赤
明け方過ぎ――
ネクトフラムの広場。
まだ朝靄の残る石畳の上で、一人の行商人が店を広げていた。
巨大なカボチャ。
アクセサリー。
小型ナイフ。
雑多な品が並ぶ屋台の前で、ヴェスピナとネクトリアは楽しそうに品物を眺めている。
「見てお姉ちゃん! このカボチャすごい大きい!」
「お前、それ食う気だろ……」
そんな二人の視線が、ふと一枚の布で止まった。
真っ赤な布。
「あれ……?」
ヴェスピナが眉を寄せる。
(この布……)
「おいネクトリア。これ……」
「あ! これ!
食材に巻いてたのと同じだね!」
その言葉に、屋台の商人がぱっと顔を上げた。
「お客さんお目が高いですね!
そうなんです! この布は食材を包むのに最適でして!」
商人は調子よく続ける。
「この真っ赤な色味が食欲をそそるんですよ!」
ヴェスピナの目が細くなる。
ゆっくりと商人の前に歩み寄った。
「なぁオッサン……」
低い声。
「この布、どこで仕入れた?」
商人は笑顔のまま答える。
「これはこれはお客さん!
産地が気になりますか? やはりお目が高い!」
「この布は東方由来の風呂敷というもので、山岳地帯の――」
次の瞬間。
商人の体が宙に浮いた。
「ちょっ! お姉ちゃん!!」
ヴェスピナの片手が、商人の襟首を掴み上げている。
「正直に答えろ」
商人の足が空中でばたばたと暴れる。
「この布の前の持ち主は誰だ」
「さ、さすがに仕入れ先の情報は……!」
ヴェスピナの腕に力が入る。
「……そうか」
首が締まる。
「……!!」
「さっさと吐いたほうが良いんじゃねーか?」
ヴェスピナの目が冷たい。
「二度と喋れなくなる前にな」
「……!!!」
「お姉ちゃん! それだと喋れないよ!!」
「あぁ……そうだな」
次の瞬間。
まるでゴミ袋のように、商人の体が噴水へ放り投げられた。
――バシャッ!!
「ぶはっ!!」
水面から顔を出した商人が叫ぶ。
「な……なんなんだあんた!!
誰か騎士隊を呼んでくれ!!」
ヴェスピナは腕を組む。
「安心しろよ」
そして言った。
「騎士隊長様なら、お前の目の前にいるだろ」
「はぁ!?」
騒ぎを聞きつけた騎士たちが駆け寄る。
「ヴェスピナ様! これは一体……」
「その商人を縛り上げろ」
「し、しかし……」
「騎士隊長……ま、待ってくれ!!
話す! 全部話すから!!」
ヴェスピナは鼻で笑う。
「そうか。聞いてやるよ」
商人は慌てて喋り出した。
「この布は山岳地帯で仕入れたんだ!
山の麓で商売をしてる男から買ったんだ!」
「証拠は?」
「そ、そんなものある訳ないだろ!」
「そうか」
ヴェスピナが兵士に視線を送る。
「まぁ良い、連行しろ」
「ま、待ってくれ!!」
その時だった。
「……何の騒ぎですか」
優雅な声。
アピスが空から静かに降り立った。
「ヴェスピナ。あなたはどうしていつも……」
ため息をつきながら、屋台を見回す。
そして赤い布を手に取った。
「あら、商人様」
微笑む。
「随分と素敵な布ですね。
東方由来の風呂敷というものでしょうか?」
商人は一瞬で態度を変えた。
「お、お目が高いですね!!
そちらは東方の伝統工芸品でして! 山岳地帯で貿易商より買い付けたものでございます!」
「やはりそうですのね」
アピスは布を眺める。
「とても美しい赤ですが、私には少し明るすぎるかもしれませんね」
商人は慌てて言い直す。
「いえいえ!!
実はこちらはスカーフでして!」
「貴婦人のような美しい女性にはぜひお似合いかと!」
ネクトリアが首を傾げる。
「あれ?
ご飯を包むんじゃなかったの?」
ヴェスピナも言う。
「……いや風呂敷じゃねーのかよ」
「お、お嬢さんの言う通り!
食材に巻いて贈り物としても最適ですよ〜! 実際に食材に巻かれていた事も……」
完全に調子に乗る商人。
その時。
アピスが静かに言った。
「拘束なさい」
兵士たちが商人を押さえつける。
「なっ……なんですか!?」
アピスの瞳が冷たい。
「あなた……」
赤い布を掲げる。
「食材に巻かれていたものを……あなたはスカーフとして私に売ろうとしたのですか?」
商人の顔が固まる。
「そ、それは……赤がとてもお似合いだと思って……」
「……随分と赤がお好きなようですこと」
アピスの指先に真紅の炎が灯る。
「ひっ……」
炎が商人の喉元を照らす。
「あなたも……」
静かな声。
「首元に赤色がお似合いでは?」
商人は恐怖のあまり失禁した。
「さ……山岳地帯で……馬鹿でかい鳥が……
首に巻いていたんです……!」
「その鳥は!? 今どこだ!?」
ヴェスピナが叫ぶ。
「わ……わかりません……!
仕入れ先の男は……山岳地帯でサーカスを運営していて……!」
「もしかしたらそこで……見せ物に……!」
ヴェスピナが振り向く。
「ネクトリア! 準備しろ!!」
「うん!!」
商人が震えながら言う。
「わ……私はただ……
首にこのスカーフを巻いた鳥を檻で見て……」
「口封じにと……高い布だからと……金一封と一緒に譲ってもらっただけなんです……!」
アピスは微笑んだ。
「正直な商人様で助かりました」
そして布を手に取る。
「そういえば……こちらのスカーフ。
おいくらですの?」
「お、お代は……結構です……!」
「あら。良心的ですこと」
アピスはネクトリアに布を渡した。
「ネクトリア。こちらを」
「はい! 行ってきます!」
広場の大門。
ヴェスピナがふと足を止める。
「……この魔力の残り香」
目が鋭くなる。
「イレアだな」
イレアは万が一に備え、微細な魔力で痕跡を残していた。
アピスが静かに言う。
「ヴェスピナ」
「イレアなら必ず食材の所在を掴んでいるはず」
「……あの子を信じて、後は頼みます」
ヴェスピナが頷く。
「わかってる」
騎士隊長の眼に、鋭い光が宿った。




