母
凄まじい速度で宙を駆ける二人のミツバチ。
風が裂ける。
ネクトリアの首元では、真っ赤なスカーフが長くたなびいていた。
「ネクトリア。油断すんじゃねーぞ」
「うん!」
ヴェスピナは前方を睨む。
「食材は強ぇ。そこらの雑魚に捕まるわけがねぇ」
低く言う。
「何かあるはずだ」
ネクトリアは胸の前でスカーフを握る。
「無事でいてね……食材!」
ヴェスピナが周囲の空気を読む。
「この方角、間違いねぇな」
岩山の稜線が見えてくる。
「山岳地帯だ」
二人はあっという間に山々の上空へ到達した。
「この辺りか……」
ヴェスピナが高度を落とす。
「降りるぞネクトリア」
「うん」
ネクトリアが遠くを指差す。
「お姉ちゃん。向こうに何かある」
岩山の谷間。
そこに不自然な影。
ヴェスピナが目を細める。
「……なんだありゃ」
巨大なテントだった。
岩山の間に張られた、異様なほど大きな布の塊。
「……あの中だな」
ヴェスピナが呟く。
「間違いねぇ」
ネクトリアが言う。
「サーカスって……コレの事だよね」
二人はゆっくりと降下した。
気配を殺しながら近づく。
その時。
カンッ!!
ガンッ!!
金属がぶつかる音。
そして――
歓声。
歓声は、地面の下から響いていた。
ヴェスピナが地面を見る。
「……下だな」
視線が鋭くなる。
「行くぞ」
「うん……」
テントの裏側から潜り込み、地下へと降りていく。
岩を削った通路。
薄暗い空気。
しばらく進んだ、その時。
どこからか鈍い叫び声のような音が聞こえた。
「お姉ちゃん!」
ネクトリアが扉を指差す。
「この扉! 中で誰か叫んでる!」
ヴェスピナの目が光る。
「食材か!?」
――ドンッ!!
ヴェスピナの蹴りで扉が吹き飛んだ。
その先にいたのは――
巨大な七面鳥。
檻の中で、荒い呼吸をしている。
ヴェスピナがネクトリアを見る。
「……ネクトリア」
「お前に向かって叫んでる感じだぞ」
ネクトリアがゆっくり近づく。
目を見開く。
「この子……」
一瞬の沈黙。
そして言った。
「お母さんだ」
ヴェスピナが固まる。
「……は?」
ネクトリアは真剣な顔で言う。
「食材のお母さんだよ!!」
ヴェスピナが七面鳥を見る。
「……マジかよ」
ネクトリアが檻に手を当てる。
「お母さんなんだよね?」
巨大な七面鳥が低く鳴いた。
「グルル……」
その目は、ネクトリアの首元を見ている。
真っ赤なスカーフ。
ずっと、そこを見つめている。
ネクトリアが優しく言う。
「待ってて」
小さく微笑む。
「必ず助けるから……!」




