悲鳴
連結牢獄。
VOTEの参加者たちによって発動出来るのはおかしい。明らかにおかしいが、発動しているものは仕方がない。複数の異なる牢獄が組み合わさった場合、禍いはどうなるのだろう。牢獄のホスト側を一人や二人倒したところで無意味。術者が大勢いたら、彼らが牢獄を維持出来なくなるまで叩くのは困難だ。他の祓い屋と協力して乗っ取りが最善か。もちろん妨害は必至である。
腕を組む。今、僕らが為すべきことは何か。
人間は全員、禊力が体に浸透したようだ。フラフラと立つ。町代は禊力の使用を制限されたばかりだが、現在は緊急事態。我慢しろとは言えない。マクラとカムイは右手に帰っていく。
「む」「どうした写魏」「扉が開かない」「え?」
困惑する写魏。教育棟出入り口の前からどいてもらって、僕と婀歴で交互に押したり引いたりしてみる。ピクリともしない。
「まいったな。隔離されている。牢獄が敷かれたのは、あくまで表面的な『祓い場』の上というわけか。仏閣内は対象外と」
「中の人は閉じ込められてるの?」
町代が尋ねてきた。禊力の訓練は重ねているが、まだまだ牢獄を扱えるフェーズには至っておらず、ゆえに細かな説明はしていなかった。僕は答える。
「普通の牢獄は、現実世界の一角をベースに新たな異界を作り出している。例えば駅に敷かれたとして、無関係の人々が駅を使えなくなることはない。だから、教育棟利用者は閉じ込められていないし、建物から出ればいつもの『祓い場』が広がっているはず、なんだが……」「煮え切らないね」
「まあ、普通じゃないからな。成り立つはずのないものが成り立っている。原理からして異なる可能性もある。異界を作り出すプロセスを排し、『祓い場』をそのまま牢獄に変えているならば、建物内部の人は閉じ込められる」
「い、異界の構築なしに牢獄を展開しても、元の空間に毛が生えたような、微妙な出来にしかならないと思うのですけど……現実の物理法則に強く引っ張られますし……サブオプティマルな結果しか出ませんよ」
「『祓い場』は元々異界ですから。事前に物理法則の緩和さえ出来れば、丸ごと牢獄に書き換えてもかなりのパフォーマンスが期待出来ます。新しい空間を用意する手間も省けるから」
「……写魏さん、どう思います?」
「事前に法則の緩和が出来ればって簡単に言うけど。大きなエネルギーを用意する必要がある。石油何億ガロン分? アラブ首長国連邦が潰れるよ」
「世界経済が一気に冷え込むな。温暖化の解決だ。氷河期到来とも言うが。えげつないこと聞くが、人の魂なら何人分だ?」
「まるまるエネルギーとして使えるなら、十人分。でも既存技術の変換効率はとても悪い。生贄として千人は要る」「研究進んじゃダメな部分ですからね」
「だよな。でも」
左手に【矢】を番えた。放つ。真っ直ぐに進む。建物に入れなくなり、ボーッと階段に座っていた青年の方角に向けて。
彼に背後から忍び寄っていた、黒く、唇のない大口の化け物に当たり、貫通した。形を維持出来なくなり、バラバラの良くないモノに分裂する。青年は慌てて立ち上がり、キョロキョロ辺りを見回した。こちらには気付いていない。
「あれならどうだ?」「? どうって」
「……っ! 喰らった人間の肉と魂をそのまま妖怪に送り込む変換効率! お、応用すれば、少ない生贄でも」「はい。メカニズムは分かりませんが」
視界のあちこちで、良くないモノが渦巻き、集まり始めた。直ちに完成した一匹は、歯をガチガチと鳴らしている。
「此度の騒動には、黒い化け物の作り方をVOTE参加者に教えていた輩、僕が禁術者と呼んだ奴が関わっているようです。あるいは首謀者なのかも」
「VOTE参加者に作り方を広めて、人を襲わせたのは」
「エネルギーを集めるためだった」「つ、辻褄は合いますね」
付け加えると、禁術者の真の目的はVOTE参加者たちとの「祓い場」への挙兵に関連すると考えられるが、具体的な目的の内容は依然として不明だ。
差し迫った問題に対処するため、構える。わざわざ連結牢獄を設えたことから、どこかしらのタイミングでVOTE参加者も仕掛けてくるはず。序盤からヒートアップするのは良くない。ペース配分を間違い本番でガス欠になれば、ジ・エンドだ。
準備が整い次第、化け物は随時襲いかかってくる。奴らはすべて個人プレーだった。一般人には脅威だろうが、禊力を操れるならば、数がいても問題のある敵ではない。冷静に処理していく。近距離では【粒】、中距離には【矢】と、低コストかつ使い勝手の良い術で対応する。さながらシューティングゲーム。
視線を感じる。背後から、婀歴と写魏にジッと眺められていた。なんだかむず痒い。やがて彼女らは、襲い来る化け物たちに対して僕と同じ措置を取り始めた。戦うための方法を学習していたらしい。祓い屋とはいえ研究職、ひょっとすると実戦は初めてなのかもしれないが、物怖じしないのは良いことだ。
五分も経たずに、見える範囲では殲滅した。散らばった良くないモノは地面を這いつくばるだけ。再生はしない。
「婀歴さん。スマホ見てもらえません? 新しい情報何か出てますか?」
「こ、更新されてないです」
「何も分かっていないのか、更新の余裕がないのか」
「これからどう動きましょう、か? こ、ここに止まりますか?」
「私は、他の祓い屋、特に戦闘職と合流すべきと思う。今のうちに」
写魏は言う。
「こんなのウォーミングアップ。後で必ず、不届きな敵の妖怪も現れる」
「僕も同感だ」
「そ、そうですね。では、戦闘職の方々がいそうな場所に行ってみましょう」
「町代。行こうぜ」「うん」
牢獄内で体がちゃんと動くのは禊力のおかげだ。消耗せぬよう、走らず早歩き程度で進む。向かう先は第三グラウンド。第一グラウンドよりも筋トレ重視な、言わばジムだ。鍛錬を欠かさない、実直で強い戦闘職が多く集まる場所のようである。
多くは建物の中だろうが、偶然外にいた人もいるはずだ。即席の部隊を組み、戦力増強を図る。
「うん?」「どうした日文さま」「いや、声が聞こえた気がして」
「ぃやああああぁっ!??」
少女の悲鳴が轟いた。すぐ近くだ。写魏たちを置いて急行する。
知っている子だった。姫毎梨沙々。一人。双子の妹亜美々と従兄の奈図十と一緒じゃないのか。
とりあえず助ける。後ろから、強い力で服を掴まれた。「ああ、ああぁ!」と泣いている。振り向き屈む。ぶっきらぼうな口調を弱め、なるべく優しく問いかけた。
「どうした? 何があったんだ?」「伊吹が。いぶきちゃんがぁ……」
震える人差し指の先には、血溜まりと、引きちぎられた手足があった。




