錯綜
敵国の女王のこめかみが――
ぴくりと震えた。
「なっ……なんと品のない“女王蜂”だこと……!」
「…………」
その瞬間――
ヴェスピナの身体を、淡い光が包み込んだ。
「……あら?」
アピスが眉をひそめる。
そして――
「……ぷっ」
荒れ狂っていた炎が、ふっと静まった。
「ふ……ふふっ……!」
あまりの滑稽さに――
アピスが堪えきれず、上品に吹き出したのだ。
「何がおかしい!!」
「いえ……だって……ふふっ――」
次の瞬間。
ザザザザッ!!
「――なっ!?」
周囲のスズメバチ兵たちが――
一斉に膝をついた。
「…………ほぇ?」
ヴェスピナが右を見る。
跪いている。
左を見る。
跪いている。
後ろを見る。
やっぱり跪いている。
「…………なんで?」
そして――
敵国の女王の顔から、血の気が引いた。
「し……しまった……」
自ら口にしてしまった。
“女王蜂”。
その言葉が――
スズメバチたちの本能を、呼び起こしてしまったのだ。
――ピシッ。
静まり返った戦場に――
扇の開く音が響いた。
「ふふっ……」
アピスが優雅に口元を隠す。
「スズメバチさん?」
「…………ッ」
「状況が――変わったようですね?」
その瞳が、愉快そうに細められる。
「我が国の規格外は、お気に召されましたか?」
「ミツバチめ……!!」
歯噛みする敵国の女王。
一方――
「…………」
ヴェスピナは未だ状況を理解できず、周囲を見回していた。
そして助けを求めるように、アピスを見る。
「姉貴……何をしたんだ……?」
「わたくしは何も?」
アピスは肩をすくめる。
「ただ――」
扇の先が、敵国の女王を指した。
「そこの素敵なスズメバチさんが、あなたを“女王”と認めただけよ」
「…………あ」
ヴェスピナが敵国の女王を見る。
「あ……。“品のない……女王蜂”……」
「ええ」
アピスは、にっこりと微笑んだ。
「何も間違ったことは言っていませんわ」
「…………」
クスクスと上品に笑う姉。
ヴェスピナは、むっとした顔でそれを見返す。
その時――
ふと。
ある言葉が脳裏をよぎった。
『お疲れのご様子ね――“女王蜂”様』
「…………」
ヴェスピナの目が見開かれる。
「……待てよ」
「?」
「だったら姉貴も、さっきウチのこと女王蜂って言ってたじゃねぇか……!」
「ええ」
「…………え?」
アピスはあっさりと頷いた。
そして――
にっこりと微笑む。
「もはや、この状況――」
扇を閉じる。
「あなたに王座を譲ろうと思ったのよ」
「…………は?」
「それほどまでに、今のあなたは強大な存在だから」
ヴェスピナが固まる。
「じゃ……じゃあウチは……」
「そうね」
アピスは静かに頷いた。
「ミツバチとスズメバチ――」
そして。
「その両方を統べる女王になる――はずだった」
「…………」
「…………」
「……はずだった?」
アピスの笑みが――
すぅぅぅっと引きつった。
「あなたって子は……本当に……」
「な、なんだよ……」
「わたくしが指揮を委ねた時――」
アピスのこめかみに青筋が浮かぶ。
「何も考えず、わたくしのことを“女王蜂”って言ったでしょう?」
「…………」
ヴェスピナの視線が泳ぐ。
「言ったような……」
目を逸らす。
「言ってないような……」
「言いましたわ」
「…………」
「思いっきり」
「…………」
――その時。
「ヴェスピナお姉ちゃーーん!!」
「ん?」
トコトコトコトコ……!!
小さな足音。
白銀の影が――
こちらへ全力小走りで駆けてくる。
「…………」
アピスが見る。
ヴェスピナも見る。
敵国の女王も見る。
何も知らないネクトリアが――
満面の勢いで近づいてくる。
(――混沌の火種、到来――)




