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寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第三章 寄奇怪解

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「覇人」vs.くれむ


 捕らえた。自分はホスト、あいつがゲスト。全速全開で禍いをもたらす。

 一面に、百を超える眼球が現れた。射竦めたものすべてを憎み、存在を許さず塵と化す、地獄を統べる覇王の瞳。それを再現する術【覇】を「増殖」させた。

 石済の牢獄は、その内側で組み立てられた術をコピーアンドペーストする。術の発動者は自分だろうがゲストだろうが関係ない。エネルギー源が禊力か妖力かも同様に無関係だ。

 石済灰學という祓い屋最高の天才が放つ術の増殖。シンプルだがそれだけで強い。固有の妖術を誇る大妖怪にも効果覿面だった。自分への対策など普通はしないからだ。

 覇王の瞳は、一斉にくれむを睨みつけた。緑の右と紫の左が合わさった結果、わずかに生じる白光を消滅させる。一瞬だったにもかかわらず、分解の余波が、石済の足元近くまで届いていた。現実のタイムズスクエアにも影響しているだろう。当瀬から「白震」について教えてもらっていなければ、開幕で死んでいた。額から冷や汗が垂れる。

 くれむは「へえ」と、興味深そうに周囲を眺めた。余裕そうだ。バカな。石済は目を見開く。「【覇】眼の群」は未だに解いていない。物質を燃やし尽くし灰塵に帰す作用が、彼女に対して牙を突き立て続けているはずだった。その上、牢獄のデバフ効果も働いている。

 平気でいられるわけがない。天才には未経験の事態だった。なんで。強過ぎるが故に不足している何かを、突きつけられた気分になる。


「で?」「で? って?」

「続きはないの?」「……っ!?」


 人を食ったような態度。白々燐の高飛車さに慣れている当瀬ならいざ知らず、対人経験の少ない石済を逆上させるには十分過ぎる挑発だった。「【覇】眼の群」ですでに完成された技なのだ。野暮なこと言いやがって。

 必ず後悔させてやる。


「【(ブースト)】」


 身体強化の術をかける。牢獄の禍いで何倍にも重ねがけした。久しぶりだ。牢獄によるホストへのバフも合わさって、体がどんどん熱くなっていく。上昇気流で髪が逆立つ。皮膚が燻ってきた。臨界点に達する。

 パチパチと拍手するくれむ。「なかなかすごいじゃん。熱血マンって感じ」と呑気に褒める。余裕でいられるのも今のうちだけだ。まだ終わらない。石済は、次なる術に着手する。


「【響】」


 耳を擘く高周波の音が、タイムズスクエアに敷かれた牢獄に響き渡った。ビルのガラスが砕け散る。リアルのガラスにヒビすら入らぬよう、牢獄の境界を上手く操作した。この繊細さこそ、石済灰學の真骨頂と言えるかもしれない。

 増幅によって描き出される音の結界。くれむは眉を顰める。


「うるさいなー」


 文句を垂れて耳を塞いだ。刹那、石済は動き出す。鳴り続ける音よりも速く。

 雷の如く繰り出される飛び膝蹴りを、くれむは紙一重で避けてみせた。耳から右手を離し、石済の脇へと掌底を放つ。


「まあ鼓膜なんて」


 躱そうと身を捩る。緑の炎を纏ったその手は、脇腹をわずかに掠めた。激痛が体を駆け巡る。叫びたいのを咬み殺す。どうにか堪えた。

 拳を打ち付ける。驚くほどスムーズに体が動いた。こんなに素晴らしいパンチが出来たのかと、自分を賞賛したくなる。


「後で治せばいっか」


 が、蝿でも追い払うかのように、いとも簡単に跳ね除けられた。体勢が崩れたところに蹴りを入れられる。臓器が圧搾される感覚。吹っ飛んだ。ギフトショップに突っ込む。いくつもの棚をぶっ壊してようやく止まった。キャラクターグッズの山から這い出し、胃の内容物を吐く。さっき飲んだコーヒーの色。

 よろよろとストリートに出る。今まで相対してきた奴の中でも、桁違いの強さだった。隙がまったくない。当瀬日文の倍は強い。

 やば過ぎる。冗談じゃねえ。目眩がする。鼻血を拭う。死が迫っているのを感じる。死にたくない。逃げたい。でもここで逃げ出せば、ニューヨークの市民はどうなる? 膝が震えるのを我慢する。

 追撃はなかった。どうやら彼女は、ゆったり歩いてこちらに向かってきているようだ。鼻歌を奏でながら。どこまでも舐めた真似をしてくれて、どうもありがとう。くれむの余裕が自分を生かしている。石済は感謝した。

 音はすでに収まっていた。深呼吸する。真っ向から挑んでも勝てないのは明らか。一か八かだ。


「【水】」


 彼の前に、掌大の水球が生じる。コピーアンドペースト。禊力の保つ限り増殖させる。「【覇】眼の群」が消えた代わりに、牢獄中が水で埋め尽くされた。温矢くれむは、人間である以上呼吸している。予期せぬ鉄砲水で溺死させられるはず。問題は自分が耐えられるかだ。空気がありそうな建物内へと泳ごうとするが、水の力に逆らえず押し流された。身体強化のための熱がすっかり失われてしまう。

 死ぬ。まあいいか。あの化け物を殺せるのなら。

 足が掴まれる。水中にもかかわらず、驚愕で目を見開く。温矢くれむは平然と笑っていた。艶かしい唇からポツポツと泡が出ている。

 彼女に引き寄せられた。左胸を触られる。指がめり込んだ。痛い。反射的に叫ぼうとして、口を大きく開く。水が大量に流入した。苦しい。意識が遠のいていく。

 死んでたまるか。内頬の肉を噛みちぎって耐えた。鉄の味が舌に広がる。血が水に広がる。牢獄はまだ崩れていない。咄嗟に唱えた。


「『白震(パクピン)』!」


 白く光った。透明な水が、高層ビルとともに分解されていく。牢獄ももう限界だった。現実世界に回帰する。コピーアンドペーストの効果は消失した。

 アスファルトの道に放り出された。激しく咳き込みながらも、石済は立ち上がる。道路は渋滞状態。タイムズスクエアにいた人々は、皆が皆怯えていた。無理もない。原因不明の破壊痕があちこち、次から次に発生しているのだから。

 トラックの運転手に、英語で話しかけられる。


「さっきマ◯べルに電話をかけたんだが。君が派遣されたアベ◯ジャーズ?」

「ノー」「もしくはゴースト◯スターズ?」「ノー」

「じゃあなんだね?」「シャーマン」

「シャーマンだって? 人を騙すのはほどほどに」


 運転手は鼻で笑う。


「陰陽師に転職しなさい」


 詐欺師なのはあいつらの方だ。心の中で悪態を吐く。

 石済はくれむを睨みつけた。ほぼ無傷だった。右手の指が若干めくれている程度。絶望を感じた。マンハッタンは終わりだ。

 彼女は「あーあ」と嘆息した。


「なんか興が削がれちゃった」「え?」

「もういいや、どうでもいいやニューヨーク。五七五」


 急に無季俳句を詠むなと石済は思ったが、黙った。


「帰る。勝負はお預けってことで」


 フッとくれむの姿が消えた。緊張感が一気になくなる。石済は膝を突いた。クラクションの音がそこら中で鳴り響いている。「どうなってやがる!」と怒鳴る声もある一方、多くのアメリカ市民は、正義のヒーロー登場を今か今かと待ち望んでいた。異様な雰囲気だ。


「いや、お前と戦うなんて二度とごめんだが」


 虚空に呟く。あんたの担当は当瀬日文だろ。

 石済灰學は、押し付ける気満々だった。


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