食べカス
「伊吹とは誰だ?」「わたしの……友達……」
「ナズとアミちゃんは?」「はぐれた……わ」
「日文さま」「写魏。町代に婀歴さんも、置いていって悪かった」
姫毎梨沙々の隣で話を聞いていると、写魏たちが追いついてきた。
「いいよ。人命救助は祓い屋の本懐」「写魏からそんな言葉が出るとは」
「その子は? 姫毎家っぽい顔だね」「お察しの通り、そこのご息女」
禊力の才能は遺伝するため、祓い屋では血統が重視される。今でも主要ポジションの多くは血筋で決まるらしい。写魏家は伝統ある家系と聞く。各々の家の特徴、事情、あるいは力関係も詳しく知っているのだろう。
その辺りはまだ勉強していない。事件資料を優先した。
「当瀬くん。あの血って」「ナズやアミちゃんではないようだ」
「良く、はないね」「人死にが出た。しかも子供だ。許せない」
眉間に力が籠る。右足を踏みしめた。道に少しヒビが入る。
「梨沙ちゃん。辛いところ申し訳ないが、動けるか?」
「うん……手、繋いで」「ああ」
華奢な右手を掴んだ。握り返してくる。弱々しい。すっかりまいっているようだった。三日前に初めて会った時は、勝気な少女という印象を抱いたのだが。牢獄のデバフ効果もあると思うが、目前で友人が喰われたのに激しく動揺している。受け答えが出来るだけ強い。
「あ、当瀬さん。『祓い場』の小中学生でも、戦える子はごくわずかです。あの口の化け物一匹でも十分な脅威になります。たとえ牢獄が張られていなくても」
「痛感しました。急ぎましょう」
梨沙々を背負った。気持ち早めに歩いて、第三グラウンドへ向かう。途中すれ違ったたくさんの黒い化け物は、見かけ次第駆除した。しかし生きている人間に遭遇しない。喰い残しがあるだけだった。
どれも大人のものじゃなかった。
「この付近は『祓い場』の学区。春休みとはいえ多くの補習が開講されている。逃げ遅れた子の数は多そう」「…………」
「当瀬さん。気持ちは分かります……が、冷静になられた方が」
「すみません。無理です。安心してください。鈍ったりしませんから」
「で、でも。疲れます」「……正論ですね。確かにそうです」
牢獄の中では、疲労は極力避けねばならない。深呼吸する。空気が不味い。
施設にいた頃の、記憶の一片が蘇る。私が強いのは、才能と、あといつもクレバーだからかな。それに比べて120くんは、ネガティブ感情で熱くなっちゃうよね。脳が焼けるよ? 906番のありがたい忠告。
上がった体温が元に戻る。脳は燃えずに済んだ。ようやく、背中の梨沙々が乾いた笑い声を出しているのに気付く。
「どうしたリサちゃん」「あんな食べカスじゃ、誰が誰か分からなくて」
抱きつく力が強まる。
「死体の一部はもう見てるはずなのに、墓碑の名前をなぞって、わたしの中でやっと死ぬんだわ。それがなんだかおかしくて。虚しくて」
「未来を想像してるのか? 素晴らしい。そうだ」
呼応して、彼女の膝を掴む掌に力を入れた。
「君は絶対生き残る。ナズもアミちゃんも」「……うん」
第三グラウンドに辿り着いた。例に漏れず外観は寺。光摂殿も会館もないけれど、増上寺の大殿に似ている。
命の気配がほとんどない。項垂れる。目論見が外れた。いや、気配隠匿がとても得意なだけかもしれない。ポジティブシンキングだ。
「特別捜査士の当瀬日文です! 誰かいませんか! いたら返事をお願いします! 怪しい者ではありません! 取って食ったりはいたしません!」
「……は、反応ありませんね。ニッチなテーマで研究発表した時を思い出します」「罠だと思われてるんじゃないかな」「本当に誰もいないんじゃないかしら」
落胆する。幸先が悪い。手詰まり感が解消されればと、「全体向けのメッセージ追加されてます?」と婀歴に質問した。「さ、されてません」と返される。そもそも牢獄内で電波が繋がるのか疑問だ。行動方針を立てにくい。
念のため、第三グラウンド出入り口を押し引きしてみた。もちろん開かない。
「裏に回ってみるか」「妖怪が獲物を待ち伏せしてるかも」
「なら捕らえて尋問したいな。何が起きているのか吐かせる」「いいね」
歩き出す。側面半ば辺りで足を止めた。町代が「あれ」、と人差し指を上げたからだ。植え込まれた木のせいで見えにくいが、メガネをかけた中肉中背の男が、外壁の窪みを背もたれにして座り込んでいる。
陽の気を感知した。人間だ。「おーい」と呼びかけながら近づく。
メガネの男は、ゆっくりと顔を上げた。妙に虚ろな目をしている。背後の白い壁に手を突いて立った。こちらに向かってフラフラとやってくる。
「こんにちは。特別捜査士の当瀬日文です。早速で申し訳ありませんが、あなたの役職と、なるべく客観的に見た戦闘力をお聞きしたいのですが――」
「あっという間だった。みーんな、喰われちまった」「はい? あの」
「あっと、いう間、だった! みんな、喰われ、ちまった! あっという、間、喰われ、みんな、喰われちまった。ちまった」
彼は質問に答えず、壊れたお喋り人形の口調で、同じ内容を繰り返す。困惑していると、「うっがっ」と苦しみ始めた。両手で頭を挟み込む。激しい痛みへと抵抗するように。
ほんの一瞬、瞳に正気の光が灯る。彼は早口でこう言った。
「セキュリティがめちゃめちゃだ。きっとメインコンピュータルームがやられたんだ」「メインコンピュータルーム?」
またすぐに、面持ちが空虚と化す。
反射的に写魏を見ると、身に覚えがないとばかりに大きく首を振った。そりゃそうだ。術式プログラマーとして挑戦し甲斐のあった錠破りならともかく、メインコンピュータルームそれ自体をどうにかする理由はないはず。
自分には無関係な話題。そう断じて、意識から切り離そうとした刹那、バラバラだったパズルのピースが、カチリと組み合わさった気がした。
「あ」
しかし、もう遅い。後悔に苛まれそうになるが否や、マクラが話しかけてくる。
『なあ。この男。おかしいぞ』「……おかしい?」
『腹から悪い妖気の感じ』「え?」
男の腹が膨れ、波が立った。血を撒き散らして破裂する。現れ出たのは、大量の蟲だった。色も造形も醜悪だ。そして、僕らに突撃をかましてくる。
梨沙々が金切り声を上げる。彼女を背負うのに両手が塞がっていた。鼓膜が破けそうだ。陽の気を練り上げ禊力とする。高速回転させ、竜巻として放った。
蟲どもを弾き飛ばし、細切れにする。
歯噛みする。かなりの量を消費しちまった。
「今の何? 気持ちわる」「そうですか? か、可愛くなかったですか?」
「えーっ!? 山吹色ヘアのお姉さん、頭おかしいんじゃないの!?」
「人には人の感性があるってことだろ」
「そうさ! 山吹の人間、お前はよく分かってるじゃないか!」
甲高い声が響いた。上だ。寺の屋根を仰ぎ見る。誰かいた。跳躍して降りてくる。スムーズに着地した。薄布がヒラヒラはためく。
目線のやり場に困る、扇情的な格好をした褐色女子だった。どことは言わないが、小さくて良かった。もし大きかった場合、集中力が著しく阻害されたに違いない。
「やあ! オレは蟲蜥蜴の底泥亭!」
自己紹介してきた。蟲蜥蜴の底泥亭。女だったんだ。大妖怪ギツネが「冷徹なリアリスト」と評した、恐ろしい妖怪。獲得票数が多く、VOTEリストで特に目を引く存在だった。こいつも禁術者の仲間だったのか。もしくは、禁術者そのものなのか? 警戒レベルが爆発的に上昇する。
底泥亭は、餌を求める雛鳥よりも、さらに大きく口を開いた。
「蟲蜥蜴ジョーク! 茶碗蒸し用の銀杏集めてると思ったら! アニメオタクのキンタマだった件!」
叫び、謎のポーズを取る。すべての意図が不明瞭だった。高校の同級生たちが頻繁に使う「ドヤ顔」、その見本のような表情もしている。無性にイラつく。
なんだろう。抱いていたイメージと全然違った。




