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どうしても会いたい

ガチャッ!バタン!


次の日、恵一は玄関の扉が閉まる音で目が覚めた。

どうやら昨夜あのまま眠ってしまったようだ。変な態勢で眠ったからか左肩がきしむ。


ベッドから足を降ろして肩を回していると、ノックが二回。逡巡したのはほんのわずかで、恵一はドアを開けた。

母親が朝食を乗せた盆を持ったまま立っている。母親が呆然としている間に、盆を引き寄せドアを閉める。


「──ありがとう……」


恵一はドアが閉まる寸前に小さな声で呟いた。


大きく息を吐く音がドアの外からして、暫くの間母親がそこに突っ立ったままでいる気配がしていた。

受け取った盆を机に置くと、誰も見ていないのに何だか気恥ずかしくなって、焦るように急いでパンにかじりつく。チーズ入りのオムレツがいつもより美味しく感じた。


──夕方まで時間をつぶさないといけないのが鬱陶しいよな……でも今週からはちょっと遠くにバイクで行くから早目に出て……待ってろよ~絶対見つけてやる!!


()()()()時間を潰し、意気揚々と探索に赴く恵一だった。

週末の天気予報をこんなに気にしたことがあっただろうか。恵一はナイフで切り分けたチキンを口に運び、心の中で文句を垂れていた。


──だいたいさっ!7月後半の週末が全部雨ってどうよ!!野外だから雨天中止だろ?公園行けたのは実質8月入ってからだし……それに、ネットの情報は当てにならないし……あーあ、クソッ!いつの画像よ、あれ!


あれからバイクで行った公園は3件。

その内の2つは野外ステージとは名ばかりで雑草が生えていたり、狭くて何かの催しに使えるようなステージではなかった。


もしかしたらもっと遠くか、それこそ野外ステージではなくどこかホテルとか別の場所なのかと思ったこともあるが、何故か「公園の野外ステージ」しかも、恵一が行ける範囲の、という確信めいた思いがあった。


ガランとした野外ステージを見るたびに、ガッカリする気持ちが沸き上がったが、メリッサに絶対に会うという思いが消えてしまわないことが不思議だった。


──どうすっかな……


恵一は器に残ったトマトソースとナスをスプーンで掬い、週末の探索に思いを馳せていた。


「ただいまー」


玄関口で茉莉の元気な声が聞こえる。部活を終えて帰宅したらしい。


「お帰り!あぁ、ほら!手洗いうがい忘れないで!」

「ハイハイ──」

「──ご飯できてるわよ。」

笑顔で出迎えに行った母親の美沙子が、茉莉とダイニングに戻ってきた。


「今日は何?」

「茉莉が好きなチキンとナスのトマト煮!」

「やったー!……おっと……お兄ちゃん」


もうすぐ食べ終わろうとしている恵一の存在に茉莉が気付く。


「………」

茉莉がモクモクとべる恵一をじーっと見つめ、自分の椅子に腰を下ろした。


「……んだよ……」

「……ふーん……ダイニングで食べるの続いているじゃん。」


恵一は口をモグモグさせながらニヤニヤする茉莉を睨んだ。


「あぁ、お母さん!私チキン多めで、きのこピラフは大盛りね!」

「ハイハイ」


恵一は楽しそうに準備する母親を横目で追いながら、眩し気に目を細めた。


茉莉に目を戻すと、まだニヤニヤして恵一を見ている。


ゴホンと小さく咳払いして、妹に言ってやる「そんなに食ったら太るぞ!!」


そう!妹に窘められたからでは断じてないが、父親が研究でいない日はダイニングで食事が出来るようになったのだ。以前のようではないかもしれないが、聞かれたことに返事が出来る程度には成長した。


美沙子は笑顔が似合う優しい人で、恵一と違って童顔で実年齢より10歳は若く見える。料理研究家として今は料理教室を開き活躍している。おっとりした性格なので、生徒たちにちゃんと指導出来ているのか心配になる。


母親が怒ったり、父親に意見する姿を恵一は見たことがない。父親の恵吾は声が大きく神経質で頑固、リーダー気質だと言えば聞こえはいいが基本自己中。


2人が恋愛結婚だという事が、恵一は未だに信じられなかった。


「──そうそう!ママが提案してくれた衣装のアレンジ!あれ好評よ!」


「そう!良かった。」


「おかげで、ずいぶん動きやすくなった」


「他は大丈夫なの?」


「うん!後はひたすら練習だね」


「理子ちゃんだっけ、彼女の脚本なんでしょう?」


「そう!大抜擢なの!──それから、お兄ちゃん!」


食べ終わって席を立とうとする恵一を茉莉が引き留める。


「文化祭の演劇部の公演、絶対に見に来てよ!!」


「……」


「ぜ~たいに!」


茉莉の怒っているような縋るような顔。美沙子からの視線も感じる。


「……考えとくわ……」


恵一は二人の顔を見ないままボソッと呟き自分の部屋に向かった。

土曜日の夕方4時半、当然のように恵一は公園にいた。


──OK……はいはい……ここも違ったのね。まったく、ここまで足伸ばしたのに……


恵一はガッカリしながらブレイクダンスに興じる同学年らしいグループを眺めた。


──もう一件行ってみる?いや、こっからだと間に合わないな……


メットを左腕にかけ、恵一はトボトボと公園の出入口へ向かう。グローブと袖口との間に日焼けした肌が覗いていた。


──何でなんだろ……今じゃ会いたいというより、会わなきゃならないって思う気持ちの方が強いんだよな……


グルグルと考えながらバイクを走らせ、気付けばあのマジックショーに出会った公園の近くまで恵一は帰って来ていた。


──ハァァ……この辺は混むとは思っていたけど……マジか……どうする?人通りは少ないし、歩道を手押しした方が早いかもな……ちょっとズルだけど……


公園の駐車場から出てくる車とその先の交差点のせいで、このぐらいの時間帯とくに週末が渋滞する。


何となく気まずい思いでメットを脱がずに歩き出した恵一は、この裏辺りが野外ステージなんだよな、と何気なく駐車場に目をやる。


──?あれは何だろう……?


駐車場を囲む木立の中を、黄色っぽい小さなものが木から木へピョンピョンと移動している。まるでサルが飛び移るように。


──え?まさかサル?


まさかと思いながらシールドを持ち上げ目を凝らす。ずいぶん昔に動物園で見たサルを思い浮かべる。


──エッ?マジ?あ、いたっ!!猫じゃない、サルだ!と思う???何で?


近づいて確かめようと、恵一は駐車場へ入り専用スペースにバイクを置くと、サルのような生き物が飛び跳ねていた木立の方へ足を向けた。


──確かこの辺り……んーっ!いないな……まぁそうだよな、こんな所に……


苦笑交じりに見間違いだったかな、とバイクの方へ踵をかえした時、恵一はあやうく近くの車にメットをぶつけそうになった。


──あっぶね!ぶつけるとこだった!!こすってないよ……な……うわぁぁぁ!!


危機を回避できた隣りの車を見て、恵一は心の中で唸り声を上げた。


──何これ!ボコボコ、ガリガリじゃん!!どうやったら、こんなになるの?!初心者マークは……?あった、やっぱりな!


その真っ赤なミニバンは、明らかに右折に失敗したであろう擦った後やぶつけた凹が後部ドア付近に沢山あった。しかも、よく見るとサイドミラーの位置がおかしい。これは絶対運転しちゃいけないヤツが乗ってるな、と恵一は車をしげしげと眺めた。


──どんな運転してんだ?どうせ左側も同じくらいキズが──


と野次馬根性で反対側に移動しようとした時、窘めるような女の人と小さな女の子の話し声が駐車場を囲む木立の中から聞こえてきた。


恵一は、とっさに車の陰に隠れるようにしゃがんだ。


『──っと!もうそろそろ自分で歩いてよ。』


『なによ、そんなに重くないでしょ!!』


『オズの時は、小道具が多いのよ!それに…』


だんだん声が近づいてくる。


恵一は、このままではキズを付けた犯人にされるのでは?と、ドキドキし、聞こえてくる会話が英語であることにまったく気付かなかった。

身をかがめてソロソロと車と車の間を移動し、彼女たちの姿が駐車場に見える寸前、公衆トイレに駆け込む。


──ふーっ!!間一髪!危なかった~!!


話し声はまだ続いている。壁に隠れて一息ついて落ち着いてくると、会話が英語であることに気付いた。トランクを開ける音がする。


──うーっ!早く行ってくれよ!


『──メリッサ、これはダメよ!これ!』


『──?』


『これ!サイドミラー!このまま走行したら捕まるよ!!』


──エッ?今メリッサって……


恵一はトイレの出入り口から顔をそーっと半分出して、声のする方を見た。さっきのキズだらけの赤いミニバンの傍に見覚えのある黒いマント。


──アッ!!メリッサ!!


驚き過ぎたのか、恵一は思わずトイレに引っ込む。


──エッ?エッ?マジか……いや、落ち着けオレ……


口に手をやり暫し目を閉じる。そして、深呼吸すると再び顔を覗かせ確かめる。間違いない彼女だ。


呼吸を整え意を決して声をかけようと一歩を踏み出した時だった。


「エッ?──」


目の前の信じられない光景に、恵一は口を半開きにしたまま目を見開いた。


黒いマントの後ろ姿が一瞬ボヤけたかと思ったら、マントが跡形もなく消え去った。そして現れたのは恵一とそう歳の変わらない女の子。


恵一に見られていることに気付かないのか会話は続けられる。


『──ほら!ここも直してよ。ジョンに怒られるよ!』


そう文句を言いながら車の陰から小さな女の子が出て来た。


『エッ?』


可愛いワンピース姿のビスクドールが、車の後ろに回り左後部のバンパーをこれ、これ、と指さす。


『マジーッ?ここも?』

ビスクドールの横にやって来ると、メリッサはため息をついて杖をバンパーに向けた。


『レシャペツ!(修理)』


彼女が唱えると、凹んでいた所がボコッという音と共に元のきれいな状態に戻った。


『よし!!』

とメリッサは満足そうに微笑むと運転席へ、ビスクドールは後部座席に向かう。ドアを開けながら思い出したようにビスクドールに話しかける。


『そう言えば、ケビンはどこに行ったの?』


『さぁ?どっかで遊んでじゃない』


『もうッ!勝手なことしてェ。誰かに見られたらどうするのよ!一緒に行きたいって言ったのケビンなのに──』


現実との折り合いをつけるため恵一は限界まで目を見開き、目の前で繰り広げられるファンタジーの世界を食い入るように眺めた。


──何?何これ……何見てんのオレ……


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