素顔
戦争が終わってから――
ヴェスピナには、一つ気になることがあった。
「…………」
少し離れた場所に、一匹のスズメバチがいる。
かつて――
数多のスズメバチを従え、
ネクトフラムへ戦争を仕掛けた女王。
ヴェスヴィ。
そして今は――
「だから、それそっちじゃないって」
「こっち運んで」
「そうそう。ありがと」
「…………」
ヴェスピナは目を細めた。
「…………誰だアイツ」
あまりにも――
普通だった。
戦場で見た姿とは、まるで違う。
『女王蜂の名において命ずる!!!』
あの威圧感。
あの尊大な口調。
そして――
『まだ22歳だ!!!』
「…………」
最後のは忘れよう。
ともかく。
今、目の前にいるヴェスヴィからは――
あの時の威厳が、綺麗さっぱり消えていた。
「おい」
「ん?」
ヴェスヴィが振り返る。
「あぁ、ヴェスピナか」
「…………」
「何?」
「いや……」
ヴェスピナは腕を組む。
「お前、そんな喋り方だったか?」
「…………は?」
「もっとこう……」
ヴェスピナは胸を張る。
「『頭を垂れよ!! 我こそは女王である!!』みてぇな」
「そんな喋り方してない」
「してただろ!!」
「……あぁ」
ヴェスヴィは少し考え――
「あれか」
「あれだよ」
「女王辞めたからな」
「…………」
「…………」
「は?」
ヴェスピナの眉が寄った。
「女王辞めたら喋り方まで変わんのかよ!?」
「変わるというか……戻る」
「戻る!?」
ヴェスヴィは呆れたように息を吐いた。
「知らないのか?」
「女王種では、別に珍しいことじゃないぞ」
「何がだよ」
「しばらく女王をやってると、だいたい話し方が偉そうになる」
「…………」
ヴェスピナは真顔になった。
「なんでだよ」
「毎日何十、何百って兵に命令してみろ」
「外交じゃ舐められないように振る舞って、民の前じゃ威厳を保って――」
ヴェスヴィは腰に手を当てる。
「『進め』『下がれ』『黙れ』『頭を上げろ』」
「そんなことばっか言ってたら、嫌でもああなる」
「…………」
「女王の職業病みたいなもんだ」
「…………」
ヴェスピナの脳裏に――
一匹のミツバチが浮かんだ。
扇子。
優雅な微笑み。
そして――
『おーっほっほっほっほ!!!』
「…………」
ヴェスピナの頬に、
一筋の汗が流れた。
(そういや姉貴……おかしくなってたと思ったけど)
(あれがデフォなのか……?)
「どうした?」
「いや……なんでもねぇ」
知らない方がいい。
なんとなく――
そんな気がした。
「…………」
ヴェスピナは改めて、
ヴェスヴィを見る。
元女王。
そして――
血の繋がった、自分の姉。
未だにその実感は薄い。
だが。
「なぁ」
「ん?」
「ちょっと聞きてぇんだけど」
「何?」
ヴェスピナは少し迷ってから――
「女王魔力って……どうやって使うんだ?」
ヴェスヴィが瞬きをした。
「…………」
「…………」
「知らない」
「はぁ!?」
ヴェスピナの声が響いた。
「お前使ってただろ!!」
「使ってた」
「じゃあ知ってんだろ!!」
「使い方は知らない」
「意味わかんねぇよ!!」
ヴェスヴィが眉間を押さえる。
「そう言われてもな……」
「呼吸の仕方を説明しろって言われてるようなもんだ」
「息吸って吐くだろ」
「じゃあそれでいいだろ」
「よくねぇよ!!」
「面倒くさい奴だな……」
「元女王だろ! なんかあんだろ!!」
「…………」
ヴェスヴィが少し考え込む。
「感覚でいいなら」
「おう」
「……広げる、かな」
「広げる?」
「あぁ」
ヴェスヴィは片手を開いた。
「普通の魔力は、自分の中にあるだろ?」
「まぁな」
「それを相手にぶつけたり、武器に込めたりする」
「おう」
「女王魔力は――少し違う」
ヴェスヴィは周囲を見渡した。
復興に励むスズメバチたち。
その隣で働くミツバチたち。
「自分の魔力を外へ広げて――」
「その中に、群れを入れる」
「…………?」
ヴェスピナの眉間に皺が寄る。
「群れを……入れる?」
「私も上手く説明できない」
「役に立たねぇな!!」
「だから感覚だと言っただろ!!」
ヴェスヴィは少し苛立ちながら、
もう一度考える。
「……そうだな」
そして――
自分の胸へ手を置いた。
「女王魔力を使っている時は――」
「一匹で戦っている感じがしなかった」
「…………」
「群れが私で――」
少し間を置く。
「私が、群れだった」
「…………」
風が吹く。
ヴェスピナは黙ったまま、
その言葉を頭の中で転がした。
群れが自分。
自分が群れ。
「…………」
「…………」
「わかんねぇ」
「だろうな」
「なんだそれ!!」
ヴェスヴィが笑った。
「私だって、最初から分かってたわけじゃない」
「じゃあどうしたんだよ」
「女王をやってるうちに、いつの間にかな」
「…………」
ヴェスピナは、
先ほどの訓練場を思い出す。
ヴェスタスの声。
『一つの意思の下で動けば――』
『個は、軍になる』
「…………」
個が――軍になる。
群れが――自分になる。
「…………」
何かが。
ほんの僅かに――
繋がりそうな気がした。
だが。
「……やっぱわかんねぇ」
まだ――
その意味を理解するには、
少し早かった。
「まぁ、そのうち分かるんじゃないか?」
「適当だな、お前」
「もう女王じゃないからな」
「便利だなそれ!!」
ヴェスヴィが肩をすくめる。
「それより、お前」
「さっきから女王魔力だの何だの聞いてくるけど――」
「…………」
ニヤリ。
「もしかして、女王になりたいのか?」
「――はぁ!?」
ヴェスピナが跳ねた。
「ちげぇよ!!」
「そうか?」
「ウチには姉貴がいるだろ!!」
その返答だけは――
迷いがなかった。
ヴェスヴィが、
僅かに目を細める。
「……そうか」
「あぁ」
ヴェスピナは胸を張る。
「ウチの女王は――姉貴だ」
「…………」
「でもまぁ……」
少しだけ顔を逸らす。
「ウチにも女王の器があるってんなら……」
「知っといて損はねぇだろ?」
「…………」
ヴェスヴィが笑う。
「十分その気じゃないか」
「うるせぇ!!!」
元女王の笑い声と――
未来の女王候補の怒声が。
復興途中のネクトフラムに、
いつまでも響いていた。




