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第4章:人間世界転移。

「お父さん、お母さん、子犬がいた。」

『まぁ大変。震えてるじゃない。すぐに暖めてあげないと。』

『しかし野良犬とは珍しいな。』


僕は生死を彷徨いながら、聞こえてきたのが、この3人の人間の声だった。


僕は、人間の世界で言うと、エゾオオカミという種類に分類されるらしい。


日本では、ここ北海道でしか生息していなかったと言われており、1800年後半に絶滅されたといわれている。


しかし、北海道は、大自然豊かであり、森林や山など人間が立ち入ることが困難な場所は幾らでもあり、僕たちエゾオオカミは、そういった場所で、密かに生息をしていた。


他のオオカミたちもそうだが、僕たちエゾオオカミも、群れをなして生息していた。


オオカミは肉食の動物であり、エゾオオカミは、特に、エゾジカや鮭、ニシンなどを好んで食べる。


しかし、肉食の動物だからといって、肉しか食べないわけではなく、ベリー類などの果物も食べる。


僕は、生まれた時から、体質的に肉も魚も食べられなかった。


そのせいで、他の兄弟や仲間たちよりも弱々しく、体も細かった。


ある時、北海道に猛吹雪が吹いてきた時、僕は群れから離れてしまった。


オオカミは、群れで生息する生き物であり、仲間意識が強い。

仮に負傷した仲間がいても、助けを求めれば、群れで救出をするのだが、僕は元々、弱々しく、オスなのに狩りにも、出れないことが多かった。


そのため、助けても、群れにとって価値が無いと判断をされたのだろう。

厳しい吹雪で、群れの中でも、多くのものが生存することを最優先として、僕は、見捨てられてしまった。


僕は、寒さと飢えで彷徨う中、とにかく目の前にある道を歩き続けた。


キノコや果物など、目に映った口にできそうなものは、何でも口に入れた。


今思えば、この時に毒キノコが混じっていなかったことが幸運だったと思う。


何日も、一匹で山の中を彷徨い、歩き続けた。


そして、雪はやみ、少しずつ日差しが出てきた。


しかし、その時には、最早、僕の体力は残っていなかった。


気がつくと、僕は、地上を歩いていた。いつの間にか、山を下りてしまっていたらしい。


僕は生みの両親から、人間という動物は、僕たち狼を見つけると、殺す習性があると聞いていた。


そして、その人間は地上にいるので、絶対に山を下りてはいけないと聞いていた。


特に、強くない僕は、必ず山や森の中にいて身を潜めるんだということを、ずっと言われていた。


しかし、最早、また山を登る体力も気力も、僕には残ってなく、目の前にある道を進んでいった。


しかし、もう動けない。僕は、ここで死ぬのか。

そう思ったら、自然に瞼が下りていた。


--------------------------------------------------


目が覚めると、暖かい場所にいた。これまで触ったことがない、フワフワした物の上に寝転んでいた。これはクッションという物らしい。


上を見ると、小さな光が見えた。ちなみに、これは電球という物らしい。


「あ!お母さん起きたよ。」


人間の男の子の大きな声が聞こえた。


『あら、本当ね。ようやく、起っきしたのね。』


今度は、人間の大人の女性の優しい声が聞こえた。


「ねぇ、この子、飼ってもいいよね?」


『うぅん、お母さんはいいけど、お父さんにも聞いてみないとね。でもきちんと自分で育てられる?』


「うん!僕、毎日この子のために散歩するよ。」


『じゃあ、お父さんが帰ってきたら聞いてみましょうね。』


よく分からないが、大人の女性と男の子が短い会話を交わした。


僕は、一瞬、目が覚めたのだが、やはり、まだ体が疲れているようだ。またすぐに眠りに落ちてしまった。


「あー!また寝ちゃった。」


『疲れているのよ。そっとしてあげましょうね。』


そんな声が聞こえてきたが、その後は深い眠りに入ってしまい、何も耳に入ってこなかった。


何時間眠ったのか、いや、何日間眠ったのか分からない。次に目を覚ますと、さっきの男の子が、僕のことを撫でていた。


「あ!起きた。お母さん、起きたよ。」


目を覚ますと、今度はあくびをして、体を起き上がらせることができた。


「あ!立った。お母さん、歩き始めたよ。」


うぅん?ここが、どこだか分からないが、和室と呼ばれる部屋で、井草で作られた畳の床は、とても良い香りがした。


その後、小さな男の子が、僕に近づいてきて、何かを首にはめようとした。

僕は、警戒をして、とっさに大きく吠えてしまった。


すると、男の子はびっくりしたのか、大きな声を上げて泣き始めてしまって、お母さんと呼ばれる大人の女性の方に駆け寄っていった。


お母さんは男の子の頭を撫でて『大丈夫、大丈夫。まだ緊張してるのよ。』と優しくなだめていた。


『まずは、この子と仲良くならないとね。』とお母さんは優しく男の子に言った。


男の子は、涙を拭いながら「うん。」と言って、また僕の方に近づいてきた。


彼は「こんにちは。」と言って、僕の頭を撫でてきた。この子の本性は分からないが、少なくとも、僕を攻撃しようとしているわけではなさそうだ。

僕は、とりあえず状況がよく分からないので、人間が犬にやらせる「お座り」という格好をしながら、次のリアクションを待った。


男の子は、僕の頭を撫でながら「僕が、君の飼い主だからね。」と言った。


これまた知らない単語が出てきた。まぁ相手は、こんな小さな子供だ。何かあったら戦えば、おそらく僕が勝てるだろう。そう思い、まずは相手の出方を見ようと思った。


すると彼は、僕の首に輪っかのようなものを優しく付けてきた。

何だこれ?何かの攻撃装置か?

一瞬驚いたが、それを付けた男の子はものすごくニッコリして「これで、君もうちの家族の一員だからね。」と言ってくれた。


「お母さん、首輪つけられたよ。」

『よくできたわね。これで、あなたもうちの家族の一員よ。』お母さんと呼ばれる大人の女性も同じことを言って、僕の頭を優しく撫でてくれた。


その首輪には、この家の住所、お母さんの名前と携帯電話番号が、書かれていた。


「じゃあ僕、この子を連れて、お散歩に行ってくる。」その後、長い縄のようなものを首輪にくっつけて「さあ、お散歩に行こう。」と僕を引っ張り始めた。

ちなみに、この長い縄はリードという物らしい。


どうやら、どこかに行くようだ。男の子と2人っきりで外を歩く。まだ少し緊張はするが、お母さんと呼ばれる大人がいなければ、この子だけならば、何かあれば僕が勝てるだろう。


戦闘意識だけは、頭の片隅に置いておいたが、この子が僕を攻撃することはなく、ずっと一緒に横を歩いてくれた。


男の子は僕に、いろんなことを優しく聞いてきた。


「いっぱい寝たね。」

「疲れてたんだね。」

「君はどこから来たの?」

「今日はいい天気だね。」

「雪の上は冷たくない?」


この子には、僕を攻撃する気持ちは微塵もないのだろう。

少しずつ緊張感が和らいでいった。


そして、肌感覚としては15分程だろうか。男の子と一緒に歩いた後、僕たちは大きな原っぱに出た。

男の子は、僕の首輪からリードを外して「さぁ一緒に遊ぼう。」と言って前方に走り出した。僕はその子を追うように後ろから走っていった。


「うわぁ!早い!早い!」


彼は、すごく大きな笑い声を出しながら、僕と一緒に走り回った。

途中で雪の玉をぶつけてきたり、彼が雪の中に背中から、どさっと倒れたので、僕は彼の顔を舐め回した。


「ははははは。くすぐったいよ。」


彼の顔は、少しだけ、しょっぱいような味がしたが、新鮮な動物の香りがした。

肉は嫌いだが、僕は、彼の顔の味や匂いが大好きになった。


僕は、もっと走り回りたかったのだが、彼はクタクタになったのだろう。

明らかに疲れているのが分かった。


「さぁ、暗くなってきたし、そろそろ帰ろう。」


確かに、夕日が落ちかけてきて、夜になり始めたので、彼と一緒に家に帰ることにした。


彼は、再度、僕の首輪にリードをつけた。


一緒に横を歩きながら、僕のことを大切にしてくれるこの子のことが大好きになり、僕もこの子をもっと大切にしたいと思った。


家に帰ると、玄関の前で、足を水で洗い、家の中に入っていった。


「あ!お父さん、おかえりなさい。もう帰ってたんだね。」


そこには、大人の男性が椅子に座っていて、顔だけを僕たちに向けた。


『おぉ!おかえり。』

『お!ようやくその子もお目覚めか。』


声は低いが、身長は高い。

おそらく190センチ近くあるのではないかと思った。


この男の子と違い、このお父さんと呼ばれる人間が攻撃してきたら、今の僕が勝てるのだろうか。


僕は、再度、警戒心を高めた。しかし、お父さんは、この子と僕に一声かけた後、顔を元の位置に戻し、再度、新聞と呼ばれるものを読み始めた。


男の子は、洗面所に行って、手を洗い、うがいをした後「一緒に夕ご飯を食べよう。」と言って、リビングと呼ばれる部屋に僕のことを連れて行ってくれた。


そこは、木目調の床になっており、和室と呼ばれる部屋とは異なり、特に匂いはしなかった。


「お母さん、今日のご飯なぁに?」


『今日は豚カツよ。』


「わーい、豚カツ大好き。」


豚カツというものが何かをこの時の僕は知らなかったが、豚肉を揚げた料理だというものだということは、その後、知ることになる。


お母さんが、テーブルの上に、3人分の食事を用意した。


そして、その後『はい。あなたにはこれをどうぞ。』と言って、僕のために、お皿にドッグフードを乗せて、床に置いてくれた。


僕は、その時になって、自分が、ものすごくお腹が空いていることに気が付いた。


ドッグフードを目の前に置かれて、僕は食べようとしたのだが、その瞬間、体が止まってしまった。


鶏肉の匂いがする。見た目は黒っぽい塊をしているが、おそらく、この中に、鶏肉か何かしらの肉が含まれているのだろう。


僕はそれを前足で、そっと押した。それを見た男の子がお母さんに言った。


「このドッグフード嫌いみたいだよ。」

『あら。やっぱり、犬にも好き嫌いがあるのね。じゃあこっちはどうかしら?』


そう言うと、お母さんは、違うお皿に、同じようなものを盛って出してくれた。


僕は、見た目が同じなので、また肉が入っているのではないかと心配になり、再度、匂いを嗅いでみた。


あれ?これは肉の香りが全くしない。再度、数回嗅いでみたが、肉の香りはせず、一口だけ試しに食べてみた。


野菜の味しかしない。それが分かると、僕は、一目散にガツガツと食べ始めた。


「お母さん、この子、このドッグフードは食べれるみたいだよ。」

『このドッグフードは、野菜だけで作られたビーガン用のものなの。犬にも、ビーガンとかあるのね。』

「ビーガンってなにぃ?」

『お野菜とか果物とかしか食べないことよ。』

「僕、野菜キライ。」

『うふふ。この子みたいに、頑張って食べられるようにならないとね。』


僕は、皿いっぱい盛り付けられた分を食べ終えたが、まだお腹が空いていたので、お母さんのところに行って、座っているお母さんの太ももを前足でトントンしながらもっと食べたいとアピールをした。


『あら、おかわりかしら?』と言って、もう一杯、同じドッグフードを盛りつけてくれた。


僕は、2杯目のドッグフードも一気に食べほして、ようやく満腹になった。


僕は、満腹になった後、和室に戻り、再度、ソファーと呼ばれるフワフワの物の上に、寝転んだ。


今日のこの数時間を再考する。少なくとも、ここにいる3人の人間は、僕を攻撃する意図はなさそうだ。

そして、ここの子供は、どうやら僕のことを好いてくれてるらしく、僕も、この子のことが大好きだ。


お母さんは優しく、僕が、肉が嫌いだということを察してくれたのか、きちんと野菜だけの食事も用意してくれていた。


群れでいた時は、オスが狩りに出て、食べ物を調達するのが、当たり前だったが、この家では、お母さんが食べ物を準備してくれるみたいだ。


お父さんについては、正直まだ分からない。


しかし、僕に攻撃をする意図は読めず、と言うより、そもそも僕に、大してそんなに関心もなさそうだ。この3人の、構図を見ながら、僕はそんなことを考えていた。


どうしてこの3人は、僕にこんなに良くしてくれるのだろうか?


僕は、オオカミとして、何の役にも立たず、群れの足を引っ張るだけで、散々罵られた。

両親も兄弟も、僕が一族にいることを恥ずかしく思っていたし、最後は見捨てられて、死の直前までいった。


それと比べれば、ここにいる方が、幸せなのかもしれない。この3人は、僕が犬だと思っているようだが、それを求めるのであれば、僕は、これからは、犬として生きていこうと思った。


お風呂から出てきた男の子が、タオルで体を拭いて、パジャマに着替えた後、僕のところに駆け寄ってきた。


「お母さん、お父さん。僕、今日この子と一緒に寝てもいいでしょ?」

『寝返りをして、蹴飛ばしたりしたら、ダメよ。』

「うん、大丈夫だよ。おやすみなさい。」


両親に許可を得た後、彼はひょいっと僕のことを持ち上げると、2階に上がり、自分の部屋に入り、ベッドの上に僕をポンと乗せた。


「ここが僕の部屋だよ。もし君もこの部屋が気に入ったら、ここに居てもいいんだよ。」


さっきの和室と呼ばれる井草でできた畳の部屋の匂いも好きだが、この部屋は彼の匂いで充満している。僕はこっちの部屋の匂いの方が大好きだった。


彼は、自分の本棚から、漫画を1冊持ってきて「僕、今これ読んでるんだ。君にも聞かせてあげるね」と言って、漫画の読み聞かせをしてくれた。

途中に出てくる擬音語まで読む必要はないと思ったが、彼なりの優しさなのだろう。

彼の漫画を読む声は、僕の心を落ち着かせてくれた。


1時間ほど漫画を読み聞かせしてくれた後「はぁ~。眠くなってきたね。また明日も遊ぼうね。おやすみ。」そう言うと、彼は部屋の電気を消して、ベッドの中に入って、目をつぶった


僕は、群れの中で、誰からも、そう、家族や兄弟からも、見放されていたため、一緒に眠ってくれる相手がいなかった。


だから、こうやって、僕と一緒に眠ってくれる彼の存在が、どれほど自分の心を満たしてくれているのかがハッキリと分かった。


彼の鼻の近くまで顔を寄せて、僕も体を丸めて、彼と一緒に眠りに落ちた。


第5章に続く。

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