実にいい人選
翌日、翌々日、翌翌々日と、イギリス南部主要都市が破壊されるシーンが続けざまに民間放送で流れる。各テレビ局は防げなかった。どうやってチャンネルをジャックしているのか、その糸口すら掴めていない。
流れたシーンは、合成映像などではなく現実の出来事だった。言うまでもなく、イギリスは大混乱に陥った。世界経済にも深刻な影響が現れている。国連は「迅速に対応する」との声明を発表した。イギリスはすでにメンバーではないが、地理的に遠くないことから、EUも「非常に大きな危機感を抱いている」とコメントし、独自の対応策を検討するとしている。両機関とも具体的なことについては何も言及していない。メディアは不満を露わにしている。
しかし、あのような超自然的な敵性存在に対して、政府が経済政策以外に打てる手段を持っていないのは当然である。シャーマンの出番だ。祓い屋も協力するよう、日本政府から直々の要請が来た。「覇人」を出せと言う圧力もかかった。交渉を担当した祓い屋の上層部は「様子見しよう」と言い張り、一悶着起きたらしい。
連続災害を引き起こしているのは東アジア系の少女であることは、ロンドン襲撃の夜には各国の一般警察機関も認識していた。よって、日中韓の政府に責任を負わせようとする動きが国連内で起きた。日本政府は圧力をかけられる側だった。ただし、政治的な駆け引きはあくまで暗黙のうちに行われ、名指しで特定の国を非難するようなことはなかった。
一方の世間では、「中国政府が秘密裏に作り出した生体兵器」「北朝鮮による布告なし戦争」などと根拠のない噂が席巻した。馬鹿らしい妄想だ。もちろん中国政府は即座に否定した。北朝鮮は黙秘した。しかし陰謀論は収まらなかった。ますます膨張していく。主要なSNSでは皆、お祭り騒ぎを楽しんでいるように見える。
正直苛立った。
状況は三日目の夜に一変した。ロンドン襲撃の翌朝にはすでに、犯人は温矢くれむの可能性が高いと、僕は史引先生に報告していた。似顔絵付きで。「祓い場」の第一グラウンド周辺を消滅させた女が、イギリス主要都市を襲い回っている輩と同一人物。「温矢くれむ」の名はきちんと日本の戸籍に登録されていた。歴とした日本人。年齢は二十五の扱いになっている。彼女は僕と同い年なので、これは嘘だ。大妖怪ギツネの有能な部下が、働いて金を稼げるようにと生まれ年を誤魔化したのだろう。祓い屋の上層部は「更なる混乱を招きかねない」として秘密にする方針を決めた。日本が槍玉に上げられるのを恐れたに違いない。にもかかわらず、どこからか漏れた。瞬く間に世界中に拡散された。
ツ◯ッターを代表とするSNSでは、「真の黒幕は日本」という言説が飛び交う。温矢くれむが属していた大手の製薬会社は謝罪会見を開くも、「自社、特に開発部は此度の騒動に一切関わっていない」と主張した。事実、ロンドンで発生した「驚愕の一分間」に関与出来るような技術をその製薬会社は持っていなかったものの、世間からは謂れのないバッシングを受けた。わずかな時間で倒産の危機に瀕している。
問題が大き過ぎる。一つの会社をスケープゴートにすることなど出来ない。政府どころか、日本の社会全般を燃やし尽くさん勢いで罵詈雑言が向けられた。信頼も地に落ちた。
ロンドン襲撃から四日後の早朝、史引先生に呼び出される。
「当瀬日文くん。分かっているね」「はい、史引先生」
「温矢くれむ、君が言うには906番。彼女のパーソナリティを知っているのは君だけなんだ。鍵を握っている君が、矢面に出ることになる」
「承知しております」
「君はまだ高校生だが、賢いし実力もある。必ずこの難局を乗り越えられると信じている。サポートは付ける。明日の朝にはブリティッシュシャーマンの権威たちの前で発表してもらう事になる」「急ですね」
「彼らは証拠もないのに罪を糾弾してくるようなバカじゃないから、とりあえずは安心しなさい」「まあ上手くやります」「期待している」
史引先生はエスプレッソのブラックを飲む。「ところで」と尋ねてきた。
「サポートは誰がいい?」「一先ず婀歴、写魏、上止で」「なるほど」
顔を引き攣らせる。
「実にいい人選だ」
一緒に仕事したい奴らかと言われれば明らかにノーだが、優秀なのは間違いない。気心も知れているから意思疎通も取りやすい。ごく短期間で資料を完成させるには、彼女たちの力が必要だった。ただ、明日の発表以降はチームを拡充し、まともな人間も入れたい。
写魏たちと直ちにスマホで連絡を取る。快諾のスタンプが届いた。教育棟のエントランスラウンジで集まったのち、婀歴の研究室に向かう。資料作成とリハーサルを終えた時には、デジタル時計は二十二時を示していた。
「では解散しましょう。明日の六時にエセ六角堂前に集合。ブリティッシュシャーマンの『隠れ家』に向かいます。寮に帰ったらすぐ寝てください」
「えー。私生存祝いのパーティをしてくれるんじゃなかったかしら?」
「あんた悪運強いよな」
ロンドンへと出張に行っていた上止。「驚愕の一分間」のちょうど三十分前にウエストミンスター宮殿を離れたらしい。まさにニアミス。「寄奇怪界」事件には出張のおかげで巻き込まれずに済んでいたわけで、神回避の連続である。微笑む相手を神は選ばない。
五時に起き、身支度を済ませてから「隠れ家」へと赴く。蔦で覆われた、厳かな雰囲気の祭壇に出た。直接会場へと行く。緊急コンファレンスが始まる二十分前まで、司会者のラインハルト、及び海外から来たブラックリスト学生の対応をすることが多い(つまり渡英した写魏たちを担当することが多い)ロッテンバーグと調整のために話し合ってから、舞台裏で待機する。
激務だ。親殺しが発覚して四日間、町代祝を探す余裕はなかった。気にかかって仕方がない。くれむ騒動で忙しい時に。クソ。心の中で悪態を吐く。
スピーチが始まる。事件の流れ、犯人くれむと自分の関係、そして彼女の信じられない神業「白震」を紹介したのち、いざ詳しい内容を説明しようという時に、その報は伝えられた。
「ニューヨークのタイムズスクエアに温矢くれむ出現」
会場が凍りつく。ニューヨークのタイムズスクエア。マンハッタンにある「世界の交差点」。南に十キロも離れてない地点にウォール街がある。
絶望が広がった。誰かが弱音を吐く。
「間に合わない」「世界経済はもう終わりだ」
「あの」
いつの間にか口のガムテープを外していた上止が挙手する。全員彼女に注目した。おっとりした口調で言う。
「ニューヨークには、今『覇人』がいるわ」




