第3章:家ではこういう自分です。
新宿駅から、満員電車の総武線に乗って、津田沼駅に帰る。
これを殺人的な満員電車というのだろう。しかし、僕は、体を押し付け合いながら、見知らぬ人間たちと、くっつきあうのは嫌いではない。
群れから捨てられるよりは、ギュウギュウ詰めであっても、他者と触れ合っていたい。何より、自分が人間社会で生きている実感がする。
しかし、津田沼駅までの約1時間をこのまま過ごすのは、嫌いではないが、さすがにキツイ。
殺人的な満員電車では、気分転換に音楽をいつも聞くようにしている。大体は、オオカミ頭で、人間の体をしている5人組ロックバンドの曲を聞くことが多い。
津田沼駅に辿り着くと、そこから歩いて数分の新津田沼駅と直結しているショッピングモールのスーパーマーケットで、夕食の材料を買う。
エコバッグに食材や生活用品を入れて、約15分歩いて、ようやく家に着く。
僕は、家に着くと、必ず最初にシャワーを浴びる。寒くなってくると、あまり水を浴びるのは好きではないのだが、何日も洗わないと、体臭が酷くなってしまい、課員の皆に申し訳ないし、何より身の危険があるかもしれない。
30分ほどかけて、じっくり頭のてっぺんから足のつま先まで、しっかりと洗う。
バスタオルで、体を拭いていると、シャンプーとボディーソープの良い香りが、自分の体から香るのが分かる。この香りもまた、僕を落ち着かせてくれる。
今度は、夕食を作り始める。今日は、数種類のスパイスと野菜を一緒に煮込んだカレーを作ることにした。人間たちは、カレーにはチキンを入れるのが定番のようだが、勿論、僕は入れない。
野菜とカレーを煮込みながら、スプリングウォーターと呼ばれる自然の地層で濾過されたミネラルを多く含むナチュラル・ミネラルウォーターの2リットルのボトルをそのままガブ飲みする。
水道水は、沸騰して料理で使う分には問題ないのだが、直接飲むには、どうしても自分の体には合わない。
カレーが煮込みあがるまで、まだ時間がかかるので、ブルーベリーを食べて、小腹を少し満たす。
洗濯物を取り込んで、アイロンをかけて皴を伸ばす。
人間は見た目が9割と聞いた事がある。
人間は見た目よりも中身が大切。と昔から言われる言葉と相反するが、中身を知るには時間がかかるし、そもそも、中身まで見るに値する人間かどうかを、まずは見た目で判断するということなのだろう。
いずれにしろ、見た目を良くしていれば、それだけで信頼を得られるのであれば、時間をかけてでも、アイロンをして、綺麗な格好でいることには、大きな意味がある。
アイロンがけは、母から教わった。中学校の時から、僕の学生服やワイシャツに、綺麗にアイロンをしてくれた。きっと、僕の見た目がよく見えるようにしてくれていたのだろう。
洗濯も、アイロンも、料理も、掃除も、行儀も、礼儀も、礼節も、全部、母が丁寧に教えてくれた。1人でこの人間世界で生き抜いていけるために、必要な生活の基礎を授けてくれたことは、今でも心から感謝している。
アイロンがけをしながら、テレビを見る。
人気の動物紹介番組で、今日は犬の総集編らしく、人気の飼い犬ランキングをやっていた。
ポメラニアンやチワワ、トイプードルやマルチーズといった可愛い小型犬が人気の上位を占めているが、それでも、ゴールデンレトリーバーやサモエドのような大型犬も、ペットとして人気があるらしいことに驚いた。
まぁ確かに、犬は忠誠心が高いから、人間と一緒に住みやすいし、扱いやすい動物だよな。
しかし、シベリアンハスキーがランクインしているのを見て、これは本当に人気の飼い犬ランキングなのだろうか?かなり偏ったアンケート結果なのではないか?と疑ってしまった。
自分の生活範囲が狭いだけなのかもしれないが、シベリアンハスキーをペットにして散歩をさせている人間を、あまり見かけたことがない。
シベリアンハスキーは、まさにオオカミのような凛々しい外見をしているが、優しく穏やかな性格をしており、ギャップが魅力的だそうだ。
たしかに、こいつらは、見た目はオオカミにそっくりだが、所詮、犬であり狼ではない。
そんなことを思いながら、半分羨ましくも、そして半分悔しくも、思った。
アイロンがけが終わり、洋服一式を畳み終えて、テレビに夢中になっていたら、キッチンから、煮込みが終わったタイマー音が鳴った。
うぅん、いい香りだ。スパイスがカレーによくミックスされており、それでいて野菜は形を残しつつも、とても柔らかくなっている。
「うん、上出来だ。」
僕は、お皿に五穀米をのせて、その上からカレーをたっぷりかけた。
そして、事前に作って、冷蔵庫に入れておいたレタスときゅうりとミニトマトのサラダを取り出して、テーブルの上にのせて、感謝を込めて、夕食を食べ始めた。
引き続き、犬の特集が放送されている。
犬は確かに可愛い動物だし、人間への忠誠心も強く、人間の良いパートナーだとは思う。
しかし、自然界に出たら、自分では何もできず、すぐに襲われてしまうだろう。
独立心もなければ、生命力もない。結局は、人間がいなければ、自分の力だけでは、生きていけない弱い存在だ。
やはり、僕とは違う生き物で、似て非なるものだなと思い始めていた。
ご飯を食べ終えて、食器を洗い、同僚の女性課員に約束していた弁当のレシピを文書作成アプリで記述し、印刷をしてカバンの中に入れた。
寝る前の時間は、日課であるストレッチとプランクをして、少し体を動かした後、マインドフルネスを15分間行なった。
ふぅ、心も体も落ち着いた。寝る準備をしよう。
僕はベッドに入る前に、仏壇の前に座って、手を合わせる。
「今日も一日、見守ってくれて、ありがとうございました。」
仏壇の写真には、お父さん、お母さん、そして僕が小学校6年生の時と全く同じ顔をした少年の顔が映っている。
僕は、カーテンを閉める前に、窓越しに外を見る。来週には、月が地球に最も接近するタイミングを迎え、通常よりも、大きく、明るく見える満月であるスーパームーンが来る。
今年は10月と12月もスーパームーンなのだが、その中でも11月が、最も大きく明るく見える満月になる。だから、僕はこの影響を受けて、発作が出始めているのだ。
今日は危なかった。昼間の月が出ていない時に発作がでるなんて、それだけ、スーパームーンの威力は強いということなのだろうか。それとも別の理由があるのだろうか。
そして、主任から投げかけられた言葉の数々。不安にはなるが、今のところ、彼女が何を企んでいるのかは分からないし、考えても仕方がないので、眠ることにしよう。
僕は、カーテンを閉めると、人間の姿の時には、手として使っている前足と後ろ足を丸めて、大きく前に出た口と黒い鼻を前足に置いて、頭の上にある大きな耳も横にして、狼の姿に戻り、布団の上で眠りに落ちた。
第4章に続く。




