に進むと所々に田畑が増えていく、国道沿いとは思えない古びた店先や、町工場のような建物も多く点在していた。赤い車以外はどんどん横道にそれ、進むにつれて国道上の車がどんどん減っていく。大学のために市街地だけが発展し、こちら側はおいて行かれた感が否めない。


──でもなぁ、暗くなってきたし……これ以上追尾するの難しいなぁ……どうする……


そう思った時だった。赤いミニバンが急に右折のウインカーを出した。


──エッ?何?道ないよ?あれは……町工場?え?入んの?工場に???どう見ても廃業してね?ん?ここ?ここに住んでるってこと???


恵一は迷った末に路肩寄せてエンジンはかけたまま停車した。


バイクを押しながら、恵一はメリッサの赤いミニバンが入って行った場所へ近づく。


そこは、何かの修理工場だったかもしれない。開け放された鉄柵にはかろうじて読める「侵入禁止」の看板、奥の建物の天井付近の看板が傾いていた。

シーンと静まり返った暗い工場で、恵一は暫くの間呆然と立っていた。赤いミニバンはどこにも見あたらない。確かにここに入ったのだ。


バイクのスタンドを立て、ヘルメットを脱いで視覚を暗闇に慣らしてみても、あるのは工場の名残のあるガラクタばかり。


──どういうこと?消えたの?ショーで見たマジックみたいに?……いや、魔法……やっぱり魔法使いなの?ホントに……?


早鐘を打つ心臓の鼓動をバックミュージックに、湿気を含むじっとりとした暗闇がジワジワとせまる。

暗闇が廃工場を飲み込もうとした時、唐突にインターチェンジで受けた同じような視線を感じ恵一はハッと我に返った。


ドキドキしながら身構え、視線の元を探そうとキョロキョロと目だけを動かす。一際感じる視線は工場の屋根付近、そこに目を向けると、傾いた看板の上に光る二つの玉。


ギョッとするのと同時にスマホのバイブ音が響き、恵一はヘルメットを抱え込みギャグマンガのように一瞬飛び上がりそうになった。

バイブ音がしつこく続く、しかし恵一は猫にしては大きく異様に光る二つの玉から目を逸らす事が出来ず、まるで地面に固定されたかのように身動きできなかった。


二つの玉はバイブ音が途切れると申し合わせたようにフッとかき消える。


──あっ!き、消えた!


恵一は呼吸を思い出したかのように大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。


スマホを取り出す、若干手が震えている気がしたが、何も見なかったと自分に言い聞かせ電話をかけてきた相手を確認する。


──茉莉か……フーッ……驚かすなよ……


どうせ大した用事ではないはず折り返すかラインで済ますか、恵一は取り敢えずこの場所を出なければと思った。


「こんな所で何してるんだい?」


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