巣窟
鉄格子が、ガラガラと開く。
崩れかけた闘技場。
そこに現れたのは――
見知った顔。
「イレア……」
ヴェスピナの表情が、固まる。
「ヴェスピナ様……御覚悟を」
小さく。
だが、確かな意志で。
イレアは頷いた。
その姿に――
ヴェスピナは、わずかに笑う。
「……上等だ」
「なっ……なんだあのガキは!?」
上空で、屋台の男が叫ぶ。
だが――
もはや、観客はいない。
逃げ出した。
残っているのは――狂気だけ。
次の瞬間。
ギィン!!
激しい衝突音。
イレアのナイフ。
ヴェスピナの槍。
火花が散る。
ぶつかり合う。
だが――
その刃が血を流す事はない。
(ヴェスピナ様……しばしご協力を)
(遠慮すんな。全力で来い、イレア……!時間なら、いくらでも稼いでやる)
(はい。ネクトリア様が、捕虜の解放に向かわれております)
(お前があいつに任せたのか……)
一瞬の間。
そして――
(……なら、もう一人前って事だな)
「誰か知らんが!!頼む!!そいつを止めてくれ!!」
屋台の男が叫ぶ。
状況も理解せず。
ただ、縋るように。
時間が、流れる。
数分。
数十分。
イレアは攻め続ける。
一切の迷いなく。
一方で――
ヴェスピナは、防ぐ。
受ける。
流す。
まるで、壁のように。
「いっ……いいぞ!!そのまま押し切れ!!」
男が叫ぶ。
「おい!!観客どもを呼び戻せ!!これは金になるぞ!!」
狂っている。
完全に。
その傍らに――
黒いフードの男が、静かに立っていた。
その時。
「お姉ちゃん!!!」
響く声。
「みんな助け終わったよ!!!」
ネクトリア。
その一声で――
空気が、変わる。
ピタリと。
戦いが、止まった。
次の瞬間。
二人の戦士が、同時に上空を睨む。
「何ッ……!?」
屋台の男が、後ずさる。
「なんなんだ……こいつらは!!」
叫び。
そして――
「もういい!!アルジュラを解放しろ!!」
沈黙。
黒いフードの男が、指を鳴らす。
パチン――
乾いた音が、やけに大きく響いた。
その仕草を見て。
イレアの瞳が、見開かれる。
「あいつは――!!」
脳裏に焼き付いている。
自分を打ち、鍵を持っていた男。
フードの男は、何かを囁く。
「は!?ふざけるな!!」
屋台の男が怒鳴る。
だが――
一歩。
フードの男が、踏み出す。
その瞬間。
ズブリ。
音もなく。
腕が――
胸を、貫いていた。
―――。
誰一人。
言葉が、出ない。
フードの男は――
振り返りもしない。
何事もなかったかのように。
静かに、その場を去る。
そして。
影が、落ちた。
ゆっくりと。
大地を、塗り潰すように。
上空から――
何かが、降りてくる。
ズン……ッ。
空気が、潰れる。
呼吸が、止まる。
闘技場を、埋め尽くすほどの巨体。
あのトカゲを――
引き裂いた存在。
それは。
巨大な――
蜘蛛。
「デ……デケェ……」
ヴェスピナが、呟く。
「ヴェスピナ様……間違いありません。女王種です」
イレアの声が、低く響く。
「く……蜘蛛……なの?」
ネクトリアの声が、震える。
圧倒的。
格が、違う。
その場にいるだけで。
命が、軋む。
そして――
三人は、同時に理解する。
巨大なテント。
地下へと続く、縦穴。
中央に垂れた、白い縄。
ここは――
巣だ。
巨大な。
女王蜘蛛の。
狩場だった。




