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寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第一章 寄奇怪会
9/120

牢獄


「抜かったな」


 囚われた。見た目はただの駅。でも、明らかに連れ込まれた。

 術の主が発する気配を探るべく、全方位に対して五感を研ぎ澄ませる。妖力そのものは、残念ながら人間には、視認以外に感知する方法はない。

 帽子の付喪神に続き本日二度目の妖怪。事前に警戒していれば捕まえられずに済んだだろうが、まさか一日で二人エンカウントするとは思わなかったのだ。

 マクラが不思議そうに尋ねてくる。


『どうしたんだぞ?』

「気づいてないのか? 僕たちは今、妖怪の術に嵌められている」

『えっいつの間に』


 マクラの驚きに連動し、背筋がピンと跳ね上がった。集中が途切れる。生まれる明確な隙。まずいと思った。敵が僕ならば、【矢】のような飛び道具を放つ。身構えたが、しかし攻撃は来ない。直接仕掛けてくるタイプの術者じゃないのかもしれない。


「ちっ」


 マクラの動揺が、僕の心を掻き乱してくる。感情豊かな猫又だ。募る苛立ちを、舌打ち一つでどうにか抑え込んだ。だが戦闘に傾注し切れない。仕方ないと、禊力の常時放出によって簡易的な防御結界とする。

 本当は、その都度その都度で小出しにした方がお得。陽の気の無駄遣いだが、集中不足で対応出来ずに殺されるよりもマシと判断した。


『なあ。何も変わってないぞ。どんな術に嵌められたんだ?』

「牢獄」『ろうごく?』

「妖怪なら妖力、人間なら禊力を媒介に、現実世界を基にして組み上げる自分の世界だ。術の行使者は能力を底上げされる。逆に、被術者には禍いが降り注ぐ。禍いがどういうものかは、牢獄を作った存在に依る」

『出られないのか?』

「こちらの出力が上回っていれば、無理矢理壊すことも可能だ。ただ、現実世界に悪影響が及ぶ。あまり好ましくない」


 手際のいい奴なら牢獄のみ壊せるらしいが、僕には無理だ。あの大妖怪ギツネから、綺麗な壊し方は教わっていない。多分知らないんだろう。

 マメな性格のくせして、細々とした技術は苦手そうだった。


『じゃあどうするんだ』「行使者を叩くか」


 もしくは、と続けようとしたところで、右方に気配を感じた。


「【(りゅう)】」


 禊力を固め、紫の弾丸として放つ。「ギィッ」と甲高い声が響いた。三十センチほどのネズミ。【粒】に撃ち抜かれ、サラサラと消えていく。

 ネズミの細い尻尾の先が、赤く燃えていた。


「火鼠」


 牢獄行使者の種族を推し量り、呟く。

 牢獄は、各々で自由にカスタマイズ可能な術だ。しかし妖怪は、それぞれの里で同じ型の牢獄を共有していることが多い。確立したイメージがあると勉強しやすく、かつ、洗練・強化のため皆で協力するのが容易となるからだ。

 里にとって重要な団結意識も高まる。型が自種族の特性に沿っていれば、なおさら。

 それぞれの里でどのような牢獄が普及しているのか。興味があった僕は、大妖怪ギツネとその愉快な仲間たちからしつこく聞き出し、全部覚えた。記憶力は、施設の最優個体たる906番に認められるほどには自信がある。

 此度仕掛けられたのは、火鼠の型だ。

 牢獄を張っておいて、ネズミが一匹出現で終わるはずもない。虚空から次々と追加され、僕に向かって全力疾走。最初の突撃者数名が、禊力の結界に飲まれて消える。

 闇雲にかかっても無駄と判断したのか。ネズミたちは足を止めた。完全に囲まれた形となる。駅の構内が、デカめのネズミでいっぱいになった。「キィキィ」鳴く声がクソうるさい。不快指数が高まる。

 中の猫又も同じらしく、それに引っ張られて気持ち悪さが増した。


「お前猫だろ。『ご馳走だ!』と喜べよ」

『死ねカス』


 シンプルな暴言を吐かれた。

 数十匹が寄り固まり、二メートルぐらいの大玉となる。ゴウッ! と、勢いよく燃えた。ゴロゴロ転がって突っ込んでくる。派手な技だ。東大寺二月堂のお水取りを彷彿とさせる。

 大道芸と馬鹿には出来ない。質量が大きい。プレーンな禊力では防ぎ切れない可能性がある。【矢】をぶつければ、大玉は四散した。続けて何個もやってくる炎の団子に、同様に対処する。ネズミは無数にいる。後続がどんどん現れる。いくら壊してもキリがない。


「【矢】、【矢】、【矢】」


 物量作戦。単純だが面倒だ。

 その上、控えのネズミたちが、援護射撃とばかりに火炎放射をぶちかましてきた。炎自体は禊力の結界で防げる。だが、いくら冬とはいえ、牢獄は閉じた空間だから、急上昇する温度はどうしようもない。

 コートの下が、汗で湿った。『あつい』と、内側でマクラが呻く。


『コート脱げよ!』「燃やされるだろ」

『一気に殲滅とか出来ないのか』

「出来る。雑魚殲滅用の技は持っている。だがしない。駅に迷惑がかかる」

『ならどうやって乗り切るんだぞ? このままじゃジリ貧じゃないか』

「安心しろ。もう勝負はついている」


 宣言した途端、すべてのネズミたちの活動が止まった。ビキビキとヒビが入り、崩壊していく。

 数を揃えたよう見せかけたところで、元を断ち切られれば呆気なく終わる。


『は……? な、何したんだぞ』

「さっき言いかけたが。牢獄に対処するには、行使者を叩く他に、もう一つ方法がある」


 そこら中に張り巡らせた禊力が、ドクンと脈打った。完全に掌握し切ったサインだ。ここはもう、すべて僕の物である。


「それは、行使者から牢獄の所有権を奪うこと」


 行使者に戦闘で勝つか。術を侵食し、塗り替えるか。牢獄に呑まれた場合は、そのどちらか、あるいは両方で対抗する。逆に自分が呑む側の場合は、倒されないよう、侵食されないよう立ち回り、上昇した能力と禍いで以って相手を打ち負かす。

 牢獄を使った戦いは、ホストとゲストが明確に分かれたゲームだ。一度成立すればホスト側が有利。しかし、警戒している相手を牢獄に嵌めるのは難しく、また、展開に払うコストも大きい。嵌めれば絶対に勝てるわけじゃない。

 使うか使わないかを決めるのに、戦況把握は極めて重要でなる。


「【解】」


 僕の術となった牢獄を、速やかに分解する。現実世界に回帰した。どこにも破壊痕はない。一安心だ。


『はえー』


 中のマクラが、未知なる世界との邂逅に感嘆するよう溜息を漏らした。里という妖怪のコミュニティで育ったなら、実戦経験はなくても、知識としては持っているべきだ。この子、まともな教育を受けていないなと、可哀想に感じた。

 どういう育て方をしてきたのかと、彼女の「お母さま」を問い詰めたい。


「ん?」


 視界の端で、エレベータが動いた。牢獄の術者だと直感が働き、階段を急ぎ駆け上がって回り込む。悪戯好きな火鼠ぐらい、別に捨て置いてやっても良かったのだが。

 だが、開く扉から現れたのは、燃えるネズミの化け物でなく、ネズミの髭と尻尾が生えた人間だった。


 この作品におけるバトルは、基本的に

・人間なら禊力、妖怪なら妖力を基に術を型作り、相手を攻撃(or自分含めた味方の強化)

・隙を見て、自分に有利なフィールドである牢獄を構築

の二つの要素から成ります。ちなみに、一度牢獄に閉じ込められると、その中で自分の牢獄を張ることは絶対に出来ません。

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