第9章:リアル人狼ゲーム
彼女の突然の告白に、僕はまた淡い恋のようなドキッという気持ちと、こんなタイミングが悪い時に聞いてしまいギクッという気持ちの両方が、心に浮かんだ。
ここで答えを間違えれば、ハラスメントになりかねない。
頭痛と、眩暈と、動悸が、また少しずつ出始めてきた。嬉しいはずの異性からの告白なのだが、今の自分にとっては、只々、重い言葉である。
「ありがとう。君の気持ちは嬉しいよ。でも、僕は、一生結婚するつもりがないんだ。」
「だから、そんな男と一緒になるよりも、もっと君のことを幸せにしてくれる人と一緒になった方がいいよ。」
『課代。発想が逆です。』
『私が幸せになるんじゃなくて、私と一緒になって、課代が幸せになるんです。』
何を言ってるんだ?この子はサイコパスなのか?
彼女の言っていることが、全く理解できなかった。
僕は、体調が悪化しているのが分かった。
この場で、急に、彼女を置いて去るのも、何か問題になりそうな気がして「ちょっとごめんね。」と言って、またベリーの香水をハンカチに当てて、それを鼻と口に覆った。
少しずつ、自分の呼吸が戻っていくのが分かる。
「すまないね。変なことをやっているように見えるだろう。気分が悪い時にこれをやると気持ちが落ち着くんだ。僕にとっての精神安定剤みたいなものものなんだ。」
『分かりますよ。私もその匂い大好きです。私は課代と同じなんです。』
何が同じなのか全く分からない。確かに、肉と魚が食べれないことや、ブルーベリーやベリー系の香りが好きということは同じかもしれない。
でも、そんな人間なんて、ごまんといるだろう。
決定的に違うのは、君は人間であり、僕は狼なんだ。一緒になれるわけがないだろう。でも、そんなことを彼女に言うことはできない。
確かに、あの3人の家族に出会って、人間が必ずしも狼を襲うわけではないということは分かっている。
それでも昔から、狼少年という寓話がある。嘘ばっかりついていた少年は、結局、最後は狼に食い殺されてしまう。
また、最近では、人狼ゲームが流行っている。昼間は人間の格好をしているが、夜になると狼の姿に戻り人間を食い殺す。そして人間たちは、誰が人狼であるかを追求して、狼を処刑する。
僕にとって、人間として生きると決意をした日から、いや、両親が亡くなった日から、リアル人狼ゲームを1人でやっているんだ。
狼とバレたら、この人間世界から追放される。
追放されるならまだしも、マスコミにでもバレたら、いや、今ではSNSの方が、早く簡単に拡散されてしまう。
どこに逃げようと、必ず見つかってしまうだろう。
見つかれば、殺されるか、エゾオオカミがまだ生きているということで重宝されるかもしれないが、その場合は、どこかの研究所で、死ぬまで研究対象として閉じ込められるのがオチだろう。
だから、僕は、人間に狼だとバレるわけにはいけない。
僕はもう一度大きく息を吸った。
「ありがとう。君の気持ちは本当に嬉しいよ。」
「でも、その気持ちには応えられない。本当に申し訳ない。」
そう言うと、彼女は何も言わず、執務室の中に入っていった。
分かってくれたのだろうか。僕は給湯室で1人になり、もう1度ハンカチにベリーの香水をつけ、口と鼻に押し付けて、数回深呼吸をして、気持ちをつけて執務室に戻った。
執務室に戻ると、デスクにいた部長と次長に会議室に来てもらい、事の発端と顛末を説明し、全て問題なく解決できそうだという話をした。
部長と次長からは『しっかりと、部下の管理をしてくれ。』とチクリと言われてしまった。
「以後、気をつけます。」と一言だけ言うと『まぁでも事なきを得て良かったよ。』とも言ってもらい、僕の肩を叩いて2人は出て行った。
僕は、財務・経理部の担当者にも電話をして説明をした後、副主任のデスクにも行って、先方に承諾を得て、本四半期以内に支払ってくれそうだという報告をした。
彼女は、今にも泣きそうな顔をしながら『本当に申し訳ありませんでした。』と言って、何度も頭を下げた。
しかし、彼女には、何度も同じ注意をして、その度に、何度も本気で反省しているのだが、ミスが一向に減らない。
一体、この子はどうすればいいんだろうか。副主任という立場であり、もう新人でもないので、教育係を付けるわけにもいかない。
いずれにしろ、この子のことは、今後、何とかしなければいけないが、今はとりあえず帰ることを優先しよう。
僕は課員全員に「緊急事態が無事に収まった。今日は僕は有給休暇なので、定時前だけど、申し訳ないが、体調も良くないので、これで失礼します。」と言うと、皆が『お疲れ様でした。無理しないでください。』と優しく言ってくれた。
しかし、そこに主任の姿がなかった。
お手洗いにでも行っているのかな。
帰る前に、もう一度、きちんと先程の件を言った方が良いかなとも思ったが、更に気分が悪くなっていくのが分かり、体調を優先することにした。
「ありがとう。それじゃあ、お先です。」
僕はそう言って、執務室を出た。
執務室を出て、エレベーターの前に行くと、主任が既に帰りの支度をして待っていた。
「あれ?なんで君がここにいるの?定時まで、まだ大分あるよ。」
僕はそう言うが、彼女は全く気にせず、返答する。
『言ったじゃないですか。時休取るって。さぁ帰りましょう。』
僕は承認していないのだが、今日は有給休暇を取っている。
承認者が休暇中の場合に突休を取る場合には、休暇から戻った後でも承認ができるようなシステムになっている。
仕方がない。何もないことを祈りながら、一緒に帰ることにした。
しかし、この主任が僕の運命を握ることになることをこの時の僕は分かっていなかった。
第10章に続く。




