暗躍・二
新月の夜。
月明かりすらない暗闇の中を――
一台の荷車が、
静かに運ばれていく。
その様子を、
イレアは屋根の上から見下ろしていた。
「…………」
追う。
その前に――
食材の足元へ、
小さな魔力の欠片を一つ。
淡い光が、
地面に残る。
「ここで待っていてください」
「グェ」
それだけ告げると――
イレアの姿が消えた。
荷車は、
港へ向かっていた。
昼間は船乗りや商人で賑わっていた船着場も、
今は静まり返っている。
イレアは物陰から、
その様子を窺った。
「…………」
船が一隻。
その周囲を、
複数の者が行き来している。
船から荷車へ――
次々と何かが運び込まれていた。
大きな木箱。
網。
そして――
「…………」
ウミガメ。
真っ赤な珊瑚。
人の胴ほどもある、
巨大なシャコガイ。
イレアの目が細くなる。
「なるほど」
魔獣など――
いなかった。
複数人で魔獣が出たという噂を流し、
定期便を止める。
船が消え、
人の目も減った港で。
月明かりのない新月を選び――
密かに海へ出る。
目的は――
密猟。
「…………」
イレアは腰から、
一本のナイフを抜いた。
狙うのは――
人ではない。
荷車。
ヒュッ――
カッ!
ナイフが、
車輪の隙間へ深々と突き刺さった。
簡単な輪止め。
それだけ済ませると――
再び闇へ溶ける。
やがて。
「よし、全部積んだな」
「ああ」
「さっさと行くぞ」
密猟者達が、
次々と荷車へ乗り込んでいく。
御者台の男が手綱を握る。
「出せ」
「おう」
――ガッ。
「…………あ?」
荷車は動かない。
「なんだ?」
もう一度。
ガッ。
「おい、どうした」
「待て。車輪がおかしい」
一人の男が降りた。
しゃがみ込み、
車輪を覗き込む。
「なんだこれ――」
その瞬間。
トン。
「――がっ」
男の身体から、
力が抜けた。
倒れるより先に――
イレアがその身体を受け止める。
音を立てず、
地面へ。
「…………」
そして。
すっ。
荷台を見る。
幌付き。
中には――
まだ複数人。
好都合だった。
イレアは懐から、
小さな筒を取り出した。
ぽい。
荷台へ放り込む。
コトン。
「……なんだ?」
――ボフッ。
白煙。
「ッ!?」
「ぐっ……!!」
「目が!!」
「なんだこれ!!」
「開けろ!! 早く――!!」
幌に覆われた荷台の中へ、
刺激性の煙が一気に広がる。
咳き込む声。
暴れる音。
その中へ――
イレアが入った。
「な――」
ドッ。
一人。
「誰――」
ゴッ。
二人。
「敵だ!! 外に――」
バキッ。
三人。
「ぐぁっ!!」
誰かが腕を振り回す。
空を切る。
その懐へ――
イレア。
ドッ。
「――っ」
四人。
「どこだ!!」
「見えねぇ!!」
「誰かいるぞ!!」
手刀。
手刀。
手刀。
悲鳴すら――
長くは続かなかった。
数秒後。
「…………」
静寂。
荷台の中には、
折り重なるように倒れた密猟者達。
その中央で――
イレアだけが立っていた。
「…………」
服の乱れを直す。
煙の残る荷台から、
静かに降りる。
誰も死んではいない。
だが――
誰一人として、
彼女の姿を見ることもできなかった。
その頃。
宿では――
「…………んぅ」
ネクトリアが目を覚ました。
「…………?」
もぞ。
「…………」
もぞもぞ。
「…………?」
動けない。
「…………え?」
ぱちり。
そして――
「なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
港の夜に――
第三王女の絶叫が響いた。




