ソリス・ヴァリア
――空気が、焼ける。
敵兵の一匹が、思わず後ずさる。「お、おい……待て……」「なんだよ、あの熱量……」
「あいつ……スズメバチじゃないのか……!」「嘘だろ……まだ熱が上がってるぞ……!」
別の兵が、灼熱に赤く灼けた槍先を見た瞬間、声を裏返らせた。「ひっ……! 熱ッ……!槍が……歪んで見える……!」
誰かが武器を取り落とす。乾いた音が、戦場に地鳴りのように響いた。
「む、無理だ……あんなの……」「隊列を保て! 下がるな――!」
叫びは届いた。だが、その足は――もう前に出ない。
全身に漲る魔力。槍を振るう度、大地が赤熱し、空気が震え、戦場そのものが応える。
その速度、圧力、灼熱――戦場を支配する、太陽そのもの。
金色と白銀が交錯する槍の軌跡――一振りごとに、敵兵たちは身をよじり、恐怖で凍る。
熱気で視界が揺らぎ、息を吸い込むたびに喉が焼ける。
後方から、ネクトリアの白銀のレイピアが閃き、アピスの冷淡な魔力が軌道を整える。
姉と母と妹――そして自身の魔力――その波動が完全に噛み合った瞬間、ヴェスピナはゆっくりと、しかし力強く前へ踏み込む。
爆炎の渦に、冷たい一言が乗った。「――来やがれ」
その一歩だけで、前列の敵兵たちの呼吸は完全に止まった。
彼女の背後には、守るべき家族がいる――それだけで、彼女は躊躇しない。
灼熱の魔槍が振るわれるたび、衝撃波が空気を引き裂き、敵を吹き飛ばす。
熱で赤く揺れる槍の先端が、敵の恐怖を映す鏡のように煌めく。その姿は――最強の戦士。
そして、戦場に刻まれる唯一無二の王女の威光であった。
戦場を焼くような熱気の中、アピスは静かに羽を揺らし、口を開いた。
「……不思議に思っているのでしょう?」
周囲の兵たちは息を呑む。
「本来、スズメバチは高熱に弱い種族。自ら炎の魔力を操るなど、あり得ない」
アピスはゆっくりと視線をヴェスピナへ向け、どこか誇らしげに微笑んだ。「けれど――この子は違う」
一拍。
「母の寵愛を一身に受け、ミツバチ王族の魔力系統を色濃く継いだ“異質個体”。それがヴェスピナ」
ざわり、と戦場全体が揺れる。
アピスは扇のように手を広げ、優雅に続ける。
「そもそも――我等焔蜂ミツバチは炎の魔力を最も得意とする種族」
その一言で、場の空気が微かに震えた。
「我が王家の魔力系統は、本来“熱”と“生命”を司る高位属性。炎を扱えること自体は、何も特別ではない」
アピスの視線がゆっくりとヴェスピナへ向く。
「けれど――この子の異質さは、そこではない」
一拍。
「ヴェスピナは生まれつき、なんの魔力も帯びない“武器顕現”の素質が異常なまでに突出していた」
遠くで、赤熱した魔槍が脈打つ。空気を震わせ、熱風が吹き抜ける。
「本来なら――」
声が少し低く、重くなる。
「熱を嫌うスズメバチによる顕現武装と、ミツバチ王族の炎の魔力が、ここまで完全融合すること自体が
そう…あり得ない」
槍が低く唸り、戦場の熱気がさらに高まる。
「けれどこの子は、母に授けられたミツバチの炎をそのまま顕現武器へ流し込み、通常の魔槍とは“構造そのものが別物”の槍を作り上げた」
その瞬間、赤熱の槍がさらに脈動し、眩く光を放つ。
アピスは誇らしげに、しかし少し呆れた声で言った。「つまりあれは――ただの魔槍ではない」
一呼吸。
「炎の魔力を帯びたスズメバチの顕現武装。ヴェスピナにしか扱えない“規格外な魔槍”――」
小さく肩をすくめ、くすり、と微笑む。「まったく……本当に、手のかかる規格外ね」
ヴェスピナはゆっくりと槍を掲げた。
戦場の熱風が、一瞬止まる。
敵も味方も、誰もがその槍を見ていた。
そして――
「頼むぜ、相棒」
低く笑う。
「お前の名は――
ーー《ソリス・ヴァリア》」
その瞬間――ヴェスピナの灼熱の槍が、戦場を真紅に染めるほどに、さらに眩く燃え上がった――。




