バトンタッチ
「『覇人』が、温矢くれむを帰らせることに成功したようです。被害は軽微」
伝令の男が嬉しそうに言う。お通夜の雰囲気を醸し出していたコンファレンス会場は、一気に喜びに包まれた。誰もが「覇人」と神に感謝していた。隣同士でハグし合っている者たちもいる。
そしてパーティが開かれた。発表スケジュールそっちのけで。司会者と握手を交わす。ジュースを飲みながら談笑する。運ばれてきた料理を食べる。マクラを紹介する。ケット・シーではなく猫又だと説明する。肩を組んでのイギリス国家斉唱に参加する。後に君が代を独唱。盛り上がる。
「いやちょっと待って日文さま」
「なんでついていけてるんですか、このノリに」
壇上から降りると、隅で気配を消しつつ、フィッシュアンドチップスを頬張っていた二人に絡まれた。婀歴はともかく、写魏は動き回って各所に迷惑をかけるタイプと思っていたので意外だ。
ちなみに、その役目を担っているのは上止だった。根守と花瀬がいかに人間的にダメな奴らだったかを吹聴している。死体蹴りどころではない。もはや屍肉喰らいだ。ダメなのはお前だと全員が感じている。
「深海魚みたく暗闇に伏してないで、あの汚いシャークに引導を渡してやれ」
「よ、横で愛想笑いしか出来ませんし。コバンザメが限界です」
「葉友梨と一緒にバカにしちゃう。家に帰ってから少し後悔するヤツ」
「こいつら筋金入りの陰キャだぞ」
「マクラ。お前は真っ直ぐ育ってくれ」
ウェットティッシュを取り出した。マクラの口元を拭く。こいつは化粧などしないから安心してクリーニング出来る。会場を見回すと、インテリアとして申し分ないカラフルなゴミ箱があった。捨てに行く。メーカーをチェックした。
「お前の寝床にちょうどいい」
「セ◯ミストリートのあいつじゃん。えっと。名前忘れたぞ」
「オ◯カーだ。ツンデレの。忘れてやるな」
戻ってきたら、ロッテンバーグと、彼女の孫で「いかにも魔女」という格好をしたローラがいた。写魏たちと話している。割と親密な様子だ。
ロッテンバーグが僕に気づいた。にっこり笑う。スピーチの間の鋭い視線は鳴りを潜めていた。
「ミスター当瀬。素晴らしい演説だった。まだ十七なのに」
「ありがとうございます」「余計な茶々がなきゃもっと良くなってた」
写魏が、ロッテンバーグとローラを睨みつけた。二人は飄々と返す。
「日頃の行いだ」「あんたらがホントに恥部なのが悪いでしょ」
「なんだと」「なんですって!」
「ヒブン。どうしてこんな奴らを壇上に乗せたの? クスリやってるのって思うレベルでヤバい連中なんだからね。調べたら陰性だったけど。こっちだって身構えちゃうわ。裏方だけやらせとけばいいのよ」「肝に銘じる」
「銘じないでくださいよ。ローラさんは理解力が不足してるんです」
「そうそう。私の崇高な研究理念が理解出来ないだけ。可哀想」
「毎回毎回禁忌スレッスレなあんたらが悪いのよ! うん、来月の会費を滞納しなさい。即追放してやる!」
ローラがビシリと指を差す。クスリやってるのって思うレベルでヤバい陰キャたちが、会費を滞納しないと追放されない事実を良いことに言い返した。
「横暴。ババァの七光り女」「ローラさん。問題発言ですよ」
「ハシエ、録音やめて。何よあんた。今まで浮浪者みたいな出で立ちだったのに。珍しくまともな格好しちゃって。ひょっとしてヒブンが好きなんですかぁ?」
「す、すすすすす好きって!? …………は、はい」
「え……マジ?」
気まずい空気が流れる。僕だって恥ずかしい。
ロッテンバーグに背中を叩かれた。
「バトンタッチ」「え?」
「私は疲れた。日本のじゃじゃ馬は日本が世話しなされ。保護者よろしく」
「嫌ですが?」「君のような若者がいる。シャーマニズムの未来は明るい」
「未来という希望に満ちたラベルで誤魔化しても、あなたが押し付けたのは爆弾ですよ」
「君がリーダーとして優秀なのは一目で分かる。好かれとるなら大丈夫だ」
「だから不安なんですがね」
眉尻を下げる。こそこそと耳打ちしてきた。更なる爆弾情報だ。
「実はローラもお前さんが気になっとるようだ」「はい?」
「彼女をどう思う?」「え、えっと」
しどろもどろになりながらも、ローラのとある部分に視線を向けた。魔女ローブで隠れ気味だが、僕の審美眼は誤魔化せない。バレる前にすぐに逸らす。
「その。大きくて素晴らしいと」「おい日文」「大変結構」
マクラの不興を買ったようだが、ロッテンバーグは満足げに深く頷く。
「面白くなってきた。人生の華とはやはりラブコメディだ」
「研究じゃないんですか?」「それは幹」「なるほど」
「まあ。まず温矢くれむをどうにかせんと、輝かしい未来は来ないが」
ロッテンバーグは苦々しい顔になる。ふと切なく、そして申し訳ない気分になった。僕の定義で、未来という言葉に906番が含まれているのに気づいたからだ。首を振る。幻想だ。あり得ない。あれは僕らの敵となった。
「人も魔物も等しく抹殺。それが奴の狙いなのだろう?」
「本人はそう主張してました」
言うほど簡単ではない。「白震」の破壊力は尋常でないが、あれで世界を覆い尽くすのは不可能だ。たとえ、世界の大都市を駆け巡って、億万の人々の魂を集めようとも。「祓い場」や「隠れ家」を筆頭に、人の住む異界もたくさんある。
どうするつもりなのか。
ちなみに、世界基準では妖怪は魔物の一部として扱われる。
「が、なぜか抹殺の目的は聞こえなかった。古代言語でも使ったのかね」
「施設では習いませんでしたが」「三年会ってなかったんだろう?」
「勘ですけれどね。違います。聞き覚えのある日本語だった。なのに聞き取れなかったんです」「おかしな現象だな。君の頭に封印でもかかってるのか」
「『白震』については、どういう現象かの見当がつきますか?」
「さっぱり分からん。が、君らが記録した紋を後で検証してみる」
「恩に着ます」「ふん。こうしちゃおれん」
意欲を全開にして、ロッテンバーグはこの場を去ろうとする。ほんの一瞬躊躇ったが、意を決して「あの」と呼び止めた。彼女は振り向く。
「どうした」「別件なんですけれど」「うん?」
「禊力椽転のし過ぎで、頭がおかしくなるってことはありますか?」
町代祝の話だった。一つ目ナイセキを倒し、髪と右目がピンクに染まってからの彼女の行動は、まさに狂人のそれだ。「祓い場」から勝手に抜け出し、両親を殺し、死体を風呂場に押し込めて、家出した。
温矢くれむと比較するとまだマシだが、放置する訳にはいかない。
「おばあちゃんはすごいシャーマンだけど。でもその質問をするに当たっては、もっと相応しい奴がいるわよ」
ローラが割り込んでくる。孫の登場に安心して、ロッテンバーグは出口に向かった。見送りつつ、「誰だ?」と尋ねる。
「イカれたサムライガールズことウツシギグループと目されていた奴らの中でも、さらにとびっきりクレイジー」
「会いたくない。おばあちゃんを呼び戻せ」
「その名もヤミ・トモオリ」
共織矢回。
ロンドンにくれむが現れる直前、婀歴が言っていた。禊力や妖力が、動植物に与える負荷を研究している。




