頭が真っピンク
「やばいよこれは」
天辺の禿げ上がった医者がそう言った。プロの言葉選びではない。困惑する受診者の代わりに、「何がやばいんですか?」と尋ねる。
「頭」「それは分かるんですけれど」
「ちょっと。言い方。まるで中身の方がやばいみたいだよ。見た目の話でしょ? 見た目の話だよね?」
「ここまでピンクになっちゃった人は見たことないね」
「まあ確かに真っピンクですが。恥ずかしくなるくらいに」
「だから脳内の話じゃないよね? いや、むっつりとはたまに言われるけど」
スポーツキャップを目深にかぶる町代と九時に合流してから、すぐに予約した病院へと向かった。九時半には診察が始まった。
彼女が帽子を脱いだ瞬間、医者は驚きで目を瞠った。
「禊力使って髪の色が変わっちゃう原理は知ってる?」「いえ詳しくは」
「ほら、陽の気から禊力に変えるのに魂ぐるぐる回してるでしょ? 椽転っつってね。でも、人間の魂って、ごく一部の天才除いて、ホントは上手く回るようには出来てなくてさ。禊力作ると無理しちゃう。熱くなって溶けちゃうの。んで、溶けた魂が表れる。魂の色が滲み出てくる」
「ひどく概念的ですね。町代の魂はピンク色なのか」
「魂からえっちなのかな……」「ちなみに先生の魂は?」
「青だったね」
医者の寂しい頭を見る。一応まだ残っているが、日本人としてよくある普通の色だ。若干白髪が混じっている。
「ま、抜けちまったけど」「すみません」
「カラーチェンジ自体に健康への悪影響はない。魂は、溶けたままにしとくと寿命が減るけど、薬飲んだら元に戻るから。処方しとくね。問題は、さすがに変化が激し過ぎってこと。魂がものすごく無理してる。しばらく危機時以外で禊力作っちゃダメだよ」
「えっ……そんな。私、禊力の紫色がすごく好きなんです」
「全部鋳潰されるよ。どうなると思う? 生きてるだけの抜け殻になっちゃう」
「でも」「町代。医者の言うことは聞こう」
「危機に見舞われて仕方なく使う時でも、回転のギア上げ過ぎちゃダメだからね。ひょっとしたら……いや。あんまり怖がらせるのは才能の無駄になる。ごめん、今のなし」「はあ」
薬をもらって病院を出る。町代は落ち込んでいた。禊力の使用が、彼女の魂に重い負担を与えていた事実。責任の一端は僕にある。あまりに熱心に励むからと、つい練習メニューを増やしてしまった過去が想起される。
「悪い。無茶させていたのに気付かなかった。こちらの落ち度……」
振り返って町代に声をかけた。口が止まる。
町代の目付きが、信じられないほど鋭くなっていた。
不機嫌そう。苛立っている。という表現では捉え切れない。殺気すら滲ませている。背筋が凍えた。しばらく固まっていると、「どうしたの?」と首を傾げられた。ようやく普段の彼女に戻った。
「……薬ちゃんと飲めよ」「うん。髪染めるの何使ってるのかな?」
「町代は量が量だ。美容院に行った方がいい。それもここの。カラーリング問題は昔からあったようだし、ノウハウも充実してるだろ」
「どうせなら紫にしてもらおうかな」「学校側になって言われるか」
「ピンクの方が問題視されるよ。地毛なのに。創作物のアイドルになった気分」
アイドルって死語じゃないのか。
特に行く当てもなく、自然と教育棟に戻ってきた。エントランスラウンジにて、缶コーヒー片手に駄弁る。飲み干してからは受験勉強を始めた。
さりげなく町代の様子を観察した。いつも通りだ。さっきの表情はいったいなんだったのだろう。禊力が使えないのがそんなに嫌なのか。
エレベータの微かな到着音が耳に届いた。三人の男が降りてくる。一人は灰學だった。「チース」と軽く挨拶してくる。
「よう」「おはよう……こんにちは?」
「町代さん。ピンクオブピンクじゃん」「昨日の朝から一気に来たの」
「フラミンゴって感じだな」「もう。あだ名として定着しそうだからやめて」
「イリオモテヤマ猫又は?」
「寝てる。もう十一時半なのに。夜更かししてゲームの練習してるんだ。リベンジするって。頼む灰學。負けてやってくれないか?」
「ふむ。お前の会話マニュアルに従った。それで『三色かふぇ』店員さんとのデートに漕ぎつけたんだ。来週土曜日までに『一緒にお出かけ』マニュアルも作ってくれ天才脚本家」
「じっちゃんの名にかけて」「当瀬くんのおじいちゃんってどんな人?」
「すまん。今のはただのノリというか。会ったことない」
父母の顔すら見たことがない。物心ついた時には、すでにあの養育施設にいた。強いて家族といえば施設のメンバーたちだが、906番を除き、バイオハザードで皆死んだ。
「史引先生から、灰學は大火災の実行犯たる国畑を追っていると聞いたが」
「一昨日から今朝までね。それがさ。ある地点を境にぱったりと痕跡が途絶えてて」「ある地点?」
地図アプリで場所を示された。
「僕の街と近いな」「だろ? 潜伏してるかもしれないし注意して」
「火の香りが甘いんだとか。カフェで重宝するぞ。焙煎要員として」
「蒸発するだろ。店ごと」「強火なんだな。中華の方が向いてるか」
「ラーメン食いたくなってきた。ちょっと早いけど飯行こうよ」
「どうする町代」「行く。厚めのチャーシューにかぶりつきたい気分なの」
「アグレッシブだな」
ラーメン店に行く。「祓い場」で一番美味いと口コミが付いていた。不味くはなかったが、真の名店を探しにしばしばさすらう身からすると、正直そこそこだと感じた。食事の途中でマクラが目覚めて、餃子セットを頼み出す。起きたばかりで胃もたれしないのだろうか。
食い終わるのを待っていると、マクラから疑問を呈される。
「日文。なんで女性モノの下着をポケットに忍ばせてるんだぞ?」
「なんだって日文っ!?」「そんな。まさか当瀬くん……?」
「下着じゃねえハンカチだ。誤解と冤罪を招く言い方しやがって。ぶっ飛ばすぞ。今朝に知り合いと会ったんだ。そいつが落としていった。写魏グループの誰かがいれば渡せるんだが」
たまたまラーメン屋で遭遇するという展開にはならなかった。
店を後にする。マクラと灰學がゲーム対戦をするのにちょうどいい場所を探して歩く。結局、教育棟に戻ろうという話になった。
そのすぐ近くの中学棟から、十人ほどの少年少女が出てくる。二日前に出会った姫毎家の少年少女も混ざっていた。
奈図十と目が合う。彼は破顔し、こちらに駆け寄ろうとしたが、灰學の方を見て足を止めた。恐縮した様子でお辞儀し、集団に戻っていく。
「やっぱ俺って嫌われてんのかなぁ」「違うって。尊敬されてるのさ」
「だといいけど。嫌われてても別に構いやしないけどな。俺はここが好きだし。皆守るべき対象だ。日文以外」
「なぜ僕を除外するんだ?」「はは。お前は守る必要ないだろ」
「そうだぞ日文。マクラのヒーローなんだから、日文はマクラ最優先でマクラだけ守ってくれ」
「町代が先だな。お前は囮だ」
教育棟に入った直後、スマホが震えた。写魏からメッセージが来ている。
『花瀬が』
指を素早く動かし、すぐに返信する。
『落としたハンカチなら僕が持っている。後で渡すと伝えてくれ。写魏や上止、根守さん経由でもいい』
『違う。死んだの』
『は?』
『花瀬が死んだの。多分殺されてる』




