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第2章:仕事場ではこういう自分を演じてます。

トイレで、少ししか食べていない温野菜と五穀米を戻し、気持ちを落ち着かせた後、給湯室に行く。


そこで、ブルーベリーを一つずつ、ゆっくり口の中に入れていく。


口の中いっぱいに、ブルーベリーの甘酸っぱい味が広がり、胃の中に入っていくのが分かる。


胃を中心に、体全身が落ち着いていくのを感じる。


ブルーベリーが、自身の脳を冷静にし、心を穏やかにして、体を癒すことに、繋がることに気が付いたのは、中学生の時だった。


クソ!まさか、会社で、この発作が出るとは!

昼休憩で、人も少なかったので、誰も見ていないことを祈る。


念のため、給水機で、コップいっぱいに白湯を汲み、お守り代わりに、頭痛止め薬や胃薬などを飲んでおく。


この症状は、9月の後半あたりから出て、どんどん悪化している。


とにかく、何とかして、時が経つのを、待つしかない。


僕は、給水機で、白湯をもう1杯、ゆっくり飲み干した後、何事もなかったように、自分のデスクに戻り、お弁当を食べようと思ったのだが、給湯室を出るときに、声をかけられてしまった。


『課代、大丈夫ですか?最近、体調悪そうですけど。』


同じ課に所属する主任の女性が、声をかけてきた。


課の中で、最も仕事が丁寧な上に、とにかく作業が早い。

課長代行もしている今の僕にとっては、とても心強い存在だ。


「いや、大丈夫だよ。仕事でちょっと疲れてるのかな。」


僕は、笑いながら言って、給湯室から出ようとした。


『あ、課代、これ忘れてますよ。』


彼女が、タッパーを差し出してくれた。


『いい香り。ブルーベリーですね。』


「え?この中に、ブルーベリーが入っていたのよく分かったね。」


彼女の鼻の良さに、素直に驚いた。


『私も、ブルーベリー大好きなんです。しょっちゅう倉庫型の大型ディスカウントストアで、冷凍のブルーベリーを大量買いしてます。』


彼女は、笑いながら、そう言った。


「そうなんだ。僕は、いつも近くのスーパーで買っているんだけど、今度、そこで買ってみようかな。」


僕がそう言うと、彼女は僕にタッパーを差し出しながらも、僕の体調を心配してくれた。


『課代、本当に大丈夫ですか?ご自身の業務に加えて、課長の分の仕事までされて、疲れが出るのも無理ないですよ。』


「そうだね。ちょっと無理しすぎたかもしれないかな。少しペースを下げないとね。」


そう言って、タッパーを受け取ると、今度は、彼女は僕のお弁当について、話し始めた。


『課代のお弁当は、いつも美味しそうですよね。でも、肉も魚も入っていなくて、野菜ばっかりですよね。ヘルシーにも見えますけど、栄養は偏りませんか?』


「ご心配ありがとう。でも、僕は、肉も魚も食べれないんだよね。きっと。それらも食べれていたら、体調も崩さないのかもしれないね。」


まあ、肉と魚が食べられていれば、僕はここに存在していないけど、とまでは言わない。


『実は、私も、お肉とお魚、食べれないんですよね。ブルーベリーも大好きだし、課代と一緒です。』


彼女は、ニッコリしながら、僕に笑顔を向けてきた。


僕は、少しドキッとしたが、彼女の本心は分からない。

ここで変なことを言えば、上司からのセクハラとも取られかねない。


「ああ、君もそうなんだ。」


それだけ言って、その場を離れようとした。


「じゃあ、僕はデスクに戻るよ。」


僕は、そう言って、受け取ったタッパーを持って、給湯室を出ようとした時、彼女はそっと言った。


『9月後半からですね。課代の体調が悪くなってきたのは。』


僕は、先ほどの淡い恋の始まりのようなドキッではなく、真実を見抜かれてギクッとした。


「そうだったかなぁ。詳しくは覚えてないなぁ。」


僕は、平然を装う。


「でも、課長が休みを取り始めたのが、10月1日からだから。多分、疲れが溜まってきたのは、10月以降じゃないかなと思うんだけどね。」


僕は、少しでも、彼女に真実がバレないように、平然を装ったが、同時に、喋り過ぎたかもしれないと心配になった。


『課代は、日に日に体調悪くなっていきますけど、多分そのピークは11月5日頃ですよね?もう来週ですね?』


具体的な日にちを言及して、僕に尋ねてきた。


僕は、心拍数が、上がっているのが分かる。


そのとおりだ。このまま予定通りであれば、僕は、11月5日の夜は、本性が隠せなくなる。

まぁ、それ自体は問題ない。ただ、人間にバレなければ良いだけだ。

そして、その後は、少しずつピークダウンしていくだけだ。


9月の後半から、発作が出てきたことを考えると、おそらく12月の末くらいまでは、大なり小なり発作が続くだろうと思っている。


「そうだね。11月の上旬頃から、季節の変わり目で寒くもなってくるし、もしかしたら1番体調を崩しやすい時期になるかもしれないね。」

「ちょっと仕事をセーブしながら、季節の変わり目に注意して過ごすよ。ご忠告ありがとうね。」


僕はその場をやり過ごして、執務室の自分のデスクに戻った。


デスクに戻り、念のため、ドラッグストアで購入したベリーの香水をハンカチに数回吹きかけて、口と鼻を覆い、匂いを嗅ぐ。これで、もう大丈夫だ。


その後、ブルーベリーや常備薬が効いたおかげで、発作は収まり、引き続き、右手で残りのお弁当を食べながら、左手で残りの書類を確認し、承認の押印をしていった。


しかし、残念ながら、先ほどの副主任が作った別の書類で、更に3部に不備があった。

発作とは別に、僕の体調を悪くさせる原因の一つは、彼女の仕事の不出来だろうなと確信する。



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昼休みが終わったのだが、その副主任が戻ってこない。


女子トークが盛り上がって、遅くなってしまっているのかもしれない。


普段なら、別に、10分、20分遅れたところで、気にしないのだが、いかんせん今日は、定時までに次長と部長の承認も得た上で、財務・経理部に書類を出さなければいけないので、少し苛立ちを覚えていた。


結局、昼休みが終わって、30分が経ってから、副主任が戻ってきた。


副主任が戻って、自席に座ると、僕は、気持ちを落ち着かせて、すぐに彼女のところに向かう。


「昼休憩前の書類だけど、僕が見た後、次長と部長の承認を得て、今日中に、財務・経理部に出さなければいけないことは、君も知ってるね。」


『あ、はい。申し訳ありません。すぐに作ります。』


「ありがとう。よろしく頼むよ。」


彼女と短い会話をした後、自席に戻った。


結局、その後も、彼女は「できました。」と言って、5,690万円のままの古いデータを印刷して持ってきた。


別の意味で、また発作が出そうになったが、再度、指摘をして、ようやく完璧版が出来上がった。


次長と部長に、すぐに説明をして、承認の押印をもらった。


そして、副主任に、本日の定時までに、財務・経理部に原本を渡すこと。その前に、PDFにして課の共有フォルダに格納するように指示をした。


『分かりました。PDFを取って、後ほど財務・経理部に、提出しに行きますね。』


僕は、締め切りに間に合い、安心をして、自席に戻った。


安心したのと、ブルーベリーと常備薬のおかげか、僕は、その日は、その後、発作が出ることはなかった。


その後も、残りの作業を続けて、定時の18時を1時間ほど過ぎた後、僕は、まだ残っている課員たちに告げた。


「ちょっと体調がすぐれないので、今日は、もうこれで帰ろうと思うけど、大丈夫かな?」


全体に声をかけたが、問題はなさそうだったので、そのまま荷物を整理して、執務室を出た。


執務室を出るとき、お手洗いから戻ってきた、給湯室で会話をした女性主任とすれ違った。


「申し訳ないんだけど、今日は、体調が優れないので、お先に失礼するよ。」


『課代、お疲れ様です。ゆっくり、休んでくださいね。ってか、定時もうとっくに過ぎてますけどね。』


「ありがとう。君も遅くなりすぎないようにね。お先に失礼します。」


『あの、課代。』


彼女は、僕を引き留めるように、声を出した。


「どうしたの?」


『課代は、どちらにお住まいですか?』


「津田沼だけど、それがどうしたの?」


『そうなんですね。私は、7月から、東船橋駅の近くに引っ越したんです。隣の駅ですから、もし何かあったら、いつでも呼んでくださいね。』


いや、僕は、両親も兄弟も配偶者もいないけど、何かあった時に、女性の部下に連絡をするのはマズイだろう。

そういう場合の連絡先として適切な相手は、部長か次長な気がする。


ありがたいお言葉であるが、僕は、少し困惑をしてしまった。


「お気遣い、ありがとう。でも、何かあった時は、上長に連絡をするから、大丈夫だよ。心配かけて、すまないね。」


僕は、相手を傷つけず、それでいて、ハラスメントにならない言葉を選んで、彼女に伝えた。


『部長や次長じゃ、課代を救えないでしょ。』


僕は、彼女のことが、少し怖くなってきた。彼女は、僕の何か秘密でも握っているのだろうか。


「まぁ、確かに、上長が、何でもかんでも、解決できるわけではないからね。何か業務上で、問題があった時は、主任の君にも相談をさせてもらうかもしれないね。その時は、よろしく頼むね。」


僕は、意図的に話しを逸らして「お先です。」と言って、エレベーター前まで歩いた。


仕事場では、上長からも部下からも信頼されて、誰にでも丁寧で親切で、女子社員たちが驚くほどの手作りお弁当を持参して、いつもアイロンをかけたスーツとワイシャツとキレイに磨いた革靴で身を包む課長代理。


僕は、仕事場ではこういう自分を演じている。


確かに、今日は、発作が出てしまったのは想定外だが、それ以外のことは、何も晒していないはずだ。


それなのに、あの含みのある彼女の数々の発言は何なんだ?


隣の駅に住んでいるということは、僕のことを何か嗅ぎまわっているのか?


いや、それならば、自分から、東船橋に住んでいると、僕に告げないか。


一体、彼女は、何なんだ?


僕は、胸に新たな不安が生まれたが、帰路につくため、新宿駅に向かった。


第3章に続く。

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