萌芽
荒涼とした大地。
つい先ほどまで無数の命がぶつかり合っていた戦場には――
焼け焦げた土と、折れた武器が散乱している。
ところどころで煙が上がり、
傷ついた兵士たちの呻き声だけが、静かになった戦場に残っていた。
その中に――
ただ一ヶ所。
まるで戦場から切り取られたかのように、
色鮮やかな草花が咲き乱れている場所があった。
ネクトリアが――
ヴェスピナを呼び戻した場所。
「…………」
ネクトリアは、その光景をじっと見つめていた。
あの時は、ただ必死だった。
消えないで。
戻ってきて。
大好きな姉を失いたくない。
ただ――
それだけを願った。
「強く……願う……」
アピスの言葉を、小さく繰り返す。
ネクトリアは振り返った。
ミツバチも。
スズメバチも。
もう――戦ってはいない。
けれど。
傷つき、倒れている。
「…………」
パタパタ――
小さな羽音を響かせながら、
ネクトリアはゆっくりと戦場へ降り立った。
一人の兵士の傍らに着地する。
「……王女……様……?」
苦しそうな声。
ネクトリアは、その兵士の手を握った。
「大丈夫」
「…………」
もう一度。
今度は――
戦場にいる全員へ聞かせるように。
「みんな……大丈夫だから」
白銀のレイピアを両手で握る。
そして――
大地へ。
深く。
突き刺した。
――ザクッ。
「…………お願い」
目を閉じる。
ミツバチだからじゃない。
スズメバチだからでもない。
さっきまで敵だったとか。
味方だったとか。
そんなことは――
今のネクトリアには、どうでもよかった。
ただ。
苦しんでいる。
だから――
「みんなを……助けて」
強く。
ただ、強く――
願った。
――ふわり。
「……?」
誰かが顔を上げた。
風。
焼け焦げた戦場には似つかわしくない――
優しい風が吹いた。
「これは……」
アピスが目を細める。
風がネクトリアを中心に広がっていく。
そして――
ピシッ。
レイピアを突き立てた大地に、小さな亀裂が走った。
その隙間から――
小さな芽が、顔を出す。
一つ。
また一つ。
「……花?」
芽は瞬く間に伸び――
花を咲かせた。
そして。
一輪。
十輪。
百輪――
「なっ……!?」
花は止まらない。
焼け焦げた大地を覆い尽くすように――
無数の草花が、一斉に芽吹いていく。
荒れ果てた戦場が。
少しずつ。
少しずつ――
命の色へ、塗り替えられていく。
「…………」
アピスは何も言わない。
ヴェスピナも――
ただ、その光景を見つめていた。
やがて。
咲き乱れる花々から――
一枚の花びらが、舞い上がった。
それを追うように。
二枚。
三枚。
そして――
無数の花びらが、空へ舞い上がる。
「わぁ……」
ネクトリアが顔を上げる。
花びらは淡い光を帯び――
銀色の輝きとなって、戦場を駆け巡った。
まるで――
雪。
いや。
命そのものが――
降り注いでいるようだった。
光り輝く花びらが、一人のミツバチ兵の肩へ触れる。
「……ん?」
深く裂けていた傷が――
ゆっくりと閉じていく。
「…………え?」
別の花びらが、スズメバチ兵へ。
「お、おい……!」
血が止まる。
折れていた羽が、ゆっくりと元の形を取り戻していく。
「傷が……」
「治ってる……?」
ざわめきが広がる。
ミツバチへ。
スズメバチへ。
区別なく。
銀色の花びらは――
傷ついた者たちの元へ舞い降りていく。
「立てる……」
「俺もだ……!」
一人。
また一人。
地に伏していた兵士たちが――
ゆっくりと立ち上がっていく。
「…………」
だが。
全てではない。
花びらが降りても――
もう、目を開かない者もいた。
間に合わなかった命。
戻ってこない者も――
確かにいた。
ネクトリアは、その姿を見つめる。
「…………ごめんなさい」
小さく呟く。
それでも――
花びらは止まらない。
救える命を。
今、そこにある命を。
一つでも多く――
優しく、包み込んでいく。
「…………」
その光景を――
少し離れた場所から見つめる者がいた。
ヴェスタス。
失われた片腕。
その傷口にも――
銀色の花びらが、一枚。
ふわりと触れた。
「…………ッ」
ヴェスタスの目が見開かれる。
光が集まる。
一枚。
また一枚。
花びらが、失われた腕の周囲へ集まっていく。
「これは……」
やがて。
銀色の光が弾けた。
「…………」
ヴェスタスは――
ゆっくりと。
戻った腕を握り締める。
開く。
また――握る。
「…………ふっ」
小さく笑った。
そして――
遠くにいる、小さな王女を見る。
「妙な……魔力だな」
その頃――
遥か遠方。
ネクトフラム城門。
「…………」
イレアが、静かに空を見上げた。
遠く離れた戦場から――
銀色の花びらが、一枚。
風に乗って。
ひらひらと――
彼女の足元へ舞い降りた。
「…………」
イレアは屈み、それを拾い上げる。
僅かな魔力。
けれど――
よく知った、優しい魔力。
「……終わったようですね」
そして。
何事もなかったかのように振り返る。
そこには――
「グェ?」
例の食材。
「食材殿」
「グェ」
「薪を運ぶのを手伝ってください」
「グェ?」
イレアは城の方へ歩き出す。
「負傷兵が戻ってきます」
一歩。
「スズメバチの方々も――おそらく、大勢」
さらに一歩。
「忙しくなりますので」
「グェ!!」
食材は――
なぜか嬉しそうだった。




