号令
「――よし、いいぞ! 進めっ!!」
ヴェスピナの号令が飛ぶ。
スズメバチ兵たちは慌てふためきながらも、まるで尻に火でもついたかのように、一斉に前進を始めた。
先ほどまで敵同士だったはずのスズメバチとミツバチ。
それが今や、同じ戦場で肩を並べている。
緊張と困惑。
そして、どこか笑いすら混じった奇妙な熱気が戦場を包んでいた。
そんな中――
アピスが静かに口を開く。
「騎士隊長ヴェスピナ」
「ん?」
「この戦場における全ての指揮権を――あなたに委ねます」
「…………」
ヴェスピナの目が、大きく見開かれた。
「マジかよ姉貴!!」
一転。
子供のように目を輝かせる。
「一度こういうの、やってみたかったんだ!」
そして満面の笑みを浮かべ――
「やっぱウチの“女王蜂”は最高だぜ!!!」
「――――」
その瞬間。
アピスの身体が、うっすらと光を帯びた。
「…………ふふ」
アピスは微笑み、軽く手を振る。
「……ほんと、バカな子ね……」
その声は――どこか嬉しそうだった。
「ネクトリア。あなたも行きなさい」
「ひっ……!」
ネクトリアの身体が跳ねる。
「ひゃ……はい!!」
小さく息を呑み――
トコトコとヴェスピナの後を追って、戦場へ駆けていった。
「…………」
二人の背中が遠ざかっていく。
それを見送るアピス。
「…………ふふ」
口元が――緩んだ。
どうやら先ほどの薬草は、やはりただの雑草だったようだ。
(最高ですことよ……!!)
アピスの頭の中で、凄まじい勢いで算盤が弾かれ始める。
(スズメバチの傭兵団を同盟国へ派遣すれば……我が国の収益は今までとは桁違いですわ!!)
口元がさらに緩む。
(ヴェスピナちゃん! 一時はどうなることかと思いましたが――ナイス! ナイスですわ!!)
もはや止まらない。
(まさに我が国の騎士隊長と呼ぶに相応しい働きぶり!!)
そして――
視線の先には、ヴェスピナの号令で動き始めたスズメバチの軍勢。
(しかも、あのスズメバチどもを手中に収めたことで、我が国の威厳は一気に頂点へ!!)
アピスは胸を張る。
(お母様!! ご覧ください!!)
天を仰ぐ。
(わたくし――やり遂げましたのよ!!!)
そして。
(これぞ才覚と美貌――そして計算高さを兼ね備えた女王の真価ですわ!!)
周囲のミツバチ兵たちが、じっとアピスを見ている。
(あら……?)
目が合った。
(皆、目を丸くしておりますこと……)
アピスは扇を口元へ添える。
(ふふん――当然ですわ)
そして――
(これが本物の女王の、華麗なる采配というものですわ!!!)
「おーっほっほっほ……」
周囲の兵士たちが硬直する。
「おーっほっほっほ……!!」
一匹のミツバチ兵が叫んだ。
「おい!! 誰か“薬草”――!!」
――ピシィッ。
空気が凍った。
「…………」
アピスの周囲から放たれた、鋭く冷たい魔力。
それだけでミツバチ兵たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出し――
逃げ遅れた者は、その場で膝から崩れ落ちた。
アピスは微笑んでいる。
とても。
とても優雅に。
「余計なこと……しなくてよろしくてよ?」
「――――ッ!!」
何匹かが、その場で気を失った。
その頃――
戦場の端では、敵の増援部隊が目前まで迫っていた。
無数の羽音。
地面を震わせるほどの振動。
空気そのものがざわめき、先ほどまでの騒ぎが嘘のように、兵士たちの呼吸が重くなる。
ヴェスピナが振り返った。
「いいかテメェら!!」
その声に、スズメバチたちが一斉に顔を上げる。
「作戦はシンプルだ!!」
真紅の槍を肩へ担ぐ。
「全員――ボッコボコにしてやれ!!!」
「オオオオオオオオッ!!!」
スズメバチたちの鬨の声が、戦場を震わせた。
だが――
「……ただし」
ヴェスピナの声が低くなる。
兵士たちの声が止んだ。
「誰一人――殺すんじゃねぇ」
「…………」
先ほどまでの熱気が、静かに引いていく。
ヴェスピナは迫り来る敵軍を見据えた。
「敵は――お前達の家族だ」
「…………」
スズメバチたちは互いに顔を見合わせる。
先ほどまで自分たちがいた場所。
同じ巣で生きてきた仲間。
同じ女王に仕えてきた者たち。
それを――
ヴェスピナは殺せとは言わなかった。
一匹の兵士が、静かに頭を下げる。
「……承知」
続いて――
「承知!!」
次々と頭が下がる。
ヴェスピナはそれを見届けると――
ニッと牙を見せた。
真紅の槍を振り上げる。
「全員ッ!!」
羽音が重なる。
「いくぜぇぇぇぇ!!!!」
「オオオオオオオオオオッ!!!!」
無数の羽が、一斉に空を打った。




