到来
空が唸る。
低く重い羽音が、空気そのものを震わせていた。
黒い雲のように広がるスズメバチの群れ。
その圧は、ただの魔物の群れではない。
統率された軍――訓練された殺意。
「……やはり……」
長女アピス――新たな女王の琥珀色の瞳が鋭く細まる。
扇を持つ指先が、わずかに震えた。
(来てしまった……)
胸の奥に沈めていた予感が、じわりと浮かび上がる。
視線の先。
最前列で、黒金の槍を肩に担ぐ影。
「へっ……大層賑やかな客人じゃねぇか」
騎士隊長ヴェスピナ。
荒々しい笑み。戦いを前にした、いつもの顔。
――何も知らない。
アピスの喉が、わずかに詰まる。
(……この子が気づいたら……)
一瞬、脳裏をよぎる最悪の未来。
だが――
アピスはゆっくりと息を吐いた。
(……退かせるわけにはいきませんわ)
今の自分は女王。
情ではなく、王として決断しなければならない。
この戦。
前線を任せられるのは――やはりヴェスピナしかいない。
扇が静かに閉じられる。
「……総員、迎撃体勢」
凛とした声が戦場に走った。
だが、その直後。
前線の空気が――ぴしり、と張り詰める。
ヴェスピナの眉がわずかに動く。
「……?」
黒い軍勢の中から、一際大きな影がゆっくり前に出る。
他の個体とは違う。
外殻の艶、羽音の重さ――そして黒いフード。
ヴェスピナの瞳が細くなる。
(……!? あのフード野郎……!)
「……おい」
低い声。
無意識に、槍を握る手に力がこもる。
「姉貴」
振り返らないまま、問う。
「――あいつら、なんか妙だよな?」
アピスの心臓が――どくん、と強く跳ねた。
返答は、まだできない。
秋の風が、戦場を横切った。




