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寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第二章 寄奇怪界

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再びの連結牢獄


 地震か? 「祓い場」という、現実世界から切り離された異界で?

 揺れはすぐに収まった。机上に乗せていた大量のお菓子は、バラバラと床に落ちている。被害といえばそのくらいだ。全員座っていたため転倒しておらず、落下物による被害もなかった。


「なんだったの今の? 地震なんてあり得ないよね?」


 写魏が、僕と同じ疑問を呈する。「多分だけれど、境界が揺れたんだ」と返した。

 断層や大陸・海洋プレートと言った概念からは無縁の異界だが、衝撃が加えられ変形した境界は、衝撃自体の影響と、元に戻ろうと反発する影響とを合わせて、中に大きな震動を発生させてしまう。


「衝撃って、どこから?」「さあ。それは分からない」


 お菓子を拾いながら肩を竦めた。「祓い場」は入れ子構造になっている。つまり、各々の建物に練り込まれている異界すべてが、「祓い場」という一つの異界に包摂されている。部分異界の境界は、全異界の境界とリンクしている。よってここが揺れたからと、衝撃位置が教育棟の境界か「祓い場」の境界かは判別がつかないわけだ。

 同様に、衝撃の原因が何かも不明である。近くで倒れた椅子を立てて、「一先ず外に出よう」と提案した。他の建物にいた人々も、考えることは同じだったらしい。あちこちがざわついている。観察していると、彼らは一様にスマホを見始めた。

 婀歴もまた、スマホの画面を食い入るように見つめ、口を開く。


「えっと。『祓い場』コアメンバー様方からのお言葉が周知されています。よ、読み上げますね。ただいま調査を始めました。『祓い場』境界にダメージがあった模様。原因分からず。判明事項は随時速報として伝えます。危険の有無が明らかになるまでは、安全な場所で大人しく待機してください。ですって」

「どこを見てるんですか? 『祓い場』にも妖怪掲示板みたいなものが?」

「と、特別捜査士なら、タブレットが支給されてますよね? Shamans’ Common Informationというアプリがあります、でしょ? その日本のページに入ってください」

「しばらく情報が更新されてませんが」「緊急時にしか使われない」

「アクセス数のトップが十年前の『伝説の吸血鬼:好みの下着ブランド発覚』なんだけれど」

「前にアプリ担当だった奴の投稿。あの人にとっては緊急事態だったのだろう」

「その後、あの人の姿を見た者はいませんけど……」


 おっかない。秩序の乱れを嫌う祓い屋上層部に消されたのか、あるいは吸血鬼本人に魂ごと吸われ尽くされたのかが気になるものの、今考えるべき最優先事項は待機先だ。安全な場所と言われても見当がつかない。

 最も境界が変形した位置、などの情報があればいいのだが。


「当瀬くんの隣とか安全じゃないかな」「それだ」「ですね」

「僕の安全は?」「リスクは強者の負うべき義務」

「い、言っておきますけど。私と写魏さんは弱いです。戦闘センス皆無です」


 頼りない言葉だ。灰學でも探そうか。リスク分担したい。

 空を見上げる。巨大なヒビでも入らない限り、異界内側から境界の不調を捉えるのは難しい。雲が多くどんよりとしている。春に似つかわしくない。湿った風が、植木たちをざわつかせる。なんだか嫌な天気だ。

 根守さんから送られてきた、『はじまるよ』というメッセージ。受信後十秒も経たずに起きた異変。「祓い場」境界を震わせた衝撃に、根守さんは何か関係しているのだろうか。胸騒ぎがする。じっとしていたくない。例えば、灰學や史引先生と合流し、現状確認し合いたい。あるいは自ら走り回って、機能不全に陥った部分を見つけ出し、補修してしまいたいという気持ちでいっぱいになる。

 が、周りの人々は、慌てず騒がず落ち着いて、じわじわ自分がいた建物に引き上げていく。花瀬殺害の捜査に来た祓い屋含め、僕ら以外の教育棟利用者は、そもそも外に出てきてすらいない。安全な場所で大人しく待機。偉い人たちからはそう要請されている。好き勝手に動き回るのは歓迎されない雰囲気だ。


「私たちも戻ろう」


 写魏はそう言って踵を返した。町代もついていく。僕は振り向くも、動かなければいけないのではないかという予感、つまり未練に引っ張られて立ち止まった。「あの」と婀歴に声をかけられる。


「あ、当瀬さん?」「……すみません」


 微笑んで、足を踏み出そうとした時、右手からマクラが現れる。


「待ってくれだぞ」


 突風が吹いた。マクラの綺麗な銀髪が煽られ、不規則にはためく。二又に分かれた尻尾と耳が、ぐるりと弧を描いた。


「なんかいっぱいいる」「何が?」

「妖怪。たくさん蠢いてやがるぞ」「妖気を感じたのか?」

「うん。あと、ただの妖怪じゃないぞ」「ボクも同意だともさ」


 町代の右手からも、狛犬のカムイがニュルッと出てきた。全員が足を止める。


「VOTE参加者だね」「ボート参加者だぞ」


 婀歴の目元が強張る。無論、僕も驚いた。アホ猫ザコ犬の話が本当ならば、棟梁を夢見る野心的な妖怪どもが、この「祓い場」に押しかけているということになる。俄かには信じられない。妖怪たちは、基本的には祓い屋に目をつけられるのを恐れる。大妖怪ギツネや猫又のお母様ほどの突出した力を持っていなければ、長年培われてきた祓い屋の妖怪退治マニュアルには勝てないからだ。

 敵の領地に攻めてきた? 令和の世に? 敵同士で手を取り合って? 祓い屋に仕掛けても票は増えず、棟梁レースにとっては無益なのに? 何のために?

 領土奪取。手間はかかるが、異界なら作れる。戦争で名を上げられる時代ならともかく、現代の令和社会で、攻めて奪うメリットはない。違う。

 昨日遭遇したVOTE参加者は悪事に手を染めていた。彼らだけでなく、他の参加者にも蔓延していたとする。祓い屋に狙われる心当たりがある。だからやられる前にやろうとした。首を振る。規模は小さいが、祓い屋の拠点は他にいくつもある。「祓い場」を潰しても祓い屋が滅ぶわけではない。さらに言えば、ここには灰學をはじめとした強者が多い。敗北濃厚、妖怪側が勝利したところで多大な損害を出すのは確定的である。非合理だ。界隈で提案があったとしても、誰も賛同しないだろう。

 目的が見えない。とりあえず、マクラたちに聞き返す。


「参加者どもはどこにいる?」

「それがなぜか、どうにもぼやけていてねえ。コンタクトの度が合ってないのかな」

「里の寮で襲われた時みたいだぞ」「ああ、あれか」


 お母様との夕食後に差し向けられた、猫又四匹の精鋭部隊を思い出す。気配分散の妖術により、マクラの感覚が惑わされた。


「連結牢獄の」


 ゴクン。

 言った途端に取り込まれた。突然、体が重くなる。まるで、巨人の手と化した重力により、遊戯の一環として押さえつけられているかの如く。町代は膝を突く。マクラ、それに写魏と婀歴は座り込む。カムイは横に倒れ込んだ。出てきた建物に戻らず、それなりに残っていた人々も、突然の環境変化でパニックになっている。

 しまった。やられた。牢獄に飲まれた。ベースは「祓い場」全体。

 素の力では、僕でも立っているのが精一杯。身体能力へのマイナス効果は、他人の牢獄に囚われたのなら必ず降りかかる。歯軋りした。問題は、たかが一人分の牢獄で、ゲストにここまでのデバフをもたらすなどあり得ないということだ。

 すなわち連結牢獄。牢獄が連結してる。体を禊力で満たし、体勢を整える。

 考える。冷や汗が流れた。もっとあり得ない。連結牢獄とは、似た牢獄を繋ぎ合わせる技術だ。同じ里で、誤差はあるものの方向性は同じ牢獄を習得した妖怪たちが、修練を経て到達する奥義。

 互いに種族が異なっているVOTE参加者たちに、使えるはずがないのだ。異なる牢獄は反発する。権力争いのライバル同士で、心も通っていないはずだ。相容れないはずの牢獄が、相容れている。

 どういうことだ。疑問が止まない。妖怪どもの高笑いに巻かれる錯覚に陥る。

 煙に巻かれている。


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