アニキ
零仁は日文の妹分だったようです。ぶっきらぼうなのに優しく、かつ地味になんでも出来る120番は、021番にとっての理想だったのでしょう。向ける気持ちは100%憧れで、恋愛感情はありません。
ゲームセンター「プレインググラマー」の前に辿り着く。物騒な音が中から聞こえた。それも連続してである。物が大量に破壊されている。巻き込まれた怪我人もいるかもしれない。
周囲への配慮が無さ過ぎる。ただの喧嘩ではないと察してか、野次馬たちは皆、神妙な顔つきで遠巻きに眺めるだけだった。バトルステージへと駆ける最中は楽しげだったにもかかわらず、誰もゲームセンターに入ろうとしない。
事ここに至ってはもはや事件だ。しゃしゃり出る覚悟を決める。「特別捜査士の当瀬日文です」と、身分を示す手帳を掲げて群衆に割り込む。「祓い屋さんだ!」と妖怪の子供が嬉しそうに叫ぶ。空気が少し緩んだ。悪事とは無縁の妖怪たちにとっては、祓い屋は正義の味方だ。
「誰か妖怪京都の警察に通報しましたか?」「はい」「私も」
「正規の警察が来るまで僕が見張っておきます。また安全のために封鎖します」
人払いの結界を張る。捜査権限を有する者なら、身分証をかざせば通れるタイプだ。界隈では日常的に使われている。
「リサちゃんはどうする? 待っとくか?」
「弟子にいいとこ見せてよ当瀬先生」「先生は付けなくていい」
自動ドアを潜る。破壊音は二階からだ。一階の被害は、90年代の携帯電話を彷彿とさせる形のアーケードが一つ壊されているだけだった。こじ開けられた風穴は【矢】の跡に見える。少なくとも一人は禊力使いか。人でも妖怪でも生身なら貫く威力だ。喧嘩でなく殺し合い。
「流れ弾が怖いな。なるべく僕の後ろにいてくれ」「分かったわ」
「ちなみにこれ、なんのゲームか知ってるか?」
「さあ。トランプ?」「一回百円も払ってか? 自宅のパソコンで出来る」
「麻雀とか」「カードゲームですらないじゃないか」
今年で十四の若者とは思えない答えに眉を顰める。『トレーディングカードアーケードゲームはモデルとして古いから、ガキじゃ知らなくても仕方ないんだぞ』とマクラから補足が入った。なんだ。流行ってるのかと思った。
『もうレトロゲームだぞ』
マクラが鼻で笑った瞬間、上から轟音が響いた。リサちゃんに目配せしたのち、小走りでエスカレータに向かう。乗ったら正常に動いた。センサー式のようだ。省電の波を感じる。
運ばれていく。誰かいた。吊り目がちな少女。警戒して身構える。
彼女に敵意はなさそうだった。が、ジロジロと見られる。どこか覚えのある容貌をしていた。面影が、昔の知り合いと重なる。
まさか。呆気に取られる。バイオハザードが起きた時に彼女はいなかった。あり得なくはない。
「021番?」「120のアニキ?」
互いに指を差し合う。くれむと違って、僕のことを記憶に留めている。再会の喜びが込み上げてきた。021番とは、幼い頃に番号が似ているという理由でよく会話したものだ。九歳で離れ離れになったが。彼女のグループ変更によって。
当時はとても寂しかったし、今の今まで忘れたことなどなかった。ただ、906番との思い出と、バイオハザードのショックが強過ぎた。
「もう当瀬日文だ」「あたしは湯刺零仁」
「誰? お勤めしてた時の牢屋友達?」「あぁん?」
021番、もとい零仁がリサちゃんを睨みつける。「ひっ」と背に隠れるリサちゃん。怒られても仕方ないと思う。
「違う。幼少期に同じ養育施設で育った。120は僕に割り振られた番号だ」
「数字で子供を管理してたの? 気味が悪いわ」「そりゃ同感」
「わりい。呑気に話してる暇はねえんだ」
零仁は立ち上がって言う。
「喧嘩の真っ只中なんだよ」「殺し合いじゃなくてか?」
「殺し合いだ」
サバンナの肉食動物みたく、零仁は大穴へとゆっくりと近づく。コンクリートの瓦礫と剥き出しの鉄骨が生々しい。壁にピタリと寄り添った。「おかしいな」と彼女は呟く。
「追撃して来ねえのか?」
どんな不届き者と争っているのか。そう尋ねる前に、さっさと穴を跨いで入ってしまう。向こう側には、色とりどりのゲームワールドが広がっていた。破壊痕がよく目立つ。
「せっかちな奴だ。昔からああだった」
『レニイとかいうあいつ。VOTEの参加者だぞ』「なんだって?」
「ねえ。人が倒れてない? あそこ」
リサちゃんの手を引き、急いで側に寄る。絶命していた。眼球がない。殺されたのちにくり抜かれたようだ。惨たらしい。
腑が煮え繰りかえる。
「あの零仁って女の仕業かしら」『きっとそうだぞ。だって怖かったもん』
「あいつは粗暴だが邪悪ではない。八年で変わってなければだが」
「畜生。どこ行きやがったってんだ。あいつから吹っかけてきたくせに」
歯軋りしながら零仁が戻ってくる。プラスチックの欠片を蹴飛ばした。中途半端に止まる。彼女は舌打ちした。
「クソ」「放っときゃいいだろ」「やだね。勝ち逃げを許したくねえ」
「VOTE関連の抗争か?」
彼女は一瞬キョトンとし、すぐに唇を尖らせた。
「なんでアニキが知ってんだ? 妖怪京都の住人だから?」
「僕もVOTEに出てるからだ。敵対するか?」「そんな余裕ねえよ」
「相方はどんな妖怪?」「お花の妖精」
「随分と可愛らしい」「あたしほどじゃねーけどな」
リサちゃんが肩を竦める。相手を小馬鹿にする表情だった。零仁は猛犬のように唸る。さぞかしムカついたに違いない。またもや僕の背に隠れつつ、ピロリと舌を出して煽るリサちゃん。
「クソがっ。なあアニキ。そのガキがアニキのなんなのかは知らねーけどよ、年上に対する礼儀ってヤツをちゃんと教えて……はぁ? うるせえ! あたしは礼儀ぐらい知ってる! テレビのよいこ系テロップの言うことは守ってんだよ!」
零仁は急に怒鳴り始めた。床の瓦礫を踏み躙る。禊力を発動させていた。訝しむ。一階の【矢】はこいつが打ったのか?
「情緒不安定?」「ペアの妖怪と話してるんだろ。外からはこう見えるのか」
恥ずかしい。やはり、人通りのある場所でマクラと会話したくない。ハンズフリー通話を装うにも限界がある。
「なあ。よいこの零仁」「あん?」「喧嘩相手の外見を教えてくれ」
「放っときゃいいんじゃなかったのかよ」
「お前はな。人が殺されている以上、特別捜査士の僕が放っておくわけにはいかない」「特別捜査士! なんかかっけぇ! どうやったらなれるんだ?」
「祓い屋の職の一つだ」「祓い屋! かっけぇ!」
「よいこにしてたら『祓い場』に連れてってやる。政府直属秘密組織のコミュニティと言えなくもない。念の為聞くが、やったのはお前じゃないよな?」
「あったりめーだろ。無益な殺生はしねぇよ」「利益があったらするのか」
「奴の外見は……」「外見は?」
「そうだな。平たくまとめてファッキンピンク」
絶句する。背後から突然殴られた気分になった。拳を握る。
「零仁。リサちゃんを頼む」
待てだのなんだの騒がれるが無視する。早歩きと並行して、周囲の陽の気を全力で調べた。異常な気配を察知する。
知っているのにまったく違う。アーケードにより織りなされる複雑な迷路を進むと、奥に一人の少女がいた。縮こまっている。腕と掌で以って、ピンク色の髪をなるべく覆っている。
「当瀬くん」「町代」「来ないで。見ないでっ!」
苦しそうに泣いていた。
「今の私を、見ないで」
躊躇う。逡巡する。あれは殺人鬼だ。少なくとも、両親とここの店長を殺している。でも同じくらい、僕の友達でもあった。
迷っている間に、町代祝は慟哭を上げる。禊力を爆発させた。壁を破壊し、ゲームセンターの外に逃げる。
唇を噛んだ。この優柔不断、と自己を叱咤する。後を追って僕も飛び降りた。




