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寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第二章 寄奇怪界

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祝が染まる


 当瀬日文と蟲蜥蜴底泥亭のバトルが始まった。冷や汗を流す。展開にまったくついていけない。戦闘職ではない自分たちは、余波だけで危険だ。

 写魏的乃は提案した。


「隠れよう」


 婀歴橋絵と姫毎梨沙々は、唇を引き絞って強く頷く。第一グラウンド周りに植えられた木のうち、特に立派なものの裏に向かった。町代(はふり)も黙ってついてくる。

 身を乗り出し過ぎないよう、そっと戦況を覗く。軽い調子で雑談をしてから、当瀬は構え出した。術式を完成させるとともに、両手で複雑な印を描き出す。

 紫電を纏う巨大な顎が、彼の前方から飛び出した。凄まじい霊圧が、写魏たちまで伝わってくる。まるで、伝説で語られるドラゴンのようだった。底泥亭も、イージス艦すら両断出来そうな自慢の尾を用いて対抗する。

 競り勝ったのは当瀬のドラゴンだった。底泥亭の右肩を噛みちぎる。さすが日文さま、と写魏は感激した。尊敬の念を強くする。秘密にしたい恋慕もだ。婀歴にはバレてしまっているが。彼の勝利を確信したその時、二人の姿が忽然と消えた。


「え?」


 いくら待っても、帰ってこない。「ど、どうしたんでしょ」と婀歴も困惑している。恐る恐る、戦闘の跡地に向かった。体液を撒き散らしつつ潰れた蟲の死骸が、大量に転がっている。破壊の痕跡も生々しい。


「どこ行ったんだろ」「ろ、牢獄の効果かもしれません」「なるほど」

「当瀬くんなら大丈夫でしょ」


 不安に駆られる写魏婀歴と違って、町代は冷静だった。肝が据わっている。自分より二歳下の少女が落ち着いているのを見て、少しだけだが、写魏の心も安らぎを取り戻した。


「問題は私たちだよ。さっきの底泥亭みたいな妖怪が現れたら、なす術もなく蹂躙されてもおかしくないよ」「で、ですよね。全力で逃げないと」

「橋絵。囮は任せた」「嫌ですよ! 死んじゃうじゃないですか!」

「じゃあ、祝や梨沙ちゃんみたいな年下にやらせるの? 残酷。お前は鬼」

「さ、さらっと自分を候補から外しているところが非常にムカつきます、が、むむむ……私がやるしか、ないんでしょうか……」

「囮なら私がやるよ」


 町代がニコリと笑った。躊躇も悲壮感もない。ただただ快活な笑みだった。願ってもない申し出だったが、どういうわけか写魏の背筋に、ゾクリと嫌な冷たさが走る。


「でもまあ、とりあえず、さっきの木の裏に戻ろうか。敵に見つかりそうになったら逃げるって感じで。いいよね」


 祓い屋研究職二人でコクリコクリと頷く。当初抱いた町代の印象はもっと頼りないものだった。しかしこの場のリーダーはもはや彼女だ。ピンチに強いタイプなのか。写魏と婀歴は目を合わせる。年上の威厳を示せない情けない自分たちに、苦笑する以外ない。せめて梨沙ちゃんの面倒は見ていてあげなければ、と写魏は決意した。

 姫毎梨沙々は、当瀬が作ったクレーターの前で佇んでいる。写魏は、彼女の肩に手を置いた。


「梨沙ちゃん。開けた場所は危ない。隠れよう。お姉さんたちとともに」

「禊力を使いこなせれば、あんなに強くなれるのね……」


 もうすぐ中学二年生になる少女は、憧れで目を輝かせる。ひたすらに憧憬であって、恋い焦がれているわけではなさそうだ。写魏は密かに安堵する。


「わたしもあれくらい、いや、もっと強くなりたいわ。もしわたしが強ければ、伊吹ちゃんも守れたはず」

「うん。梨沙ちゃんには未来がある。日文さまならきっとそう言う」

「ナズにアミたちと頑張るわ!」


 暗かった梨沙々の瞳に、光が宿った。友人が目前で喰われたばかりなのに。当瀬日文というスターが輝きの助けを借りれど、友人の死をごく短時間で乗り越えられる。心はもう十分に強い。対して自分は。写魏は、自分と梨沙々とを比べる。ルームメイトの死に、驚きこそすれ、悲しんだりすらしなかった。

 この子は祓い屋世界の希望だ。絶対に死なせるわけにはいかない。梨沙々の手をしっかり握った。隠れるために歩き出す。


 止まる。


「ん〜〜〜」


 寝耳に水。晴天の霹靂。

 写魏の行く手を、ギョロつく大きな目が阻んだ。


「んまそ〜〜」


 生温かい息がかかる。単眼の妖怪が、そこにいた。立ち上がれば大型トラックくらいありそうな怪異が屈み、写魏たちをじっと眺めている。

 穏やかで、かつシンプルな感想だった。まるで、ちょっと豪華な夕ご飯にワクワクする子供のよう。だからこそ、その言葉が自分たちへと向けられているという事実に気付くのに時間がかかった。写魏は、呆然と立ち尽くす。

 ショック死しそうになる。恐怖で支配される。硬直する。筋肉が強張った。逃げたくても足が動かない。予想して然るべきだった展開なのに、心構えがまったく出来ていなかった。自分は安全圏にいるという無意識的願望が、淡く、脆く崩れ去る。

 終わりが迫る。写魏は、酷く空虚な気分になった。隣の少女が、自分の手を強く握っていることも感知しない。脳が活動を拒絶している。


「じゃ」


 単眼巨体は、柔軟な顎を大きく開いた。写魏たちは、彼の食事基準に合格したようだった。上下綺麗に生え揃った歯、赤い舌、口腔の奥深くには、ただ闇が広がっている。

 自分がこれからどうされるのかすら、写魏には分からなかった。分からなければ調べる、幼い頃から身についているはずの習慣が、アクティベートしない。

 横から突き飛ばされた。宙を舞う。写魏はようやく我に返った。


「祝!?」


 助けられた。単眼の妖怪は、代わりに町代へと齧り付く。心が張り裂けそうになる。一瞬前まで思考も覚束なかった反動か、脳がぬるぬる働く。優しき少女の体が鋭利な歯によって裁断され、血を撒き散らす光景がありありと幻視された。


「【固】」


 予想は覆される。町代は術で以ってきっちりと反抗した。歯は弾かれ、一部折れる。空中で一回転して、彼女は豪快な蹴りを放った。単眼妖怪の頬にクリーンヒットする。巨体が浮く。

 お尻を強く打ちつけた。写魏と梨沙々の着地点へと、婀歴が駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか!?」「私よりも。祝――」

「ぎゃっ、ぎゃああああああっ!??」


 町代はピンクの頭を、苦しそうに抱え始めた。少し残っていた黒髪が、どんどんピンクに染まっていく。犬耳まで生えてきた。タッグ妖怪から影響を濃く受けるほどに、自分を上手く保てていない。魂から無理をしている。しかし膝は突かなかった。気力を振り絞って立ち続ける。

 荒く息を吐きながらも、写魏たちに語りかけてきた。


「そんな心配しなくていいよ」「で、でも……」

「ほら。逃げよう」


 駆け出す町代に、三人はおずおずとついていく。「よくもっ」と怒鳴って、単眼が追いかけてきた。全速力で逃げる。方角など気にしない。が、「祓い場」住宅街に向かっている。被害が広がるのではないかと写魏は恐れた。ここに来てから日が浅い町代だから、しょうがないと諦める。

 それに、心配は杞憂だった。被害はすでに出尽くしていた。血と臓物で道は(ぬめ)り、手足の欠片に足を引っ掛けそうになる。

 凄惨。自分一人だったらダメだった。が、前を毅然と駆ける町代の背中があったから耐えられた。頼もしい。眩しい。加えて、苦い敗北感を覚える。

 ヒュンと背後から、強烈な光が走った。単眼から光線が放たれたのだ。写魏たちを直接狙ったものではなかった。焼き尽くしたら食えなくなってしまう。ただ、彼のビームは真空を生み出し、真空は風を呼び起こす。

 突風が吹いた。


「あっ」


 バランスを崩して梨沙々がコケた。手を握り続けておくべきだったと写魏は後悔する。

 真後ろから単眼が迫る。喰われる。あの子は喰われて死ぬんだ。

 目を逸らし、ギュッと瞑った。不甲斐ない自分を許して。


「【砲】」


 一方の町代は、踵を返し、写魏と婀歴の合間を猛然と抜け、食物連鎖の狭間に押し入った。怪異の大口に右手を突っ込み、術をぶちかます。

 光の奔流が、単眼の後頭部を貫いた。光線の意趣返し。脳を焼かれた彼は絶命する。一つしかない(まなこ)をグリンと回し、倒れ伏した。

 一つ目ナイセキ、名もなき少女に討ち果たされる。


「はぁ、はぁ……」


 町代は尻餅をつく。髪だけでなく、片方の虹彩までもが、ショッキングピンクに染まっていた。


ナイセキの光線は、牢獄内でのみ使える彼の禍いです。

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