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公園巡り

空を見上げて目を閉じていると、あのファンタジックなショーが脳裏に鮮やかによみがえる。再びガランとした野外ステージに目を移すと、残像でグリーンの世界に染まっていた。そのつかの間の幻想的な光景さえも、あのショーを彷彿させた。


──何で見つからないの?簡単だと思ったのに……

キャップを脱いで汗ばんだ前髪をかきあげる。熱風も脱いだ瞬間だけは汗を冷やしてくれて気持ちいい。Tシャツの裾を掴んでパタパタと体に風を送り、もう片方の手でうちわ替わりにキャップで仰いでいると、何となく視線を感じた。


端っこのベンチに目をやると、部活帰りぽい女の子たちがいた。恵一が振り向いた事に気付くと女の子たちが「きゃあ!きゃあ!」と騒ぐ。


楠 恵一は6歳まで家族でイギリスに住んでいた。祖父がイギリス人で祖母が日本人。パスポートには「恵一・ウイリアム・楠・スコット」という長ったらしい名前が載るクウォターだ。


瞳にかかる長めの前髪。そこから覗く瞳は光の加減で少しグリーンぽく見える。サラサラのクセのない黒髪に身長は178センチ。長い手足にひょろりとした体格が少年ぽさを残していたが、17歳にしては冷めた目つきの整った顔が大人びた雰囲気を出していた。


──めんどくさっ!!


10歳を過ぎた辺りから度々浴びるこういった視線にゲッソリする。視線を無視してこれからの公園巡りの段取りを考えようとし、恵一は、ふと思った。


──う~ん……待てよ。人づてっていうのもありか?なら……あの子達に聞いてみるか?……いや、いや……何て聞くのさ?……ハハハ……

『メリッサのマジックショーって知ってる?』って?……いや、ないわ!ない、ない!

マジでそれはハズイでしょう!


女の子たちの一人が恵一の方へ来ようとする気配に、慌ててキャップを被り直し何も気付かぬフリをしてサッと立ち上がる。


──危ない!危ない!何考えてんの?オレ!マジで、クソバカなハズイことするとこだった!


「オレは自分の力で探し出し、絶対メリッサに会うんだ!」と決意新たに自転車にまたがり一気にスピードを上げる。


誰の手も借りずに自分だけの力で見つけ出すことに、もはや使命感みたいなものを抱き始めた恵一だった。


家に着くと、玄関のカギが開いていた。


──っ!!もう帰って来てんのか!!


そーっと扉を開けると、急いで二階の自分の部屋に向かう。部屋に入るとドアをロックする。恵一は、つけっぱなしにしていたエアコンの心地よさにホッと一息ついた。

汗ばんだTシャツを脱ぎドア横のカゴへ放り込んで、クローゼットから取り出した新しいTシャツを着ると生き返った気持ちになる。


スマホを見ると、7時を少し過ぎていた。


──さあて検索……ん?なんか……いい匂い


窓際の机の上にお盆が置いてある。

小さい方の皿にはおにぎりが3つ、大きい皿には山盛りのキャベツの上にハンバーグが乗っかっていた。ハンバーグにはトマトソースとチーズがたっぷりかかっているようだ。まだ温かく、ラップが汗をかいたみたいに曇っている。


庭の門扉を開ける音で恵一が帰ってきた事に気付き、母親が素早く部屋へと運んだのだろう。……恵一のために……。


──いつもみたいに、ドアの前に置いとけばいいのに……


母親は優しい人だ。

母を困らせ悲しませているのは自分だ……それは分かっている……何も言わず見守ってくれている……しかし、その優しさがさらに恵一を憂鬱にさせる。


──ほっといてくれたらいいのに……


ため息をついて床に座りベットに背を預けると、再びスマホの電源を入れる。


ラインが届いているようだ。


恵一はラインの中身を確認することなく電源を切り、母親が用意してくれたハンバーグ膳をぼんやりと眺めた。


──いつからだろう……ゴールデンウイーク後?父さんと喧嘩して……学校やめるって言ったのは6月の頭だったか?


喧嘩の後は学校でも授業に集中出来ず、ボンヤリすることが多くなった。中高一貫の進学校で、先生が諦めムードになってくると、ますます学校に行くのが億劫になっていった。


──ウーン……じゃあもう2ヶ月近くなるのか……いつの間にか夏休みだし……


最初のうちは良かった、自由に出来る時間を満喫していた。でも、父親に対する憤りが落ち着いてくると、迷子のような不安感とよく分からない焦りで押しつぶされそうになっていった。それで音楽やゲームに逃げるしかなかったのだが……


──フンッ!!今までの俺とは違うぞ!!魔法使いみたいなマジシャンを見つけ出す、という!ウン!そう、これは使命なんだ!


心に居座る不安感を使命感にすり替えることに成功し、恵一はまるで戦いに挑むかのように大きく吸った息を一気に吐き出した。そして、凝ってもいない肩を回すと自分自身に檄を飛ばす。


──そう!!検索!検索!今度はバイクで行ける範囲まで広げるんだ!


先ずは、と目の前のローテブルに用意されたハンバーグ膳を運び、何度目になるのか、例のYouTubeのサイトを開く。


初めてこのサイトを観た時、あの魔法使いみたいなマジシャンのことが懐かしいと感じた理由がわかった。


似ているのだ、あの魔法使い。大好きなベス大叔母さんに。


──やっぱり似てる!ベス大叔母さんは髪を淡いピンク色に染めてたけど……瞳の色とか、笑った顔なんかとくに……もっとよく見たいけど、イギリスではコンビじゃなく「ジョン」としてしかアップされてないんだよなぁ……活動はイギリスだし……日本限定かなぁコンビ活動。


何度か再生して小さく映るメリッサを眺めながら、ハンバーグ膳に手を伸ばした。


──さあて……そんでもって、公園、公園!っと……


モグモグとハンバーグを咀嚼しながら野外ステージのある公園をピックアップ、バイクで行ける範囲となると意外に数があることに驚く。画像と地図を精査し、これはと思う箇所をスクショして……。


暫くして、無意識的に伸ばした手がおにぎりを掴めず、いつの間にか夕食を全部平らげていた事に気付く。


──よし!!なんか次は見つかる気がする!


一仕事終えた気分になった恵一は、何となく楽しい気持ちでラインのトーク画面を開いた。届いていたのは友人からのメッセージ。

箇条書きされたクラスの伝達事項の最後に「がんばれ」のスタンプ。苦笑いしながら「いいね!」のスタンプだけを送信した。


いつものように音楽を聴いたりゲームをしたりして時間を潰し、皆が寝静まった頃を見計らって恵一はそーっとバスルームに向かった。


ついでにと、生まれて初めて食べ終わった皿をシンクで水に浸しておいた。


何だか良い事をした気分で鼻歌まじりに入浴を終え、脱衣所を出ようと手を伸ばした瞬間、扉がいきなり開いた。


「──♪♪♪……ワッ!」

「──ひゃっ!」


妹の茉莉が、扉に手をかけたまま目を見開いて立っていた。


「……お兄ちゃん……」


「……んだよ……まだ起きてたのか……」

もう少し時間ずらせばよかったと後悔しながら、茉莉の横をすり抜けようとした。


「ちょっと待ってよ、お兄ちゃん!ホントにいい加減にしなよね!気づいてないかもしれないけど、ママ、泣いてんだからね!」


茉莉は恵一の後ろ姿に怒りの声を投げた。


「……お前に関係ないだろ!」


「学校も行かないで何してんのよ!最近じゃ週末だけフラフラ出歩いてるらしいじゃない!!」


「……うるさいなぁ、声落とせよ!……やる事があんだよ」


振り向くと、茉莉は涙をためた目を吊り上げて恵一を睨んでいた。


「──!お前が家にいないからって!ママ、パパに何度も言われて──」

「チッ!……アイツ……!」


「……パパはさぁ、何かにつけて『お前たちのため』って言うけど、自己中で頑固なだけで、適当に話合わせておけばいいんだよ!勝手に言わせておけばいいじゃん。ママ何も言わないけど……分かってる?ママが責められるんだよ?」


「……」


黙り込む恵一に茉莉は大きなため息をついた。


「とにかく!ママだけは傷つけないでよね!お兄ちゃん!」


そう言うと扉をバタンと閉じて脱衣所に消えた。恵一は「クソッ」と呟きノロノロと自分の部屋に戻った。


ベッドに仰向けにドサッと倒れこみ、左手の甲で閉じた両目を覆う。


──母さんが悲しむ……分かってるさ……そんなこと……こんな抵抗なんにもならないことだって……でも、どうしたらいい?


父親との喧嘩を思い出す。まぁ……よくある話だった。


──マジでイラつく!自分と同じ科学者の道へ進むものと何で勝手に決めてんのさ!おかしいだろ?大学、学部まで勝手に!


T大の理工学部。恵一も化学はキライじゃない。カエルの子は、なのか?なんなら成績だっていい。しかし、父親のように科学者になりたいと思った事はなかった。


6歳まで住んでいたイギリス。


当時、父親は研究で忙しく、母親もまた人気の出始めた料理研究家として忙しく、必然的に、近所に住んでいた祖父の家に幼い妹と預けられることが多かった。祖父は大学で民族学を教える教授で、面白い話をたくさんしてくれた。


──いつからだろう?じいちゃんのようになりたいと思ったのは……元気にしてるかな?フィールドワークで連れてってくれた古城とか民族衣装の博物館、魔女の逸話が残る古い町の話も面白かったなぁ……けっこう怖い話もあったけど。……フフ……毛布から顔だけ出して聞いてたっけ……。

日本で暮らすようになってから、夏しか会えなくなって……それでも、その度に一緒に行くフィールドワークが楽しみだったなぁ。



「ケイイチ、人はどうして作られたのだと思う?どこから来たのか。

何を信じ、どんな風に喜び、悲しみ、文化を歴史を刻んできたのか。知ること、学ぶ事が最も大切な事なんだ。人間とは?その大切なことを忘れた時に悲劇は起こるんだよ。」


事あるごとに話してくれた大好きな祖父の言葉を思い出す。


──日本の学校、夏休みが短いんだよな……


毎夏帰っていたイギリス、その我が家の恒例行事も何故か2年前から途絶えてしまっている。出来れば恵一はイギリスにもどり、祖父が教鞭を取っていた大学に進み民族学を学んでみたかったのだ。


しかし、理系から文系に進路を変更したいと告げたところ──


「──何バカな事言ってるんだ!!民族学?あんな役に立たない学問!イギリスの大学?ふざけた事言うな!!」


「面白そうだ?世の中そんな甘いものじゃない!!」


「塾にも行かせて、都内でも優秀な進学校に行かせて──いったい今まで何してたんだ!!父さんも父さんだ!あんな非科学的な昔話ばっかり取集して。お前は……!いや、だいたいそんなで食っていけると思ってるのか!もっと現実的になれ!!」


父親が頭ごなしに怒るので、祖父がどれだけ多くの生徒たちや周りの人々影響を与え、尊敬され慕われているかと反論する。


「科学こそが人類を発展させてきたんだ!」


「なんだよ!じいちゃんを悪く言うな!その科学が発展させてきた世の中がこれかよ!弱い者ばっかりが損する、こんな理不尽な世界!!」


「──!」


「学校なんかやめてやる!父さんみたいな人生クソくらえだ!!」


そう言って自分の部屋に閉じこもったのだ。


思い出すだけでムカムカする。恵一は拳を握ると枕に思いっ切りパンチをおみまいする。仰向けに戻って深呼吸すると少し落ち着いた。


スマホを手に取りスクショしておいたメリッサの静止画をクローズアップさせる。


──ベス大叔母さん……じいちゃんの家でよくアップルパイ焼いてくれたっけ……家事のできないヤモメ弟の世話だと笑顔で毎日のように来てた。ベス大叔母さんが独り身になってからは一緒に住んでんだよな……会いたいなぁ……


美しい上品な綿菓子のようなピンク色の髪で、笑うと子供のように可愛らしい大叔母エリザベス。お泊まりの日には優しい笑顔で、世界中の童話を読み聞かせてくれた。恵一は祖父と大叔母、二人と過ごす時間が大好きで茉莉もよく懐いていた。


──本当に似てる。髪の色が違うだけで……魔法使いというより、妖精っぽい……かな?フフ……妖精か!会ったことないけど。


と脳裏に浮ぶ大叔母さんの顔とメリッサの顔が重なる。


マジックショーそのものよりもメリッサに会うという目的に、いつの間にか思いが変わっていることに恵一は気付いていなかった。


──見つけることさえ出来たら……会うことが出来たら絶対何か変わる!


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