帰還
ヴェスピナが、大きく伸びをした。
「……さて、帰ろうぜ姉貴」
ぐぐっと腕を伸ばし――
深いため息を吐く。
「色々ありすぎてクタクタだ……」
アピスも、ふっと柔らかく笑った。
「そうね。本当にお疲れ様」
「……あ」
ヴェスピナが何かを思い出したように振り返る。
そして――
未だ跪いたままの元女王を、親指で指した。
「ってか、このオバさんどうするんだ?」
「オバ――!?」
アピスはちらりと元女王を見る。
「処分は帰ってから考えましょう」
扇を向ける。
「拘束しなさい」
「ヒィ……!!」
「承知!!」
スズメバチ兵たちが一斉に飛びかかる。
「なっ、貴様ら!?」
ぐるぐる。
ぐるぐるぐる。
「待て!!」
ぐるぐるぐるぐる。
「放せ無礼者!!」
容赦なく簀巻きにされていく元女王。
「それに――」
必死にもがきながら、叫んだ。
「オバさんではない!!!」
「…………」
「まだ二十二歳だ!!」
――ピタッ。
「…………」
戦場の時が――
止まった。
ヴェスピナの頬を、一筋の汗が伝う。
(…………まずい)
ゆっくりと。
本当に、ゆっくりと――
ヴェスピナはアピスを見る。
「…………」
笑っている。
アピスは――
笑っている。
(……まずいッ!!)
その時。
「じゃあ――!」
最悪の方向から、無邪気な声がした。
「!?」
ネクトリアが、キラッキラの瞳で身を乗り出す。
「アピスお姉様より、よっ――」
ビュンッ!!!
「むぐっ!?」
凄まじい速度。
ヴェスピナが一瞬でネクトリアの背後へ回り込み――
その口を、両手でガシッと塞いだ。
(ダメだネクトリア!!)
「むぐぐー!?」
(姉貴の前でその話をするんじゃない!!)
「むぐ!? むぐぐぐ!!」
(頼む!! 今だけは黙ってろ!!)
その時。
コツ……
「…………」
コツ……
「…………っ」
足音。
ヴェスピナの身体が硬直する。
ゆっくりと振り返る。
そこには――
満面の笑みを浮かべた、アピス。
「ヴェスピナちゃん?」
「…………はい」
「後で――」
にっこり。
「わたくしの部屋に来なさい」
「…………」
「お話がありますわ」
――氷点下。
ヴェスピナの顔から――
みるみる血の気が引いていく。
「な……」
声が震える。
「なんでウチなんだよ……」
遠くで。
パンッ!
なぜか一人の兵士が――
ヴェスピナへ敬礼した。
「…………」
ヴェスピナも。
無言で敬礼を返した。
戦争は――
終わった。
ミツバチとスズメバチ。
長く続いた種族の因果も――
今、終わりを迎えようとしている。
そして戦場には。
ようやく訪れた平和と――
ほんのり漂う。
ヴェスピナの死亡フラグだけが――
静かに降りてきたのだった。
「やったー! 帰ろー!!」
何も知らないネクトリアが、小さく飛び跳ねる。
「……はぁ」
ヴェスピナは困ったように眉をひそめ――
それでも、僅かに笑った。
アピスもまた。
そんな二人を見つめながら――
涼やかに肩をすくめる。
焼け焦げた大地には、花が揺れていた。
つい先ほどまで殺し合っていた兵士たちの間には――
もう、武器を構える者はいない。
戦場だったその場所は。
いつの間にか――
三姉妹の、いつもの庭のようになっていた。




