鍛錬・二
「聞こえてんぞ!!!」
ヴェスピナの怒声が、訓練場に響き渡った。
「まぁいい……」
「来いよ」
ヴェスピナは拳を構える。
「騎士隊長が直々に――鍛えてやる!!」
「「「おぉぉぉぉぉ!!!」」」
次の瞬間――
「行くぞ!!」
一匹のスズメバチ兵が飛び出した。
「おらぁぁぁぁ!!」
「バカ! 一人で行くな!!」
ミツバチ兵の制止など聞かず、
一直線にヴェスピナへと突っ込む。
「へっ!」
ヴェスピナは笑う。
「そういうの――」
ガシッ!!
「何回見たと思ってんだ!!」
「なっ――!?」
掴む。
投げる。
「うぉぉぉぉぉ!?」
ドゴォォン!!
「次!!」
「囲め!!」
「左右から行くぞ!!」
今度は三匹のミツバチ兵が、
ヴェスピナを囲むように展開する。
「はぁぁぁッ!!」
三方向から同時に槍が突き出される。
「遅ぇ!!」
ガンッ!!
ガキン!!
ドゴッ!!
「ぐぁっ!?」
「うぉっ!?」
「くっ……!!」
一瞬だった。
一匹を蹴り飛ばし。
槍を一本弾き。
残る一匹の懐へ潜り込む。
「ほら次ぃ!!」
「くそっ!!」
「スズメバチ! 前へ!!」
「言われなくても!!」
「待て! 今出たら――」
「うぉぉぉぉ!!」
ドゴォン!!
「だから勝手に行くなって言ってんだろ!!」
「テメェらが遅ぇんだよ!!」
「なんだと!?」
「…………」
ヴェスピナは構えを解いた。
「おい」
「「…………」」
「お前らさぁ……」
頭を掻く。
「一週間前と何も変わってねぇじゃねぇか」
「…………」
「スズメバチは勝手に突っ込む」
「ミツバチは周りばっか気にして動きが遅ぇ」
兵士たちが黙り込む。
「強ぇ奴が何匹集まろうが――」
「バラバラに来るなら、一匹ずつぶっ飛ばすだけだ」
「…………」
「ったく……」
「これじゃ何匹いたって――」
「――軍にはならん」
「……あ?」
聞き覚えのある声。
ヴェスピナが振り返る。
訓練場の入口に――
ヴェスタスが立っていた。
「お前……」
「さっき別れたばっかだろ」
「ここは俺達も使用している」
「戻って来て何が悪い」
「…………」
ヴェスピナが眉をひそめる。
「……ついて来たんじゃねぇだろうな」
「違う」
「お兄ちゃんと呼んでほしくて」
「違う!!!」
ヴェスタスの声が裏返った。
「何の話ですか?」
「聞くな!!!」
ヴェスタスは咳払いをする。
「……それより」
訓練場を見る。
倒れている兵士。
揉めているミツバチとスズメバチ。
そして――
その中心に立つヴェスピナ。
「随分と酷い有様だな」
「うるせぇ」
「こいつらがバラバラなんだよ」
「当然だ」
「……あ?」
「今まで別々に戦ってきた者達だ」
「戦い方も違えば、考え方も違う」
「突然一緒に戦えと言われて、まとまるはずがない」
「じゃあどうすんだよ」
ヴェスタスは答えなかった。
そのまま兵士たちの前へ歩いていく。
「スズメバチは前へ」
「ミツバチは後方へ下がれ」
「……は?」
「三匹一組だ」
「正面から倒そうとするな」
兵士たちが顔を見合わせる。
「何をしている」
「構えろ」
「「「はっ!!」」」
空気が変わった。
「おいおい……」
ヴェスピナが笑う。
「ウチはまだやるなんて――」
「ヴェスピナ」
「あ?」
「今度はこちらから行く」
「…………」
ニィッ。
ヴェスピナの口元が吊り上がった。
「上等だ」
拳を構える。
「やってみろよ――兄貴」
「…………!」
ヴェスタスが、一瞬だけ固まった。
「何止まってんだ!!」
「いや……」
「なんでもない」
ほんの僅かに――
ヴェスタスの口元が緩む。
「行くぞ!!」
「「「おぉぉぉぉ!!!」」」
スズメバチ兵が飛び出す。
「またそれかよ!!」
ヴェスピナが迎え撃つ。
だが――
「止まれ!!」
「――ッ!」
ヴェスタスの声。
スズメバチ兵が、
ヴェスピナの間合いへ入る寸前で急停止する。
「なに!?」
「左右!!」
ミツバチ兵が動く。
「チッ!!」
ヴェスピナが後ろへ跳ぶ。
その着地点へ――
「今だ!!」
別のスズメバチ兵が飛び込んだ。
「――ッ!!」
ガキィン!!
「へぇ……!」
ヴェスピナが攻撃を弾く。
すぐさま反撃――
「下がれ!!」
「はい!!」
スズメバチ兵が退く。
代わりに。
「前へ!!」
三匹のミツバチ兵が槍を構える。
「はぁぁぁぁッ!!」
「くっ……!」
ヴェスピナが横へ跳ぶ。
「右だ!!」
「――ッ!?」
そこには――
既に一匹のスズメバチがいた。
「おらぁぁぁ!!」
ドゴォン!!
「うぉっ!?」
辛うじて受け止める。
だが――
(なんだ……?)
ヴェスピナの表情から、
少しずつ笑みが消えていく。
(こいつら……)
一匹一匹は――
何も変わっていない。
さっき自分が吹き飛ばした兵士たちだ。
速くなったわけでもない。
強くなったわけでもない。
なのに――
(強ぇ……!!)
「左へ誘導しろ!!」
「深追いするな!!」
「二班、前へ!!」
「三班は退路を塞げ!!」
ヴェスタスの声が響くたび――
兵士たちが動く。
ヴェスピナが避ければ、
そこへ別の兵士が現れる。
弾けば下がる。
追えば囲まれる。
一匹が開けた穴を――
別の一匹が埋める。
それはもう――
先ほどまでの、
バラバラな兵士の集まりではなかった。
「…………」
ヴェスピナが笑う。
「なるほどな……!」
その瞬間――
「今だ!!」
「――ッ!?」
シュッ!!
一本の槍が――
ヴェスピナの頬を掠めた。
「…………」
訓練場が静まり返る。
ポタッ。
一滴の血が、
地面へ落ちた。
「…………」
ヴェスピナが指先で頬を拭う。
「ヴェ、ヴェスピナ様……」
「申し訳――」
「へへっ……」
「……?」
ヴェスピナが笑った。
「やるじゃねぇか」
兵士たちが目を見開く。
ヴェスピナは――
ヴェスタスを見る。
「お前……何した?」
「何もしていない」
「嘘つけ」
「さっきまでウチに触ることすらできなかった奴らだぞ」
「あぁ」
ヴェスタスは兵士たちを見る。
「俺は指示を出しただけだ」
「戦ったのは――あいつらだ」
「…………」
「強い兵を集めるだけでは、軍にはならん」
ヴェスタスは続ける。
「個々がどれほど強くとも――」
「別々の意思で動けば、それはただの集まりだ」
「だが」
兵士たちを見る。
ミツバチとスズメバチ。
異なる種族。
異なる戦い方。
それでも今は――
同じ場所に立っている。
「一つの意思の下で動けば――」
ヴェスタスは静かに告げた。
「個は、軍になる」
「…………」
ヴェスピナは――
自分の頬についた血を見る。
「……個が、軍に」
「そうだ」
「…………」
しばらく考え――
「指揮……か」
「覚えておけ」
「お前は騎士隊長なのだろう」
「…………」
ヴェスピナは腕を組む。
「うーん……」
そして。
「ウチには向いてねぇな!!」
「…………」
ヴェスタスは黙った。
「なんだよ、その顔」
「いや」
ヴェスタスは僅かに笑う。
「今は、それでいい」
「なんだよ!!」
ヴェスピナの声が、
訓練場に響き渡った。




