船出
密猟事件から数日後――
港町オギトンから、
定期便の運航が再開された。
目的地は――
極東の国、ムラサキ。
「出航するぞー!!」
大きな帆が張られる。
ゆっくりと岸を離れていく船。
その甲板には――
ネクトリア。
イレア。
そして、食材。
三名の姿があった。
「頑張ってねー!!」
「気をつけてなー!!」
「しっかり食べて大きくなれよー!!」
港には――
大勢の人々が集まっていた。
「ありがとうー!!」
ネクトリアが、
満面の笑みで手を振る。
その隣では――
イレアが静かに一礼。
「グェェ!!」
食材も、
何となく手を振っている。
昨夜。
誰にも気づかれることなく密猟団を追跡し、
誰にも姿を見られることなく制圧した――
イレアの完璧な隠密行動。
その結果。
三匹は――
まるで王族のように見送られていた。
なお。
一匹は本当に王族である。
それから――
しばらくして。
「オェェェェェェ!!!」
王族は――
海に吐いていた。
「ネクトリア様……」
「しばらくのご辛抱を……」
「オェェェ……」
ネクトリアは、
甲板の縁にしがみついていた。
顔は真っ青。
翅はしおれ。
先ほどまでの希望に満ちた表情は――
見る影もない。
「むりぃ……」
「お船むりぃ……」
「一度、船室へ戻りましょう」
イレアが背中を支える。
「この辺りにはウミガエルもいるとの話です」
「ウミ……ガエル……?」
「はい」
「海面から飛び出すこともあるそうですので――」
バシャッ!!
「…………」
「…………」
海面から――
何かが飛び出した。
一直線に飛来し――
ベチャッ。
「…………」
イレアの顔面に張り付いた。
「…………」
ウミガエル。
「…………」
ネクトリアが見る。
「…………」
イレアも動かない。
ウミガエルは――
ぬちゃ。
ぬちゃぬちゃ。
イレアの顔面に、
生臭い粘液を存分に塗りたくった。
そして――
ぴょん。
ぽちゃん。
何事もなかったかのように、
海へ帰っていった。
「…………」
イレアは――
海を見つめていた。
「…………イレア?」
「…………」
「大丈夫……?」
「…………」
イレアの口元が震えた。
「オェェェェェェ!!!」
「オェェェェェェ!!!」
二人同時に――
海へ吐いた。
「…………」
その様子を――
食材が見ていた。
「…………グェ?」
右を見る。
ネクトリア。
「オェェェェ!!!」
左を見る。
イレア。
「オェェェェ!!!」
「…………」
食材は考えた。
そして――
海へ向かって。
「グェェェェェェ!!!」
叫んだ。
その瞬間。
バシャッ!!
「…………」
ベチャッ。
「…………」
食材の口に――
ウミガエルが入った。
「…………」
「…………」
「…………」
食材は――
固まった。
完全に。
石像のように。
微動だにしない。
口から――
ウミガエルの後ろ脚だけが出ている。
「…………食材?」
「…………」
「…………大丈夫ですか?」
「…………」
ぴょん。
ウミガエルが、
食材の口から脱出した。
ぽちゃん。
海へ帰っていく。
「…………」
食材は――
しばらく動かなかった。
そして。
「オェェェェェェ!!!」
「オェェェェェェ!!!」
「ギョェェェェェ!!!」
二人と一匹が――
仲良く並んで、
海へ吐いた。
極東の国、ムラサキ。
その道のりは――
まだ始まったばかりである。




