資質
戦場の方がまだマシだ――。
そう本能で悟ったヴェスピナは、逃げるようにその場から飛び立った。
だが――。
「……っ?」
胸の奥で、何かが目覚める。
今まで、自分をミツバチだと思って生きてきた。
だが、真実を知った。
自分は――スズメバチだった。
そして今、再び戦場へ飛び込み、家族を守ると決意したその瞬間。
内なる何かが、堰を切ったように溢れ出す。
次の瞬間――
眩い光がヴェスピナを包み込んだ。
そこへスズメバチ軍の増援が駆けつける。
一匹、また一匹とヴェスピナを取り囲んでいく。
だが――
誰一人として、彼女へ槍を向けようとはしない。
戦場に、しばしの沈黙が訪れた。
「ごらんなさいネクトリアちゃん!! あれこそが女王蜂の魔力ですわ!!」
アピスは興奮した様子で隣へ振り返る。
「あれ……? ネクトリアちゃん?」
誰も突っ込まなくなったアピスは、完全に崩壊していた。
――その瞬間。
「お姉様! 今お助けします!!」
「えっ――」
白銀の閃光が駆け抜ける。
そして次の瞬間――
アピスの口に、大量の薬草(?)が詰め込まれた。
「(®µ®)――!!」
「お姉様! 我慢してください!!」
「んんんんん――!!」
あまりの苦さに、その場で嘔吐するアピス。
そんな茶番劇の傍らで――。
敵軍に包囲されたヴェスピナの瞳が、ギラリと光った。
獲物を捉える。
力強く地面を踏みしめ――
真紅の槍を構える。
「この槍が見えるか、クソ共!!」
爆炎が槍を包み込む。
「丸焦げになりたいやつから、かかって来い!!」
自らに溢れる魔力の意味にも気づかぬまま、ヴェスピナは前へ進む。
だが――
敵兵は動かない。
それどころか、一匹、また一匹とその場に跪き始めた。
「……なんだ……?」
ヴェスピナは怪訝そうに眉をひそめる。
そして真紅の槍を深く地面へ突き刺した。
その姿には――
溢れんばかりの強者の余裕があった。
「やる気がねぇなら、消えやがれ」
ヴェスピナは跪く兵たちを見下ろす。
「お前達なんざ殺したところで、せっかくの槍が汚れるだけだ!!」
しばしの沈黙。
「……承知」
「…………あ?」
素直に従う敵兵を前に、ヴェスピナは露骨に肩を落とした。
今のヴェスピナは――
民と家族を守る戦士。
そして、自らをスズメバチだと受け入れた上で、戦場に立っている。
その自覚が――
彼女の中に眠っていた、女王蜂としての本来の資質を呼び覚ました。
敵兵たちは今まさに――
新たな“女王蜂”の誕生を目の当たりにしていた。
「……まったく」
背後から声が響く。
ネクトリア特製の薬草――もとい雑草によって、どうにか正気を取り戻したアピスだった。
若干青ざめた顔のまま、ヴェスピナの元へ歩み寄る。
「お疲れのご様子ね――“女王蜂”様」
「……あ?」
ヴェスピナの身体が、うっすらと光を帯びる。
すると敵兵の一匹が、震える声で呟いた。
「……女王……」
誰も命令していない。
だが――
一匹。
また一匹。
スズメバチたちがヴェスピナへ向けて膝を折っていく。
「…………」
ヴェスピナは目を丸くした。
「姉貴……?」
アピスはそんな妹を見上げ、静かに微笑む。
「まだわからないの?」
そして跪くスズメバチたちへ視線を向ける。
「あなたから溢れている、その魔力――」
再びヴェスピナを見る。
「女王として――認められちゃったのよ」
その言葉とは裏腹に。
アピスの表情には――
妹の覚醒を目の当たりにした、隠しきれない喜びが浮かんでいた。




