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寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第二章 寄奇怪界

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殺害現場検分


 上止の研究室がある五階に行く。人払いの結界が敷かれていた。研究室から出てきた写魏により一時的に解除される。案内された先の景色は、まさに凄惨の一言だった。

 異様な死に様。手足胴体が、細かな立方体に刻まれている。切り口が嫌に機械的だ。


「うぷっ。すまん日文。トイレで吐いてくる」

「灰學。意外だな」「死には慣れてるけどスプラッタは無理だ」

「町代は平気なのか?」「それ、見る前に確かめて欲しかったよ」

「悪い」「マクラちゃんは?」「僕の中で気絶してる」


 花瀬の死体に近づいた。朝に会った時は元気だったのに。

 現場を荒らさぬよう、【浮】の術を使って地面から少し浮かぶ。側で目を瞑り、両手を合わせた。眠りの安寧を祈る。

 瞼を開くと、正面に写魏がいる。ただただ困惑した顔だった。尋ねる。


「泣かないのか?」「実感が湧かない。悪夢なら覚めて欲しい」

「信じたくないが現実だ。残された僕たちに出来るのは、偲ぶか、調べてやることくらい」「間違いない」


 僕は特別捜査士資格を持っている。怪異に関わる殺害現場を検分する正当性はあった。花瀬の死体周りをうろつく。魂は消えている。殺害時の情報は、脳にはすでに残っていなかった。

 浮かんだまま屈んで、人肉ブロックの切断面を観察する。


「使われたのは禊力の術だが、【刀】で切ったようには見えないな」

「まるで分解されたって感じ」

「分解? 微生物が死骸を土に還すような? イメージとはそぐわないが」

「そういうのじゃなくて。3Dドットモデリングで完成させた絵を、衝撃を与えてバラけさせたみたいな」「ああ。理解した」


 灰學が戻ってくる。げんなりした様子だった。口周りが水で濡れている。ウェットティッシュを投げて寄越す。


「まだ汚い?」「ただの配慮だ」

「実は鼻も詰まってて。乾いたティッシュない?」

「ある。が、かまない方がいい。血生臭くてまた吐く羽目になる」

「ねえ日文さま。なんで『覇人』がいるの?」

「たまたま一緒にいた」「国畑の捜索中では?」

「途中で足跡がぱったり途絶えちまったんだと」


 花瀬の瞳を覗き込む。光は完全に失われていた。惨たらしい死に方にしては、表情は綺麗なものだった。苦しむ間もなく即死だったと推し量る。虚無と感傷に心が支配される。今朝、ベンチから離れていく花瀬の背中を追いかけていれば、何か変わっただろうか。

 無意味なタラレバだ。


「日文。ここって大学生の研究室だよな? 院生のにしちゃ狭いし。誰の部屋?」

「知らずに来たのか? 表札があるだろ。上止葉友梨。性格の悪い奴だ」

「ああ上止さん。おっとりした見た目と喋り方なのに、すんげえ際どい発表してて驚いたから覚えてる。彼女がやったんじゃないのか? アイディアとか成果の取り合いで揉めて」

「候補ではあると思う。が、人体を一瞬でブロック状に展開する術が簡単とは思えない。どんな術か僕でも分からないけれど、それをその場で出来るほどの禊力操作の才能が、上止にあるとは思わない。まあ、祓い屋言語でプログラミングコードであらかじめ術式を組んであって、ただ禊力を流し込むだけで発動可能というなら話は違ってくるが。写魏の見解は?」

「葉友梨はモンスタープログラマー。私の知らない術式もたくさんストックしていた。疑うのは道理に適っている。でも。卯架と葉友梨は仲が良かった。しょっちゅう喧嘩してたけど。今更、アイディアや成果の揉め事が殺しに発展するとは思えない」「我慢の限界が来たとか」

「あれは短気。我慢の限界で人を殺すなら、私たち全員、とっくに殺されてる」

「だろうな」


 同意を示した。婀歴含めて全員問題児だ。無意識のうちに人をムカつかせるのには長けている連中だと感じる。婀歴と言えば、告白の返事をまだ決めていない。どうしよう。ではなく、上止から婀歴を紹介された際、彼女は「祓い場」に侵入した不審者を追っていると伝えられていた。僕と灰學のバトルによって、境界に穴が開いた。そこから誰か入り込んできた。

 不審者が見つかったとは聞いていない。「祓い場」にまだ潜伏しているかもしれない。花瀬の殺害と安易に繋げるのは愚かだが、万が一はある。


「婀歴さんをすぐ呼べたりするか?」

「橋絵はメインコンピュータルーム前にいる。即来れるはず。連れてくる」


 写魏はそう言って、部屋を出て行った。待ってる間に、灰學は「自室で寝たい」と去っていく。二日連続の国畑追跡で疲れているようだ。

 一旦研究室の外に出た。ピンク頭の町代が、小声で話しかけてくる。


「ちょっと淡白過ぎないかな? 石済さんはともかく。花瀬卯架さんって、当瀬くんは知り合いで、写魏さんに至ってはルームメイトでしょ。よくスムーズに議論出来るね」

「怒ったり悲しんだりして、生き返るわけでもなければ犯人を捕まえられるわけでもない。クールになるのが最も生産的だ」

「普通じゃないよそれ。私みたいな一般人からすると」

「そうなのか? 大妖怪ギツネから国民的名探偵漫画を借りて読んだ。殺人事件の発生に最初は驚いても、主人公たちは直ちに冷静になってたじゃないか」

「現実に適用しようとしないで」

「ダメなのか。君の言うこと動き方はいつも参考になる」

「まあ当瀬くん、常識ないとこ結構あるもんね。いや、一般的感性が身についてないというか。来客に出すものが妙に凝っていたり。目指せ東大ジョークを真剣に捉えたり。異性からの好意に全然気づかなかったり」

「三つ目は常識の範疇なのか?」

「あと」


 一拍置いてから、町代は続ける。


「あと、私みたいな地味な女に大きな労力を費やしてくれたり」

「地味じゃないだろ。鏡見ろ」「今はフラミンゴになっちゃったけどさ」


 片足を上げた。両手を広げる。「フラミンゴのポーズ」と自虐し、憂鬱そうに髪を触る町代。


「どうして当瀬くんは私に構ってくれるんだろ。ずっと不思議に思ってる。こんなにも釣り合いが取れてないのに」

「僕は君に助けられてる。それに人間関係は、釣り合いとかじゃないだろう。駆け引き要素はあるが、僕たちは上手くいってるから気にするな」

「気になるよ。私は気になる。バランスが取れてなくて、いつも申し訳ないって気持ちになる。……ずっと施設にいたんだってね。仕方ない。まあ、私から盗めるものならいくらでも盗んでよ」

『めんどくさい女だぞ』


 気絶から回復したのか、マクラの声が内側から聞こえる。めんどくさい。真島柿、加えて未交も、町代のことはそう評しそうだ。

 婀歴を連れた写魏が戻ってくる。


「み、見せたいものって、なんですか……あっあっ、当瀬さん!? 昨日は、昨日はごめんなさい! 迷惑かけましたよねっ。あのっ……隣のピンクな方、ひょっとして、ひょっとすると、新しい恋人さんだったり……?」

「いえその。写魏、話してないのか」「百聞は一見に如かず」


 写魏は婀歴の腕を引き、研究室に向かう。後ろからついていく。


「し、死体? 随分とグロテスクな……って、はっ、花瀬さん!?」


 婀歴は顔面蒼白となる。が、すぐに科学者らしさを取り戻した。術で浮上し、人肉ブロックの一つを観察し始める。


「こ、これは……【畳】?」「知ってるのか?」

「はい。何せこの私が、古い文献に記載されていた吸血鬼の技を、禊力によって再現しようと作った術ですし」

「なんだって?」

「まだ発表してないのに……人体に使うとこうなるんだ、知らなかった……あっ。は、犯人は私じゃないですよ! 血の渇き具合を見るに、死亡して四十分弱ってところじゃないですか。その時間は、写魏さんと作業してました」

「これは本当」

「別に、疑ったわけじゃないですけれど。【畳】を知ってる人は、婀歴さんの他にいますか?」「は、はい。一人だけ」


 婀歴は右手人差し指を立てる。プレゼンテーションで、重要なワンポイントを説明する時のように。


「根守さんです。か、彼女との共同研究でしたので」


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