沈黙
遠くから、アピスが見ている。
扇の動きが止まる。
小さく呟いた。
「……やはり……あの子」
――次の瞬間。
男の腕が、血飛沫を上げて宙を舞った。
遅れて、轟音。
戦場が、引き裂かれる。
血の雨が、秋の空に散った。
静寂。
誰一人、声を出せない。
ヴェスピナだけが、荒い呼吸を繰り返していた。
背後では、なお羽音が暴れている。
足元に――ゴトリ、と何かが転がる。
腕だった。
「ひ……っ……」
兵の一人が尻餅をつき、後ずさる。
その光景を――
ヴェスピナ自身も、呆然と見下ろしていた。
「……は……?」
自分の手。
自分の力。
理解が、追いつかない。
指先が震える。
(……ウチ……今……何を……?)
ストン、とその場に崩れ落ちる。
「……なんだよ……これ……」
さきほどまで握っていたはずの巨大な槍は、もうない。
だが、感覚だけが残っている。
あの重量。
あの破壊力。
すべて、自分の意思を超えていた。
「……ウチ…………怖ぇ……」
かすれた声が漏れる。
戦場には、まだ“力の余韻”が残っていた。
「……ヴェスピナ……といったか……」
声。
視線を上げる。
腕を失い、地に伏すフードの男。
「ふふ……やはり……そうか……」
血に濡れた口元が、歪む。
「この魔力……生きていたか……」
「な……なんなんだよ……」
ヴェスピナの声は、かすれている。
男は、最後の力で口を開く。
「聞け……」
一拍。
「お前が打ち倒した男の名を……」
呼吸が止まる。
「――ヴェスタス」
その名が、戦場に落ちる。
「お前の……兄だ……」
ドサッ――
男の体が崩れ落ちた。
「――――」
ヴェスピナは、言葉を失った。




