選択
ヴェスヴィと別れた後――
ヴェスピナは城へと戻っていた。
「…………」
歩きながら、
今日一日の出来事を思い返す。
『一つの意思の下で動けば――個は、軍になる』
ヴェスタスから聞いた、指揮というもの。
そして――
『群れが私で――私が、群れだった』
ヴェスヴィから聞いた、女王魔力の感覚。
「…………」
分かったような。
分からないような。
「……難しいこと考えんの、やっぱ向いてねぇな」
頭を掻く。
その時――
「ヴェスピナ様」
「ん?」
聞き慣れた声。
振り返ると、
大量の荷物を抱えたイレアが立っていた。
「お戻りでしたか」
「おう」
「……って、お前また仕事してんのかよ」
「仕事ですので」
「戦争終わって一週間だぞ?」
「ちったぁ休めよ」
「ではヴェスピナ様が代わってくださいますか?」
「…………」
「…………」
「頑張れ」
「ありがとうございます」
「嫌味だよな!?」
イレアは何も答えず、
そのまま歩き出す。
「…………」
ヴェスピナも、
なんとなくその隣を歩いた。
「なぁ、イレア」
「はい」
「そういや……」
「お前も女王種なんだよな?」
イレアの足が止まった。
「……ええ」
「ウエキバチ、だったよな」
「ヒメハナバチです」
「まぁ…細けぇ事はいいんだよ」
「…………」
ヴェスピナはイレアを見る。
いつも通りのメイド服。
いつも通りの無表情。
どう見ても――
女王には見えない。
「……なんですか」
「いや」
「女王っぽくねぇなって」
「失礼ですね」
「悪ぃ悪ぃ」
ヴェスピナが笑う。
だが――
ふと疑問が浮かんだ。
「…………」
「なぁ」
「はい」
「なんでお前――女王やってねぇんだ?」
「…………」
イレアが瞬きをする。
「女王種なんだろ?」
「ええ」
「だったら、自分の群れ作ったりとか……」
「そういうの、できんじゃねぇの?」
「できますよ」
「できんのかよ」
あまりにも簡単に返された。
「じゃあ、なんで――」
「必要ありませんので」
「…………は?」
イレアは、
何事もなかったかのように再び歩き始める。
「ちょ、待てよ」
「必要ないって……女王だぞ?」
「女王種です」
「同じだろ」
「違います」
即答だった。
「女王種として生まれたことと――」
「女王になることは、別の話です」
「…………」
ヴェスピナが黙る。
「力があるから使わなければならない」
「女王種だから群れを率いなければならない」
イレアは前を向いたまま続ける。
「そのような決まりはありません」
「…………」
「んじゃ、お前は……」
イレアが立ち止まる。
その先には――
王城がある。
「私は――」
ほんの僅かに。
イレアの表情が柔らかくなった。
「アピス様にお仕えする者です」
「…………」
迷いのない言葉だった。
「それだけで、十分です」
「…………」
ヴェスピナは、
しばらくイレアを見つめていた。
女王になれる。
群れを持つこともできる。
それでも――
この女は、
自分でここを選んでいる。
「……そっか」
「はい」
ヴェスピナは空を見上げる。
「…………」
『もしかして、女王になりたいのか?』
先ほどヴェスヴィに言われた言葉を思い出す。
「……女王種だからって」
「女王になる必要はねぇ、か」
「当然です」
「…………へへっ」
ヴェスピナが笑う。
「なんか、それいいな」
「そうですか?」
「あぁ」
女王の力がある。
女王の器がある。
だからといって――
女王にならなければならないわけではない。
「ウチには――姉貴がいるしな」
「ええ」
「ウチの女王は、姉貴だ」
「存じております」
「……なんだよ」
「もうちょいなんかねぇのかよ」
「ございません」
「冷てぇな!!」
イレアは再び歩き出した。
その背中を見ながら――
ヴェスピナは、もう一つ思い出す。
戦場で見た、
イレアの武装。
無数の小さな武器を顕現し、
敵を包囲する――
《スティングスウォーム》。
「……なぁ、イレア」
「今度は何ですか」
「お前さ」
「あの大量の武器――どうやって動かしてんだ?」
「…………」
イレアが振り返る。
「全部、一個ずつ動かしてんのか?」
「いいえ」
「じゃあどうやって――」
「慣れです」
「…………」
「…………」
「それで済ませんなよ!!」
イレアは僅かに首を傾げた。
「そう言われましても」
「もっとなんかあんだろ!」
「こう……コツとか!」
「ありません」
「嘘つけ!!」
「強いて言うのであれば――」
「おっ!」
ヴェスピナが身を乗り出す。
イレアは少し考え――
「全てを見ようとしないことでしょうか」
「…………?」
「一つ一つを意識していては、間に合いません」
「…………」
「全てを個別に動かそうとするのではなく――」
「全体を、一つとして捉える」
「…………」
ヴェスピナの表情が止まった。
『一つの意思の下で動けば――個は、軍になる』
ヴェスタスの言葉。
『群れが私で――私が、群れだった』
ヴェスヴィの言葉。
そして――
『全体を、一つとして捉える』
「…………」
三つの言葉が、
頭の中を巡る。
「…………」
「ヴェスピナ様?」
「…………」
何かが――
繋がりそうな気がした。
だが。
「…………わからん」
「そうでしょうね」
「お前ら揃いも揃って説明下手すぎんだろ!!」
「お前ら?」
「こっちの話だ!!」
イレアは小さく息を吐く。
「理解する必要はないのでは?」
「……あ?」
「今、使えないのであれば」
「必要になった時に思い出せばよろしいかと」
「…………」
「知っていることと――」
「今、できることは別ですから」
「…………」
ヴェスピナは目を瞬いた。
そして――
「……へへっ」
笑った。
「それも、悪くねぇな」
「では、私は仕事に戻ります」
「おう」
イレアが歩き出す。
数歩進んだところで――
ヴェスピナが声を上げた。
「なぁ、イレア!!」
「はい?」
「荷物――半分持つわ」
「…………」
イレアが振り返る。
「どういう風の吹き回しですか?」
「うるせぇな」
「女王ってのは、民を助けるもんなんだろ?」
「…………」
「…………」
「ヴェスピナ様」
「あ?」
「私は民ではありません」
「だから細けぇことはいいんだよ!!イレアはイレアだろ」
ヴェスピナは、
イレアから荷物を半分奪い取った。
「ほら、行くぞ」
「……はい」
二匹は並んで、
王城へと歩いていく。
女王とは、何なのか。
まだ――
ヴェスピナには分からない。
指揮すること。
群れを感じること。
全体を、一つとして捉えること。
そして――
女王の力を持っていたとしても、
女王になる必要はないということ。
答えは出なかった。
それでも。
いつか必要になった時――
今日知ったことを、
思い出す日が来るのかもしれない。
「ところでヴェスピナ様」
「あ?」
「女王を目指しているのですか?」
「目指してねぇよ!!!」
その声が――
夕暮れのネクトフラムに響き渡った。




