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寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第二章 寄奇怪界

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根守詛璃


 戦意は削ぎ落とされたが構える。いくら動機がしょうもないとはいえ、起こした結果が重大で、深刻であるのには間違いなかった。すでに多くの人が亡くなっている。許すわけにはいかない。


「『寄奇怪界』の理屈だと、お前を殺せば牢獄は消えるな? 異なる牢獄が、無理矢理まとめられているだけなのだから」

「やれるものならやってみな」


 牛鬼に乗る根守詛璃は、悪戯っぽく舌を出す。


「一筋縄ではいかないよ。底泥亭で消耗したヒブくんじゃね」


 根守は片手を上げた。良くないモノが集まって、口の化け物クッチーズが形成される。斬り刻まれた化け物は、どこにでもいる良くないモノに戻る。戻った良くないモノが、また化け物の材料になるわけだ。エネルギーが持つ限り。

 舌打ちする。点在する血溜まりを見るに、根守は相当な数の魂をエネルギーに変換しているはずだ。資源切れが起こるとは考えにくい。口の化け物くらい、半永久的に作ってみせるだろう。

 本尊を狙う。幸い、化け物の動きは機敏とは言えない。足場は悪く、牢獄のデバフ効果で体は重いが、彼らよりはずっと速く動ける。隙間を縫って根守に近づく。彼女に慌てる様子はない。

 澄ました表情でこう宣うだけだ。


「君の魂は強いねえ。漲っている。ヒブくんのが欲しいなああ!」

「モテ過ぎて辛いな。余裕の皮を剥いでやる」


 奴に【刀】を届かせる最適ルートが見えた。足に禊力を込める。加速する、爆発的に。根守の首まで距離一メートル。

 刃を振るう寸前に、忽然と根守の姿が消えた。体を捻って着地する。どこに行きやがった。天を仰ぐ。上にいた。牛鬼が跳躍したのだ。自身の大きさの、何倍もの跳躍力。歯軋りする。ハエトリグモかよ。あれの瞬間移動とも見紛うジャンプは、小さく軽い体格へと全面的に依拠しているはずなのだが。五メートルほどの牛鬼の巨体は、どうサバを読んでも一トンはある。


「待ちやがれ!」「こっこまでおいでえ!」


 寺の屋根に降り立った。僕も追いかける。宙で良くないモノが渦を巻き、クッチーズとなって空爆してきた。刻んでやるが、そのせいで失速した。僕が乗り上がる頃には、根守と牛鬼は、別の屋根に飛び移っている。


「あーっはっは! だっさ!」「笑うな。僕を侮辱するな!」

『日文。落ち着くんだぞ』「そうだな」


 マクラに指摘されて冷めた。「つまんないの」と、根守は口を尖らせる。


「怒りに身を任せよう。正直に生きようよ。自由な動物みたいにさ」

「お前は正直過ぎるだろ。ひょっとして猿だったのか?」

「ここで他のVOTE参加者をバーン!」「何っ?」

「と行きたいところだけど。細かく言うこと聞いてくれるのは、この牛鬼裏義理ぐらいしかいなくて。底泥亭には妙なこだわりがあるし。ナイセキは馬鹿だし。他の有象無象は人喰いに夢中。やってられないね」

「なぜ牛鬼は言うことを聞いてくれるんだ?」

「私に惚れたらしいよ。いい女だから」「趣味わる」

「ヒブくんだって初めて私に会った時、おっぱいに見惚れてたじゃない!」


 ヒステリックに喚き、牛鬼を駆けて突進してくる。女としての自分に、意外と自信があったようだ。それ自体はとてもいいことだと思う。プライドを傷つけられたまま、我慢して泣き寝入りする必要はまったくない。むしろ積極的に言い返してやれというのが僕のポリシーだ。けれど、それは精神がイカれてなかったらの話である。殺そうとするのはさすがに度が過ぎている。

 牛鬼の切断妖術が再び放たれた。音速と見紛うスピードだ。一度に連続して打てるらしい。数が多い。ひっきりなしに飛んでくる。両手の【刀】を振るって掻き消す。紙一重で回避する。

 躱した妖力の刃は、口の化け物に当たった。被弾しては散り散りになる。また集合するまでにはタイムラグがあった。攻撃の手が減る。


「何やってるんだよ裏義理!」「相性が悪いな」


 牛鬼に接近する。跳ばれる前に切る。まずは前足。しかし阻まれた。良くないモノが壁となったのだ。そのまま牛鬼の体に纏わりついて、黒光する強固な鎧と化す。


「底泥亭の真似だよん」「ビジュアルがゴキブリに近づいた」

「減らず口が鬱陶しいなあ!」「お前のクッチーズよりマシだろ」

「ああっもう! 早く! 早く私の美しい『寄奇怪界』の糧になってよ!」


 根守が僕に指を差す。倍以上の密度でクッチーズが襲いかかってきた。【朔】が使えたら楽なのだが、牢獄内では陽の気消費量が多過ぎる。底泥亭との戦いで【龍】の手札を切ってしまった以上、無理だ。

 愚直に対応する。切って切って切りまくる。息が荒れてきた。寺の屋根に飛び乗る。良くないモノは掃除した。新しいクッチーズは作れない。既存の奴らが登ってくるまで二十秒はかかるだろう。


「はー……」

『日文! お前もう』「ああ、限界だな」


 ボロボロになった上着とシャツを脱ぐ。滝のように流れる汗を拭ってから捨てた。「あれ出来るか」と尋ねた。『ああ』と頼もしく返ってくる。


『もちろんだぞ。マクラのヒーロー』


 刹那。意識が合わさっていく。互いが互いに溶け込んでいく。頭にもう二つ耳が生えてきた。二又の尻尾もだ。動かせる。不思議な感覚。


「『人妖融合』」


 猫又のお母様、長寿な絶対的強者に抗うため使ってから、二度目。額に張り付く銀色の髪をかき上げた。あまり長くマクラとくっついていると、離れられない可能性がより高くなる。すぐに決めたい。


「ビジュアル系! かっこいいね! 魂だけ抜き取って剥製にしてもいい?」

「言うこと為すこと、なかなかに狂ってるよお前は」


 牛鬼の後ろから話しかけた。驚愕して振り向く根守に刃を向ける。上手く意表を突けたようだ。人妖融合を温存していた甲斐があった。

 根守を守るため、牛鬼が盾になる。彼女に惚れているのは本当らしい。現れてからずっと冷静だったのに、今は相当慌てている。融合していようとも、恐らく厄介な相手だった。

 心中でほくそ笑む。これを狙ってたんだ。

 鎧で守られていない右目に刀を突き刺した。そのまま、禊力を込めて刀身を伸ばす。串刺しだ。彼はよろめき、やがて絶命した。


「いつの間に」「猫の敏捷性だ。マクラにゃ宝の持ち腐れだが」

「ねえ裏義理! くそっ! いけクッチーズ! あいつを喰らい殺せ!」

「もう処理した」


 周りの黒い化け物たちが、粉々に砕け散る。良くないモノの集合が解れただけでなく、完全に死んだ。「は?」と根守が呻いた時には、もう地面に押し倒していた。彼女自身に戦闘能力はなさそうだ。

 両手の刃で首を囲む。


「成就すべき大願のため、のこのこ僕の魂を取りに来た結果がこの様。舐められたものだな。寄奇怪界(じしんさく)の下、『覇人』じゃなきゃいけるとでも思ったのか? 僕たちの戦いを見てたのに」

「こっ殺さないで!」


 婀歴みたく噛みながら懇願してくる。ビクビクと怯えるせいで、首が薄く裂けて血が滲み出た。涙を湛える瞳が罪悪感をもたらす。中学生、ちょうどリサちゃんやアミちゃんくらいの年頃の子を叱りつけている気分になった。

 僕よりも二歳年上なはず。自分に言い聞かせる。


「お前は死ぬべき人間だ」

「やめて、やめて! そうだ! 私をっ、私を好きにしていいから! どこを触ってもいいよ。ちょっとくらいなら揉んでもいいよ!」「…………」


 揉んでもいいだけか。キスという単語だけで、写魏たちとともに恥ずかしがっていた姿を思い出す。

 あれは演技でもなんでもなく、この少女本来の反応だったのではないか。

 迷う。戸惑う。長考する。


「……真島柿厨荏という女子高生を知ってるか?」

「知らない! 知らないもん! だから殺さないで!」


 泣き喚くのは女の子。見た目は大人。頭脳も大人。なのに、精神はどうしても子供だった。責任能力のなさそうな。

 瞑目する。長い、長い溜息を吐いた。「人妖融合」を解く。決断する。

 根守の首筋に添える【刀】を消した。代わりに【縄】で拘束する。


「立て。歩け」「ふぇ?」

「お前の処遇は祓い屋のルールに任せる。写魏たちには絶対謝れよ」

「謝、る?」


 彼女は惚けて、その場で立ち尽くす。【縄】を柔らかく引っ張ると、俯きながらも、すごすごと足を動かし始めた。


「謝らなきゃいけないことだったんだ」


 と、彼女はボヤく。そんなことも分かってなかったのか。呆れて物も言えない。

 悪事を働いたという自覚が芽生えてくれたのだと祈る。


「……ヒブくんが、私のお父さんだったら良かったのにね」


 根守はボソリと呟く。祓い屋の家庭事情は複雑だ。いや、総じて家族などというものには、大なり小なり複雑な部分があると、大妖怪ギツネから聞いている。

 特殊な施設で育った僕の「家族」は、やはり特殊であったから、自分の経験を根守に当てはめることは出来ない。彼女の家庭環境など、想像することすら出来ない。でも、もし彼女の家族として僕がいたならば、ひょっとすると此度の凶行も、未然に防いでやれたのかもしれなかった。


「そうだ」


 振り向く。


「忘れていた。さっさとこの寄奇怪界とやらを解――」

「はぁい。こんにちは」


 黒髪の、女がいた。手を上げて、軽い調子で挨拶してくる。

 まったく気付かなかった。ゾクリと背筋が粟立つ。

 根守詛璃の肩を抱いている。するすると左手を這わせ、豊かな左胸をガシリとホールドした。

 柔らかな肉に指を喰い込ませる。


「結構溜め込んでるねぇ」「なに? なんなのキミ」

「私にちょー、だいっ!」


 胸と肋骨ごと、心臓を抉り取った。

 人魂から奪ったエネルギーが濃縮されたその肉を、女は旨そうに頬張る。ゴクリと嚥下し、血で濡れた口元を袖で拭いた。用無しとばかりに、白目を剥いて痙攣する、死に行く根守を放り捨てる。

 異様な光景だった。僕は女に呼びかける。


「906番?」


裏義理は、マクラを襲った帽子の付喪神、冴義理の主です。

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