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寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第二章 寄奇怪界

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79/120

にゃっほー


 悪夢を見ていた。

 養育施設にいた、幼い頃の記憶。

 徹底的に管理された食事に習慣。

 徹底的に管理された教育カリキュラムに訓練。

 徹底的に管理された育成。

 五十人くらいの子供がほぼ同じ、規則正しい、正し過ぎる生活を送る。養育施設にしては明らかに異質。

 単調だった。日陰だった。下らなかった。にもかかわらず、少しずつだが楽しくなり始めていた。906番と関わるようになってから、モノクロな毎日に色彩が着き出した。「最優個体」の隣にいても恥ずかしくない人間でありたい。目標があるかないかで、人生は一変する。

 塗り替わる。


「どうしたの? 調子が悪そうだったけど」「大丈夫だ」


 その日の朝、いつものテストが終わった後のことだった。

 906番から心配された。顔をじっと覗き込まれる。照れ臭くなった。ついそっぽを向いて、素っ気なく返してしまう。

 が、確かに彼女の言う通り、どうにも頭が重かった。実力を従前に発揮出来る状態ではなかった。強がっているとバレたのか、おでこを合わせられる。至近距離に906番の目鼻唇。心臓がドキリとした。


「あっつ」「そ、そうか?」

「大人のみんな! 120くんが熱い! 多分病気だよ! 休ませてあげて!」


 体温を測られる。39.2度。週に一回の検温で、僕の平熱は36.6度と分かっている。明らかに高い。

 大人たちはヒソヒソを相談を始めた。


「厳重に管理しているのに。どこから病気が入り込んだ?」

「どうする? プログラムの実行は今日だろ」

「生命力が低下している。無理だ。間違いなく失敗する」

「仕方ない。120番だけ別日に回そう。病室に隔離する」


 プログラム? 何か特別な訓練でも施されるのか?

 隔離処置は決定らしい。女性の研究者に手を引かれ、ガラスの部屋から連れ出される。名残惜しく後ろを見た。特別な訓練を受けられず、置いていかれるのは嫌だ。特に906番と、更なる差が開くのは。

 足取りがままならず、途中から支えてもらった。地下の病室に連れてこられる。独特の匂いだ。薬を飲まされてから、ベッドに寝かされた。研究者は出入り口の前で、こちらに振り向く。少し逡巡したのち出て行った。

 一人になる。飲んだ薬に即効性のある解熱剤も含まれていたのか、だいぶ楽になってきた。寝返りを打つ。意識がふわりとする。

 そのまま三時間ほど眠っていた。目を覚ます。時計は正午を三十分過ぎていた。横の机に、簡素なランチが置かれている。ぶり返す危険性はあるが、一先ず体調は落ち着いていて、食欲はあった。ベッドに腰掛けて食べる。

 柔らかな味のスープを口に含みつつ、黙考する。今日行われるというプログラム。もう始まっているのだろうか。何をするのだろうか。楽しいだろうか。906番は、やはりいつも通りに活躍しているだろうか。

 プログラムの形式によれば、906番は僕以外の誰かとバディを組んでいるかもしれない。決して彼女に恋い焦がれているわけではないが、気分が沈む。食事を終えて寝転んだ。胎児の姿勢になる。不貞寝を試みた。


 どん。


 廊下から、音が聞こえた。鈍い衝撃音だった。食後の微睡みを邪魔される。機嫌悪く上体を起こす。出入り口を睨みつけた。

 どん、どん。連続で鳴る。まだ鈍かったが、前よりは鮮明だ。


「誰かいるのか?」


 扉に向かって尋ねる。答えはない。代わりにボリュームが大きくなる。頻度が高くなる。

 どん、どん、どん、どんどんどんどんどん。

 近づいてくる。正体不明の生物、それも単体ではない、が近づいてきている。

 ばん!

 病室の扉が叩きつけられた。ビクリとする。恐る恐ると、再び口を開いた。


「誰か……いるのか?」


 ガン! ガン! ガン!

 驚き過ぎて、ベッドから転倒しかけた。

 凄まじい力が加えられている。穏やかじゃない。病室前の何者かは、扉を開けようとしているらしかった。鍵はかけられている。が、壊されるのは時間の問題。

 敵だ。本能でそう感じた。ベッドから降りる。なるべく逃げたい。無意識のうちに部屋の隅へと行こうとした。首を振る。自ら逃げ場を塞ぐだけだ。

 熱で重い体を叱咤し、勇気を振り絞って、扉横の壁に張り付いた。深呼吸して構える。

 鍵が破られた。病室に押し入ってくる。


「ああああああっ!!」


 叫びながら、彼らの一人に掴みかかる。906番に教わった通りの体捌きで、他二人の侵入者に向かって投げ飛ばした。まとめて壁に激突させる。

 荒く息を吐く。ぬるっとした手触りだった。両生類?

 自分の掌を見る。赤黒かった。血。人間の体液。わずかな接触の間に、切ったり刺したりした覚えはない。

 最初から流血していた。

 クッションが効いたのか、直接投げ飛ばした侵入者が、視界の端で立ち上がった。振り返って目を見開く。


「あ……あっ」


 首から下の皮膚が、ドロドロに溶けていた。筋肉が露出している。規則正しいリズムで血が噴き出ている。裂けるほどに口を広げ、目の焦点は定まっていない。

 でも、誰か分かった。見慣れた顔だ。今朝も見た。


「381」


 互いに切磋琢磨する、養護施設が子供たちの一人。906番と連むようになってからはあまり交流しなかったけれど、それまではよく話していた少年。


「な、なんで」


 熱のしんどさなど吹き飛んだ。疑問が駆け巡る。381番以外の侵入者を確認する気にはなれなかった。二歩、三歩と後退りして、病室から廊下に出る。


「なにが」


 見知った少年少女たちがいた。381番と同じような有様で、ゆらゆらと幽鬼の如く廊下を歩いていた。全員、全部が知ってる顔。各々思考し、喜怒哀楽があり、個として存在し、魂があると識っている相手。「答えてくれ」皆が変わり果てている。血まみれのドロドロだった。腐臭よりも酷い匂いだ。あれらを生きていると表現していいのか。死ではなくとも絶望だ。


「どうしたんだよお前ら」


 吐いた。虚ろな眼で捉えられる。皮の溶け切った足が駆け出した。皆が僕に向かってくる。多人数相手の訓練なら何度もやった。状況自体は似ている、のにあまりにも違い過ぎる。連携のための理性がない。どこまでも本能だ。だから僕も、人生で初めての根源的恐怖を覚えた。

 逃げる。とにかく逃げる。

 そしてすれ違う。746番、302番、987番、056番、研究者の死体、489番、

 726番、518番、832番、091番、664番、「あぁ」617番、

 254番、478番、861番、208番、159番、

 925番、014番、393番、138番、414番、778番、274番、

 853番、398番、「あ」087番、大人の死体、605番、

 病室まで連れ添ってくれた研究者の死体、309番、264番、519番、

 106番、896番、938番、067番、401番、大人の死体、

 455番、「う」709番、571番、694番、燃え盛る炎、169番、217番、

 023番、研究者の死体、839番、886番、941番、

 179番、大人の死体、366番。


「きゅう、まる、ろく」


 彼女はどこだ。這いつくばりそうになる体に鞭打つ。倒れ込む力を使って、引っ越してから立入禁止と通達されていた場所の扉を開ける。

 見つけた。微笑む。


「906」


 その部屋には、喪心してただ座るだけの906番と、彼女を取り囲む異形の化け物たちがいた。


◇◇◇


 柔らかな心地がした。朧げなまま瞼を開く。一時的な意識の回復。微かに花の香りがする。

 視線を彷徨わせた。人の上半身の陰。

 膝枕、されている。そう言えば、同級の男子に、膝枕の素晴らしさについて語っている奴がいた。されたことがないにもかかわらず。想像とは風船よりも余程膨らむものだなと、柄にもなく感心してしまった。

 なので、興味がないこともなかったけれど、しかし結局、真島柿には頼まなかった。体の硬めな彼女には辛いだろうと思ったから。逆に、僕の方が彼女にしてやるべきだったのかもしれない。

 夢現のまま、再び陰を見上げる。


「にゃっほー当瀬くん。欠けちゃってるねー部品(パーツ)が。まったくもう」


 記憶を探る。誰だ、この声は。いったい誰だっけ。よく知ってるはずなのに。

 膝枕の主は、自らの掌をサッと刻んだ。

 僕の口の上で、その手をギュッと絞る。


「私の血を飲め」


 ポタリと一滴、垂れてくる。舌に、えも言われぬ芳醇な味が広がった。脳に染み渡る。シナプスが弾ける。一気にクリアになる。

 覚醒したかと思いきや、ブレーカーが落ちたかの如く全感覚がシャットダウンされ、プツンと途切れた。


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