ハンカチの忘れ物
告白の返事は保留とした。
VOTE対策班と自宅内「失踪」事件班とのミーティング後、用事があるという写魏たちと別れる。時刻は二十時。自宅アパートに帰るには遅い。「祓い場」の寮部屋に泊まると決める。
ミーティング中の休憩で夕食は済ませていた。風呂に入ったらすぐ寝たい。本日の疲労は上限を突破していると言っても過言ではない。ミーティングは騙し騙しで通した。変な発言してなきゃいいが。
部屋の電気を付けた。殺風景だ。まだ最低限の家具しかない。祓い屋ポイントが貯まれば家具屋に行こうと決意しながら、シンプルな回転椅子に腰掛けた。中古なのか軋む。
右手からマクラが飛び出てきた。話しかけてくる。
「ヘタレ」「うるせえ酔いどれ猫。満を持して言うな」
「可愛い女だったぞ。付き合ってみれば良かったのに。初回限定お試し七日間無料サービスだぞ」「何が無料で出来るんだ」
「気に入らなかったらポイ」「可哀想だろうが」
「▷Next: マクラルートへ進む」
「んなもんリセット一択だ」
ポケットでスマホが震えた。町代からメッセージが来ている。
『ねえ当瀬くん なんか髪の毛がすごい色になったんだけど』
すごい色になっちゃったのか。すぐに返信する。
『禊力使うとヘアカラーが変わるらしいからな。ちなみにどんな色だ?』
尋ねると、自撮り写真が送られてきた。マクラが爆笑する。なんと、全体の三分の二以上がショッキングピンクになっていた。上止、花瀬、根守に婀歴の髪は、せいぜい一割程度しか色付きになっていなかったはずだ。
上止の言葉を思い出す。髪の色が変わるのは、体に負担がかかっているから。
『お母さんに随分思い切ったねって言われた』
『さすがに変わり過ぎだな。「祓い場」で診てもらった方がいいかもしれない』
『そうかな 明日行く お札もらってるから迎えに来てもらわなくても大丈夫だよ そっちで会える? 九時くらいに』
『教育棟で待ち合わせよう』『分かった』
特別捜査士用に支給されたタブレットを開く。「祓い場」の医者を検索してみた。町代と同じ悩みを抱える祓い屋志望はそれなりにいるらしい。ヘアカラーについての相談受付ページはすぐに見つかった。予約する。
二十一時半には床に入った。
翌朝、早くに寝たからか、五時半に目が覚めてしまった。マクラはしばらく起きそうにない。ゆったりシャワーを浴びたのち、散策に出かける。異界であっても昼夜は再現されている。今の時間はまだ薄暗い。空気が澄んでいる。
少し歩くと広場があった。手入れされた常緑低木に囲まれている。真ん中に、石畳の道が伸びていた。辺りをキョロキョロ眺めながら進む。
厳しいデザインのベンチが一つ、ポツンと配置されていた。誰か座っている。見覚えがあった。
花瀬卯架。写魏のルームメイトだ。婀歴にスピーチ動画の編集をさせたり、床を舐めさせたり、体に落書きして遊んだりと、上止葉友梨とともに罪深い奴として認識されている。俗に言う、「いじめっ子」なる存在だ。が、特殊な養育施設育ちというバックグラウンドのせいか、僕は「いじめ」という概念を、理解はしても実感は持てない。
だからだろう。花瀬に対する嫌悪感はない。無視など以ての外。挨拶する。
「おはよう」「あ! おっはー日文君。早いね」
「そちらこそ。隣いいか?」「どーぞご勝手に」
距離を取って座った。ひんやりしている。パーカーのポケットに手を突っ込んだ。花瀬と同じく、背もたれに体重を預ける。
「朝っぱらからベンチでボーッとして。どうしたんだ?」
「ペンキ塗りたてでお尻引っ付いちゃってさ」「嘘だろっ!?」
「冗談冗談。聞いたよ的乃から。パシ絵に告白されたんだって?」
「あ、ああ」「で、とりあえずキープしといたと」「キープじゃない保留だ」
間髪入れず訂正した。人聞きが悪い。花瀬は意地悪く笑った。「似たようなもんじゃん」と言う。反論出来なかった。キープと保留の細かなニュアンスの差異を説明出来るほど、女性関係は拗らせていない。
「私たちの代、男子がすごい少なくって。少ない男子は弱々しくて、葉友梨とかと組んでいじめちゃって、女性恐怖症にしちゃって。なのでみんな恋愛経験ないんだよね」「そうなのか。灰學は男女半々って言ってたが」
「『覇人』の代はそうなんでしょ。でさあ。別に愛だの恋だのしたくないってわけじゃなくて。心の内でボヤボヤ燻ってるものがあるんですよ。そこでよ。昨日の夜に告白の話聞いて。ああ、先越されちゃったのかあ、よりにもよってあいつ、あのパッシーに。なんだかなあ、ってなって」
「パシ絵より酷くなってるぞ」
「考えてたら目が冴えちゃって。一人でフラフラ出歩いて、ここに辿り着いたのであった、みたいな」「なるほど」
「告白受ける気ある?」
尋ねられた。俯く。
「好かれるのは嬉しいけれど。恋人が二ヶ月ほど前に死んだばかりで」
「あ〜。めっちゃ複雑じゃんそれ。キープなんて言ってごめんね」
「婀歴にどう反応すればいいのか。答えが見えない」
「私にゃ分からん。料理とプログラミングだけが取り柄のクズでして」
「写魏も言ってたな。自分よりクズだって」
「えーっ!? あの子よりかはマシでしょ私!」
高い声で驚く花瀬。「いやま、どっこいどっこいか」と小さく続けた。それからスマホを取り出して、メッセージを確認し始める。肩を竦め、すぐポケットに入れ直した。膝に肘をかけてから、口を開く。
「私たちの中で一番クズって誰だと思う?」「上止?」
「即答。ウケる。つい最近まで私もそう思ってた。でも違うよ。正解は詛璃」
「根守さんが?」
「そう。あいつ」
花瀬はニヒルに笑った。立ち上がる。「じゃあね」と言って去っていく。一人取り残された形となった。しばらく座ったまま、早朝の「祓い場」を眺める。寺院仏閣群の向こう側から、太陽が登ってきた。なんとも美しい光景だ。
そろそろ行くかと足に力を入れる。ふと気づいた。花瀬の座っていた場所に、ハンカチが落ちている。
「あいつの忘れ物か?」
拾って畳み、ズボンの後ろポケットに突っ込んだ。
町代、色付きヘアキャラに昇進。




