告白
「いつもなら、机と椅子しかない殺風景な部屋に通されるのに」
文句を垂れつつ、写魏はベッドの上に座る。スマホをいじり出した。覗いてみると、”British Shamanic Association”という怪しげな協会のウェブページが開かれている。トップ画は呪われし人形。気味が悪い。
いかにもヤバい宗教団体が馬鹿げた予言を発信していそうだが、恐らく、正式な国際学術団体が運営しているものである。禊力や妖力を使って発動させる術は、”Shamanism”と呼ばれる歴とした学問で扱われるうちの一分野らしい。大妖怪ギツネが言っていた。本場はイギリス。次点で日本。
写魏もあれで研究者だ。最新論文でもチェックしているのだろう。ルールにはともかく、学問に向き合う姿勢は真摯だ。僕も見習わなければ。
婀歴もベッドに腰掛けた。頬が上気している。
「完全にそ、そういう目的と思われましたよね……へへ」「なんでだろ」
「な、なんでですかね……春だから? ほら、シーズン到来、的な……」
「開幕はしてますね。クライマックスシリーズはまだまだ先ですよ」
「そう。まだ先だって。私たちにはまだ早いって。さ、弁当食べよう。日文さまの鉄火丼美味しそう」「オニオンサーモン丼も美味そうだな」
壁に立てかけられた折り畳み机を広げる。買ってきた海鮮丼を四つ並べた。一応、マクラの分も用意してある。部屋には電気ポットと粉末緑茶もあった。湯を沸かす。
写魏と二人で机を囲んだ。「ほら婀歴さん。いただきますしますよ」と催促する。にもかかわらず、婀歴はベッドに居座ったままだった。アホ猫ではない、頭を優しく包み込んでくれる方の枕を抱え始める。
あそこだけ空間がピンクだ。
「あ、当瀬さん」「はい」
「付かぬことをお伺いいたしますが、その、えっと……はぁはぁ、はぁ」
「落ち着けって橋絵」「落ち着いてください。深呼吸して」
「スー、ハー。スーハー。ひっひっふー。はい。はい! 当瀬さん。付かぬことをお伺いしますが!」
「ひょっとしてまだ落ち着いてませんね?」
「戦績についてですが! ワンゲーム何本くらい打てますかっ!!」
「………………」
右も左も分からない新人記者による、ド派手な選手インタビュー。
石像と化す。骨の暴走で肉がカルシウムに置き換わったのか、と疑うくらいに固まった。ピクリとも動けない。美術のモデルバイトが出来そうだ。
静止する体とは裏腹に、魂が慟哭を上げる。
戦績とかありませんけどぉ!
そもそも出場経験がねえ!
拝むしかない甲子園!
心のままに叫べたら楽だったに違いないが、悲しきプライドに阻止された。情けないにも程がある。真島柿は、こんな僕を許してくれるだろうか。
「あ、あの。な、な、なんなら、満塁ホームランを決めていただいても」
「婀歴さん黙ってくれない? 本当に勘違いしますよ」
「へ、へへ。勘違い。か、かかか……」「カカ◯ット?」
写魏の口が戦士の名を刻む。元々有って無いような雰囲気を、ぶち壊しに来てくれている。グッジョブだ。「は、はひ?」と婀歴が壊れた。
「僕はベ◯ータ推しだな」「私はフ◯ーザさま」
「へ? え? ぴ、ピッ◯ロかなぁ……」
流れが変わった。ドラ◯ンボールは偉大である。渋々と立ち上がり、ヨロヨロ机まで歩く婀歴。狙いが外れたという顔だ。
三人で昼飯を食べ始める。港街ほどではないが、魚はとても新鮮だった。猫又の里とは異なる。ランダム発生するゲートとは異なり、「祓い場」の出入り口は札で人為的に作れる。当然、物の流れにも違いが生じる。
マグロに山わさびを付けた。
「本題に入りましょう」「えーと。な、なんでしたっけ」
「火鼠たちから聞いた話を、この後のミーティングでどう伝えるかです。僕らの推測も交えて」
「奇抜な魅せ方が必要。橋絵の腹をホワイトボード代わりに使うとか」
「ま、前に上止さんと花瀬さんにやられましたけど。しばらく文字消えないんですよ。あの後一週間あだ名が付きました。『腹だけ芳一』。へへ」
悲しいエピソードだ。訴えた方がいい。
「まとめます。僕たちは、あの妖怪どもに二つ質問しました。黒い口の化け物との関係と、他の仲間の有無です。そして、良くないモノを練り上げて、あの化け物を作り上げたのが奴らだということ。仲間がいるかどうかには答えてもらえませんでしたが、しかし、いそうではあることが判明しました」
「ごめん、追加のガリもらってもいい? 橋絵」「は、はい」
「目的は人喰い。化け物の食道は奴らの胃袋と繋がっていたらしい。良くないモノは痕跡が残らない、便利だと好んで使用していたようですが。奴らはどんなメカニズムで良くないモノから化け物が生まれるのか、化け物が喰った人間の栄養素が自分たちに届くのか、ほとんど知りませんでした。教えられた妖術を発動させていただけ。教えた誰かが裏にいた示唆です」
「でも記憶にロックがかかっていた。具体的に誰が教えたのかは聞き出せなかった。脳自体に妖術がかけられていた。被術者に自覚はなかった」
「その通り。奴らの協力者は厄介にも、術の知識及び腕前は相当のものでしょう。単独なのかグループなのかは不明。で、これが一番の問題なのだと思いますが。自宅内『失踪』事件では、今まで十件三十人の被害……先ほどのものを合わせると十一件三十三人の被害が起きています。なのに、あの三人組の妖怪どもが関わっているのは二件五人のみ。爪を五枚剥ぎ、タマを一つ潰しても、主張は変わりませんでした」
「ほ、他にも、口の化け物を操って、人を喰らわせていた残酷な輩がいるってことですね。多分複数。黒い口の化け物の作り方、妖怪世界でも禁術指定まっしぐらだと思うんですけど、それをVOTEの参加者に流すような不届き者がいるんですかね?」
「現時点では断定出来ませんが、僕はそう考えています。が、作り方を知っていたとして、VOTEの参加者に教える動機は分かりません。教えた側、仮に禁術者としましょうか。禁術者がもし同じVOTE参加者だったとして、他の参加者を強化する意義が分かりません」
「人喰いの犯罪者にして、祓い屋に退治してもらいたかったとかは?」
「手を下した痕跡が残らない方法なのにか? 祓い屋の捜査は、はっきり言って進んでいなかった。暗中模索。真相に辿り着くまでかなりの時間がかかりそうだった。僕らが口の化け物に遭遇し、犯行現場を押さえられたのはあくまで偶然だ。人喰いに手を染めたVOTE参加者が指名手配されるのは、下手すればVOTE終了後だったかもしれない」「確かに」
「ひ、人を食べたいけど、自分一人だと不安だから仲間を募ってみたとか。ど、どうですかね?」
「可能性の一つとしては十分考えられますけれど。身バレを防ぐために自分に関する仲間の記憶を封じてしまう周到さ、用心深さとはそぐわない気がしますね」
三人で考える。文殊の知恵は浮かばない。止まっていた手を動かして、マグロの切り身と酢飯を口に放り込んだ。美味しい。
写魏は、スマホでミーティング用スライドを作ってくれている。大変ありがたい。婀歴は、いつの間にかアボカドサーモン丼をほとんど食べ終えていた。「ごちそうさま」と言いながら、こちらを向く。至極真面目な表情だった。
何か閃いたのか。
「あ、当瀬さんっ」
「なんでしょう。動機の新しい候補思いつきました?」
「好きです。ラブ的な意味で。こ、交際を申請します」
まるで、真面目な会話が全カットされ、時空を飛び越えたかのような錯覚に見舞われる。僕は米粒を噴き出しそうになり、写魏はスマホをオニオンサーモン丼に落とした。
パシ絵……。




