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寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第二章 寄奇怪界

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マタタビ


 ゲートを潜り、妖怪の世界を通って、すぐ人間社会に戻ってきた。そこから少し歩けば、一番初めに夫婦が自宅内「失踪」した現場に着く。”Keep Out”のテープ代わりに、人払いの結界を作る術式が描かれた札が貼ってあった。意識しないと気付けない。

 近づき禊力を流し込んだ。認証される。結界の効果が一時解かれた。あの不法侵入常習犯らではないし(補足だが、少なくとも初犯ではないらしい)、うち一人はすぐ側にいるが、僕にも簡単な錠開けはすぐに出来る。一般人の民家くらいは余裕だ。

 三人で家に足を踏み入れる。途端、ひどく物悲しく感じた。持ち主がいなくなってからすでに一ヶ月。空間そのものが、寂しくて泣いているようだった。


「家の造りには、特徴はほぼないな」

「そ、そうですよね。妖魔の類を引き寄せそうな風水じゃないと思います」

「風水とかはよく分からない。良くないモノが蠢いてるとしか」

「写魏さん。ひ、人が食べられてますから、当然なんじゃないですかね……」

「そうなんだけど」「でもまあ、一匹捕まえてみるか」


 禊力を手に纏わせ、床を這い回る良くないモノを掴み取った。隈なく眺め回す。普通の個体だ。握りつぶした。生かして得られるものはない。


「よく触れる。そんなばっちいの。ゴキブリと同じ類でしょそれ」

「ゴキブリとか言うな。触れなくなるだろうが」

「わ、私は、結構可愛いと思ってますよ。ゴキちゃん。彼らも、必死に、生きてますから」

「なんで葉友梨が橋絵の研究室でお菓子食べるか分かる? 食べカス落としてゴキブリ呼んでも罪悪感湧かないの。たかが同類と思ってるから」

「あ、あはは……」


 婀歴は乾いた笑いを上げた。彼女のどんよりした空気に惹かれたのか、良くないモノがゴソゴソと集まってくる。立ち尽くす彼女の手を引いた。


「行きましょう」「えっ、あっ、はい」


 玄関からリビングへ赴く。夫婦が妖怪に喰われ、「失踪」した場所だ。壁に血の染みがついていた。変色はしているが、保存のための術がかけられており、腐ってはいなかった。見に行こうと足を動かす。

 手を引かれた。


「あの。解放してもらえませんか?」「あっ……あっ!? ご、ごめんなさいっ」

「顔赤いよ? 飲酒してきた?」「まだ十九じゃないですか、私たち……」

「じゃあ熱でもあるの?」「いや、あの……熱に浮かされてはいるかも……」

「浮いてはいるよ。いつも」「え、えへへ……」


 婀歴は恥ずかしそうに頭をかく。お前には言われたくない、くらい言い返せば良かろうに。隣にいる奴は、重要施設たるメインコンピュータルームの鍵を実験器具として捉え、かつ年下を突然神と崇め出す女である。

 婀歴が浮いているならば、写魏はオゾン層を飛び越えたのち空中分解している。

 血痕の形を観察してから、床に二つある白いバッテン印に視線を向けた。夫婦がどこで喰われたのかの予測ポイントだ。発見直後、大量の血と、それに塗れた髪の毛がたくさん落ちていた箇所と資料で説明されている。さすがに掃除されていた。写真はきちんと撮られている。グロテスクだ。夥しい数の良くないモノも写っていて、気味が悪い。

 ぐるりと部屋を見回す。ここで上からガブリとやられた。妖怪の大きさは210センチ以上ある。天井の高さは250センチであると考えると、並外れて大きな体躯と言うわけでもなさそうだ。口は大きいだろう。食事時に流出した血と髪の毛の量を見るに、唇はないと考えられる。

 歯茎の妖怪か?

 小さく呟いた。


「真島柿のケースとは、一見して全然違うな」


 だからと言って、無関係とは限らない。共通点はある。どちらにも、加害妖怪の痕跡が残っていないのだ。剥き出しの口で人を喰えば、血や髪とともに唾液が外に流れ出るはず。それが、綺麗さっぱり被害者の体液しか検出されない。人体模型が犯人なのかと吐き捨てたくなるくらいに。魂を喰われた真島柿に「歯形」が見当たらなかったのとよく似ている。

 いや。過度にアナロジーを当て嵌めようとするのも良くない。真島柿の事件については、先ほど新たな可能性が浮上してきた。何かしら仕事はしておこうと思っているのか、婀歴は机の裏を覗き込んでいる。彼女は言った。VOTEを創った伝説の吸血鬼なら、跡を濁さず魂を奪えると。

 もし吸血鬼が犯人だったとして、動機はあるのか。真島柿と吸血鬼は、真島柿と大妖怪ギツネよりもさらに無関係に感じる。手段を保有しているかと実際に行動に移すかはまったく次元の違う話だ。インセンティブの有無は非常に大事なのだ。「どうやって」の探究も「どうして」の追及も、どちらも疎かにしてはならない。だが、今のところ婀歴のくれた情報しかまともな取っ掛かりがないのも事実。性急にもなる。点と点を強引に結びつけようとしてしまう。

 本当は、「『歯形』を残さずに魂を取っていく方法は確かに存在するらしい」くらいのことしか現時点では分からないのに。

 悩み詰まってても時間の無駄だ。


「よし」


 手を叩く。


「次行こう」


 世間的には不幸なのだが、僕にとっては幸運にも、自宅内「失踪」事件のサンプルはまだたくさんある。焦らず観察を続けるべきだ。同行者の二人も賛成してくれた。

 二つ目の目的地へ向かう。もちろんゲートでショートカットだ。歩く途中、『うにゃあ』という声が内側で響いた。


『おはようだぞ』「おはよう。もう十時だ。最近夜更かしが酷いな」

『打倒石済灰學』「ずっとあのゲームやってるよなお前。飽きないのか」


 いつものようにマクラと喋ると、写魏から胡乱げな目で見られた。

 そうだった。収納状態のマクラの声は、僕以外に聞こえない。夢中で独り言をしている恥ずかしい奴と受け取られてしまうのだった。胃がキュッと締め付けられる。吐きそう。

 VOTEに詳しい婀歴は理解してくれる。


「舞姫ちゃん……マクラちゃんと、話してるんですよね。は、ハンズフリー通話みたい」

「近代的で素晴らしい言い訳ですね」

「それ知ってる。ワイヤレスイヤホン使うヤツ。卯架が片方落としてキレてた」

「わ、私の部屋に……一つ落ちてたんですけど……」

「うわ。言いがかり付けられそう」「僕から渡しときましょうか?」


 戯ける。


「出会い頭に鼻に突っ込みます」「ぶふっ!」


 写魏が吹き出す。


「耳より安定しそう。絵面最悪だけど」「鼻から音楽が聞ける新時代に突入だ」

「そういう術作れないかな? 真っ先にコード化してあげる」

「自分たちで試せよ」「くく。祓い屋イグノーベル賞は私たちのもの」

「それよりも。ネタなし本格『ハナホン』でグッドデザイン賞を目指そうぜ」

「どこが。どこがグッドなのっ!? うぷぷ、くくくっ」


 爆笑する写魏。


「そ、そうですよ。鼻から音楽聴きながら駅や街を練り歩くのなんて、もう拷問じゃないですか」

「問題は呼吸ですね」「見た目でしょっ!」


 ずっとボソボソ声だった婀歴が、腹から大きなツッコミを入れてくる。「あっ」とすぐ口を押さえた。「す、すみません」と謝る彼女に、朗らかな笑みを向ける。


「いいじゃないですか」「とてもいい」「今日はツッコミ記念日ですよ」


 婀歴の反応は、ポカンとしたものだった。すぐに、ぎこちなくも嬉しそうに口角を上げる。微かに震える、しかし勇気の籠った声で言う。


「し、し、渋谷中の若者が」「渋谷中の若者が?」

「み、みんな当然みたいな顔で……鼻から音楽聞いてるの見てみたいです!」

「いいですね。僕も見てみたい」「ふむ。渋谷の常識を改変する術を考えよう」

「テロだ」「テ、テロです」

「ラブアンドピースでしょ」「魔法が解けたら絶対暴動起こすだろ」


 日本すべてが信用出来なくなって、そのまま独立宣言しそうだ。

 と言おうとしたが、急に鼻へと届いた独特な香りに遮られる。眉を顰めた。なんだこの匂い。


『クンクン』「僕の鼻を勝手に使うな」

『気持ちいーぞ……なんだこの香ばしさ。あっちだ、あっちだぞ!』


 体の支配権がマクラに乗っ取られた。走り出す。


「おいっマクラ!?」「ど、どうしました!?」

「アホ猫に操縦されてるんです!」「えっ」「待って日文さま」


 フラフラ駆ける僕に、二人もついてくる。行き先にゲートがあった。もちろん予定経路とは違うものだ。立ち止まれず潜ってしまう。すぐ振り返ったが、ちょうどゲートが閉じるタイミングだった。

 とはいえ、写魏と婀歴は後ろにちゃんといた。ホッとする。


「これ」


 写魏がはたと気づく。


「マタタビの匂い」「なるほど、バカ猫が酔うわけだ」

「…………にゃん、にゃん、にゃん……」

「こ、声が聞こえません? 女性の……って……」


 嬌声。薄暗い道の、その角の向こう側で、一匹の猫又が、異性を相手に営業活動(・・・・)していた。営んでいた。マタタビは、雰囲気作りの道具だったらしい。

 空気が凍る。女性二人が硬直する。僕だってやばかった。全員で回れ右。逃げる。とにかく逃げる。なるべく距離を置きたかった。ゲートを探す。見つかった。

 猛然と通り抜ける。

 人間の街に出た。知らない場所だ。荒く息を吐く。地面に膝と手を突いた。「なんだったんだよもう」と文句を垂れる。二人の同行者と目が合った。すぐ逸らされる。僕も逸らした。

 民家とアパートに囲まれた坂。周りには誰もいない。地図アプリを開く。目的地たる事件現場のどことも離れた位置にいた。罪を背負うべきマクラの意識はドロドロに溶けている。責任能力はなさそうだ。元々脳がスライムという説もある。


「はぁあ」


 寝転がりたい気持ちを抑えて、立ち上がった。


「ん?」


 坂から降りた先の道を、黒いモノが横切る。ゆったりと進んでいく。

 濃い死の気配を放つ、二メートルを超える化け物。

 自分の感覚を疑った。あいつ、唇がない。黄ばんだ歯が晒されている。


「ハナホン」は昔からネタとしてあります。

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