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寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第二章 寄奇怪界

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はじまるよ


「根守さんと連絡ついたか?」「まだ」

「わ、私からも連絡してますが。メッセージに既読は付かないし、電話も繋がりません」「ちなみに上止はどうした」

「ようやく返信が来た。今ロンドンにいるって」

「はい。か、上止さんは国際学会を聞きに行ってます。ついでにロンドン旅行も楽しんでくるとかで、明後日に帰ってくるそうです。そ、その間に部屋を片付けといてと言われてました。明日しておく予定でした。へへ」

「言ってくれれば手伝いましたよ。まあ掃除どころじゃなくなっちまいましたがね」


 花瀬の遺体発見からおおよそ一時間半経った。現在十五時、場所はエントランス、自販機に最も近い机を囲んでいる。教育棟地下の売店でたくさん買ったお菓子をつまみながら、事件に関連する話題を語り合う。町代は口を挟んでこないが、代わりにお菓子の消費量が激しい。


「捜査士と鑑識士が乗り込んできてから五十分。何か分かっただろうか」

「僕たちよりも装備に設備が充実している。殺害に使われた術と思われる【畳】についても説明した。何も進展しないってことはないだろう」

「日文さまも捜査に混じってくればいいのに」

「特別捜査士と捜査士は、現場では同等の権利が与えられている。が、僕はまだ新参者で、次の連携訓練は一月後。でしゃばっても足を引っ張るだけだ」

「慎ましいですね。当瀬さんなら即戦力でしょうに」

「橋絵。点数稼ぎ?」「ち、違います」


 承認欲求は世間並みにある。あまり点数を稼がれると本当に好きになってしまうかもしれない。

 ちなみに、捜査士は警察みたく組織立っているが、特別捜査士は個人業だという違いがある。予算は前者の方が潤沢で、収入も安定している。一方、捜査手法や勤務形態、購入物品は後者の方が圧倒的に自由だ。両者にドラマチックな対立関係はなく、逆に双方、補完的な存在として認め合っているらしい。

 チョコレートクッキーの包装を開けた。口に放り込む。大量生産品らしく無難な味わいだ。右手に意識を向ける。不思議だ。ドライフルーツだけでなく、お菓子全般が大好きな食いしん坊猫又が出てこない。


『あんな血塗れぐちゃぐちゃ死体見た後で、呑気に菓子を貪る気にはなれないぞ。元地味フラミンゴに言ってやりたい。お前も結構イカれてるぞと』

「ん? 誰か私の悪口言った?」


 二枚重ねにしたポテトチップスをかじりつつ、丸い(まなこ)をパチリと開き、町代は辺りを見回す。不審な電波を受信したようだ。初めて会った時の彼女からでは考えられない鋭さである。陽の気を禊力に変換するにはセンシティビティが重要となる。修行で鍛えられたのか。

 マクラは『ひぃ』と縮こまる。恐怖が伝わってきた。猫神に力をもらった後も、気の小ささは全然変わっていない。続けて『円形脱毛症になってしまうぞ』などと宣っている。それ、僕に影響しないよな?


「んん……」


 婀歴が大きく伸びをする。艶っぽい声だった。気恥ずかしさを覚える。

 彼女の体は重力に引かれ、机の下にずるずると沈み込んでいく。山吹色混じりの頭が背もたれ下部にやってきて、ようやく止まった。著しく悪い姿勢だ。

 つい注意する。


「ヘルニアになりますよ」「え、え〜。……そうなんですか?」

「まさか、頻繁にそういう座り方をしているとか言いませんよね?」

「い、いや。あはは。あ、あ、当瀬さん。えっと。な、直してもらえません? へへ。えへへ。なんちゃって……」「こうですか?」


 自力で戻れないなら仕方がない。細く柔そうな肩を掴むわけにもいかず、脇下に手を入れて、優しく引き上げた。自分に告白してきた異性へのボディタッチである。心拍数は自然と上がる。

 婀歴の方はそれどころではなかった。背中を跳ね上げる。茹で蛸の如く顔が真っ赤になっている。「あじゃじゃゔぁうぁわなだゔぁじゃぎゃっぱ!?」と、壊れた機械でも出さなさそうな音を喚き散らし、ダイナミックに揺れ動く。

 町代は危険を察知したのか、さりげなくお菓子を避難させた。


「あっ、あっ、あっ、あっ」

「ちょっと。公共の場でそういう声出さないでください。僕はえっちな動画を見ないので喘ぎ声とか分かりませんけれど、そういう風に聞こえます」

「当瀬くん。それは見てると自白してるも同然じゃないかな?」

「あーっ!?」


 額を机に打ちつける婀歴。頭蓋骨が割れんばかりの勢いだった。お菓子という緩衝材はなかった。激痛が走ったに違いない。彼女は研究職だ。頭はもっと大事にした方がいい。

 しばらく机に突っ伏していた。「大丈夫ですか?」と心配する。彼女は弱々しくこう呟いた。


「ね、根守さんがやったんですかね……」「え?」

「【畳】は……ど、同名の術はあると思いますが、あの【畳】は私と根守さんだけの術です。ひょっとすると信じてもらえないかもしれませんけど、私はやってません、から」「信じますって」

「だ、だから、根守さんがやったとしか考えられなくって」


 突発的な友人の死に、婀歴の思考はかなり狭まっているようだった。直接的に死をもたらしたのが、自ら構築した術であることも関係しているのだろう。

 努めて冷静に答える。


「手段を有しているから犯人、というのはあまりに安易です。必ずしもそうとは限らない。例えば、根守さんから【畳】のやり方を教えてもらった花瀬が、好奇心で自分に試してみたという可能性は否定出来ませんよ」

「……なるほど。卯架ならあり得る。詛璃の方はコンプライアンス違反だけど」


 写魏が頷く。婀歴も顔を上げた。


「根守さんも、花瀬さんなら話してもいいかと判断したのかも。さ、殺人ではなく、不慮の事故のセンはありますね」

「でしょう? 確たる証拠が出ないうちは、根守さんを信じましょう」


 祓い屋研究者二人にあった、どこか張り詰めた雰囲気が消える。友人に対する猜疑心から、多少なりとも解放されたのか。お菓子を口に運ぶ量が多くなる。口が乾くだろうからと、紙コップでお茶を出してやった。

 その直後、写魏と婀歴のスマホより、低いバイブ音が響く。


「あれ。詛璃からだ」「私もです」「どんなメッセージだ?」


 覗き込む。一言、


『はじまるよ』


 とだけ書き込まれていた。花瀬殺害を伝えるメッセージに対する返答には見えなかった。何が始まるのか、さっぱり検討もつかない。

 婀歴たちも同様らしい。首を傾げている。


「詛璃の奴。研究のし過ぎで気が狂ったのかな――」


 写魏がボヤいた途端。

 教育棟エントランスのすべてが、激しく揺れた。


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