電器店
人の波を押しのけて走る。
妖怪京都は広い。猫又の里へと赴く通過点として利用した時に降り立った区画――三色かふぇ付近――はレトロな雰囲気だったが、この辺りは随分と様相が異なる。現代日本感が強かった。秋葉原ほどではないが、電器店の数がかなり多い。漫画やアニメ、ゲームなどのキャラも幅を利かせている。
鬼◯郎のね◯娘もいた。
『マクラの方が可愛いな』「だがお前の方がバカだ……いた!」
陽の気のみを頼りに追っていたが、ようやく町代の背中を捉えた。ピンクの頭はよく目立つ。温矢くれむの事件がなく、町代の行方捜査に注力出来ていれば、即座に発見されたことだろう。
一気に加速して追いつきたいが、混雑が邪魔だ。無理に突っ込めば一般人を轢いてしまう。歩行者用道路を疾走するトラックと同等の惨事を起こす。
『異世界転生の量産だぞ』「死後の世界か。あるといいな」
人間は飛べないが、ある程度は器用に動かせる足がある。跳躍し、店名の書かれた看板の上に乗っかった。それで終わりではない。次々と飛び移る。壊れぬよう接触点の重さを操作しつつ。代わりに膝と太腿に負担がかかる。あまりやりたくない技だ。
「ママ。見てーっ」「源義経みたいねぇ。リアル八艘飛びよ」
「ママ。平家物語なんて時代遅れよ。あれは服部半蔵よ」
長命種っぽい会話だった。
アウトローな移動のはずだが、街行く妖怪たちには感心されるだけだった。況してパニックが起きる様子もない。安心する。それも束の間だった。
町代の前方十メートルほどの場所でゲートが開いている。彼女は明らかにそこへと向かっていた。どこに繋がっているかは知らないが、妖怪京都の外に出たくはなかった。
もし人間の世界だったら。町代祝に対抗する力を持つ者はほぼいない。
「ふっ。ふふっ。バイバイ当瀬く――」「【閉】っ!」
潜る直前でゲートを閉める。勢いを止められず、大型電器店のウィンドウに突撃をかます町代。ピンクロケット頭突きでテレビ画面を打ち抜く。
「こらーっ、兄ちゃん何やっとんねん! ゲート開閉のリズムが崩れるやろがい!」「すみません気を付けます!」「分かりゃええ」
説教は短く済んだが、町代に隙を与えてしまった。モールの中に逃げ込んでいく。障害物競争を挑むつもりらしい。舌打ちする。探している間にトンヅラこかれる可能性が高い。
電話をかけた。
「灰學」『なんだよ』「小声で答えろ。白々燐はどうしてる?」
『ちょうどスパゲッティを食べ終えたところ。お気に召したようだ。三色かふぇを潰すのは勿体ないと考え直した』「よし」
『直接連絡すればいいのに』「飯中だと不機嫌になるから」『なるほど』
電器店をパシャリと撮影し、白々燐のアカウントに送信する。『この場所に来てくれ。何も聞かずに』というメッセージも添えて。果たして、彼女は五分も経たずに到着した。ここから三色かふぇまではかなり離れているはずだが、ゲートを使ったようだ。
「どうしたのよ。大した用じゃなかったら殺すわよ。猫又を」
『ひぃっ!? なんでマクラだぞ!?』
「まあまあ。転生先の希望は叶えてやってくれよ。本題に入ろう。町代祝がこのモールに逃げ込んだ」「はぁ。えっと」
白々燐はぼんやりとしか反応しなかった。あまりピンと来てなさそうな顔だ。
「あなたに引っ付いてた虫けらよね? つい最近ヘアカラーがピンクになって、しかも親殺しになったという。地味系のキャラ変にしちゃロックだわ」
「だからって、凍らせてロック割りにはしないでくれよ」
「生憎、まだ私もあなたと同じ未成年だから」
「今年の十二月十日に二十歳だよな?」「そうよ。盛大に祝いなさい」
気が早い。腕を組む。婀歴、写魏、上止、ついでに共織と、今年成人する知り合いが多い。白々燐もまとめてお祝いするのがコスパも良さそうだけれど、それを提案すると殺されそうだ。転生先は北海道がいい。
「燐に似合う美しいケーキを作ろう」「ふふん。楽しみにしとくわ」
「脱線した。話を戻そう。燐には、モールを土台に牢獄を敷いて欲しい。町代と僕をゲストに」
白々燐は首を傾げる。納得が行かない様子で反論してきた。
「あなたの牢獄を張ればいいじゃない」
「見たところ、町代の精神は非常に不安定だ。僕の牢獄は精神に作用し、思い出したくない過去を強制的に思い出させるもの。心を完全に壊しかねない。ダメだろう」「優しいわね」
「代わりに氷漬けにしようとしてる。永久凍土のマンモスみたく」
「町代祝はこのモールから出てないのよね?」
「間違いない。人が多くて正確な座標は特定出来ないが、四階に潜んでいるのは確かだ。僕のどこかに触れて、術式を共有してくれ。町代のゲスト登録は僕がやる」「はい」
抱きついてきた。ひんやりしているが、命のぬくもりを感じる。手を握るくらいでいいのに。カップルと誤解されちまう。恥ずかしくなる。
「皆が見てる」「見せつけてるのよ」
強気で言い返してきた。密着しながら歩き、モールに足を踏み入れた刹那、雪女の若きエース白々燐の牢獄が展開される。
僕たちの姿は、妖怪京都から消えた。




