参加者
「なっ!?」
エレベータの男は驚愕し、勢いよく後退した。背中と頭を壁にぶつけて、痛そうに顔を歪める。その後慌てて閉ボタンのプッシュを試みた彼の腕を、掴んで止める。
「離せ!」「断る」
抵抗に構わず、プラットホームに引き摺り出す。線路に突き落とさぬよう注意しつつ、汚いコンクリートの地面に放り出した。男は往生際悪く、這う這うの体で逃げ出そうとする。
陽の気を、禊力へと椽転させた。
「【縄】」
男を縛る。禊力で作った縄には、動きを抑えるほか、筋肉の運動を阻害する働きもある。もう逃げられない。弱々しくもがく男を見下ろして、尋ねる。
「お前、ネズミの髭と尻尾が生えてるみたいだが、人間だよな? なぜ火鼠タイプの牢獄を使う? 妖怪に拾われて育てられた口か?」
人間の捨て子が、妖怪の気まぐれで生かされる。そういう話もいるらしい。大妖怪ギツネが言っていた。だがこれは冗談だ。
昼間に箒で襲いかかってきた、犬耳女子の町代祝を思い出す。無関係の事案とは思えない。
「それとも、お前の中に火鼠がいるのか?」
「ああ、そうだよ」
男は素直に認めた。『間違いないぞ』と、内側でマクラが言う。妖気の探知は出来るみたいで何よりだ。魂とはどういうものなのかを教えてやれば、すぐに妖力が練れるようになるはず。
「どうして僕たちを襲った」
「決まってるだろうが。てめえがVOTEに参加しているからだ」
眉を顰める。帽子の付喪神も言っていた。僕が、そのヴォートとやらの参加者だと。身に覚えがない。恋人の死に憔悴したからと、おかしな催しに心誘われ、登録するタイプの人間じゃないのだ、僕は。
直近の変化は、弱い猫又と変な糸で繋がれてしまったことぐらいである。
もしかしてそれが、ヴォートとやらのエントリー条件だったのか? とすると、こいつも同様にヴォートの参加者とやらなのか?
「参加者を襲うと、お前に何かメリットがあるのか?」
「……はあ? てめえ、中にいる妖怪に何も聞いてねえのか? ずいぶん不親切で不誠実な候補者だな、おい」
男の言葉に、『え? え?』と、マクラが慌てふためいた。僕まで釣られて狼狽しそうになる。精神的優位性がなくなれば、尋問の続行は難しくなってしまう。
マクラには常に泰然自若としていて欲しいものだが、無理な相談か。
「……待て。事情も知らねえのに、どうしててめえは候補者と契約を結んだ? どうして妖怪の寄生を受け入れたんだ? 気味が悪いな。頭がおかしいぞ」
ムッとする。寄生を受け入れたのではない。生きる気力を失いかけた時、死にかけのマクラを見た。血迷って、自らの肉と魂を与えようとしただけだ。
思い返すと、頭がおかしいな。他人から言われるのはムカつく。
「頭がおかしいとは失礼だな。駅で牢獄を行使する奴に言われたくない」
「境界を引くのが楽なんだとよ」
男は悪びれずに言う。取り憑いた妖怪の発案か。
牢獄はイメージ、頭脳作業が重要。それがしっかりしているほど、支払うコストは低く、また効能が高くなる。内と外を分ける線も、イメージの明確さで強度が変わり、強度が上がれば牢獄は頑丈になる。
駅は、金を払わなきゃ入れない。外から隔絶された世界、閉鎖的な環境だ。駅に牢獄を敷く想像がしやすいのは確か。
しかし、駅は公共の施設である。そこに牢獄を作れば、多くの人を危険に巻き込む恐れが生じるのだ。基本的に、招かれた者以外は牢獄に入れない。が、妖力の影響で不運が起きやすくなる。戦闘の余波が漏れ出て悪影響をもたらす。中での破壊は、現実にも多少反映される。囚われた者が無理に出ようとすれば、より甚大な被害が出る。
迷惑行為だ。
「人間の常識を学んでない妖怪が、里から出るな」
「でも、俺もお前も、そういう迷惑なバカに稼がせてもらってるじゃねえか」
「は?」
僕は、バイト以外で稼いでいない。高校生を十九時から二十二時まで働かせるあそこが真っ当と言えるかは分からないが、胡散臭さという点で妖怪退治よりはマシだ。
「お前、パンピーに紛れて暮らす、在野の祓い屋なんだろ? それも優秀な。ばかすか禊力を使ってやがったじゃねえか」
「違う。僕はただの高校生だ。バイト帰りのな」
「嘘だろ、オイ? 祓い屋だった俺よりも、よほど上手く使いこなしてただろうが。まあ今は、火鼠の妖力と混ざっちまって、禊力のコントロールに不自由になってるってのもあるがな」
「祓い屋だった?」
「今は違うのさ。あんな競争社会で生きてられるか。事故物件の後処理に、不動産屋がいい金出してくれるんでな」
人が自殺した部屋には、嫌なモノが寄り付く。妖怪よりも低次元で馬鹿な存在だが、考えなしに人に危害をもたらす。厄介な連中だ。駆除するのに、不動産屋が高い金を払うのは理解出来る。禊力を扱えない人間にあれらはほぼ見えないが、薄気味悪さは覚える。
会話が途切れた。二度とおイタはするなよと釘を刺してから、もう解放してやろうか。あと五分で帰りの電車が来る。帰ったら二十三時前で、風呂に入ったりなんだりしてたらゼロ時を回る。明日も学校があるのだ。無駄に体力を使いたくない。
いや。そう言えば、ヴォートについてほぼ何も聞けていない。
「最後の質問だ。終わればリリースしてやる。ヴォートってなんだ」
「棟梁を決めるための、妖怪たちの争いさ。人間とタッグを組んで、バトルロワイヤルするんだってよ。一番勝てた奴が、晴れて新しい棟梁になれる。負けた奴はドロップアウト。昨日始まった」
「なるほど。それで僕たちを襲ったわけか。どうすれば、相手に勝ったという判定が下される?」
男は口を噤んだ。肩を竦める。言ってしまえば、負けて脱落となることが予想されるからか。僕自身は、妖怪の棟梁決めに野心など抱くはずなく、勝利条件を聞いたところで実行するつもりは皆無だ。
押し黙る男の頬を眺める。ネズミの髭は仕舞わないのか。真島柿が使っていた、「動物に変身出来るアプリ」を思い出す。顔の写真を加工して、動物のパーツを付ける機能があった。守備範囲が広く、僕はマツカサトカゲに変身させられた。鱗が松ぼっくりみたいなトカゲだ。
不意に、男の髪の毛がチリチリと燃え始めた。
「は?」
反撃かと身構えたが、どうやら男にとっても予想外の出来事らしかった。火は瞬く間に、男の体を包む。
断末魔の叫びを上げる隙もなく、即死したようだった。
右腕からニュルンと、人間大のネズミが現れる。
「パートナーを選び間違えたわ! 出直しじゃ!」
と吐き捨て、ホームから飛び降り、線路の向こうに消えていった。最低な火鼠である。背中を打とうと思えば打てたが、めんどくさかったからやめた。
燃えた男は、灰も残らず消えた。とりあえず合掌しておく。
『……死んじゃった? え? 死んじゃったの? あ、あ、うわ』
マクラは困惑し、恐怖し、すぐに気絶した。僕も流されてシャットダウンしそうになるが、堪える。目前で発生した実体ある死に、心が追いつかなかったのだろう。顔見知りの最期でもないのに、そんなに驚くとは。
僕ら以外はほぼ誰もいないホームに、電車がやってくる。
乗り込みながら、呟いた。
「町代から詳しく聞くとするか。ヴォートについて」
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