イメチェン
婀歴橋絵から話を聞いたのち、史引先生に現場調査を申請した。祓い屋の同行者をつけるという条件で、自宅内「失踪」の現場訪問についてはすぐ許可が下りた。が、奇病にかかった資産家宅は無理だった。昼飯を食べてから、「祓い場」を出て自宅に戻る。もう一度、真島柿の魂喰らいに関わりそうな事件の資料を読んだ。新しい発見はない。
戦後最大の大火災に纏わる資料もダウンロードされていたので、ついでに目を通す。死者数・重傷者数と焼け跡の映像しか公開されていなかったニュースと異なり、裏事情が盛り沢山だ。被害者の情報。人的資源の見地も含めた詳細な経済被害。備考欄に、リアルタイム報道で子供を連れた若い女性がビルの倒壊に巻き込まれた様子が映ったはずだが、死体は確認されてないとある。
特に興味を惹かれたのは、犯人たる妖怪、国畑がなぜ被害地域一帯を燃やしたのかの様々な考察だ。他の大妖怪との抗争説が最も有力らしい。それで、周囲を燃やし尽くすほどに追い詰められた。だとしても、国畑と戦った妖怪の形跡はどこにも見当たらないそうだ。痕跡は燃やし尽くされたか、あるいは痕跡を残すことなく国畑を圧倒出来るほどの強者だったか。
白々燐に電話する。
「もしもし」『……なによ』
「国畑って知ってるか?」『腹立たしい名前が出てきたわね』
「不機嫌そうだな」
『五年前に奴の大捕物があって。棟梁の葉流さん主導でね。私も参加した。失敗したけど。甚大な被害をもたらされた上に逃げられた。万全の体制だったのに』
妖怪の世界でも大犯罪者扱いなのか、国畑は。しかも相当の実力者らしい。灰學が出向くわけだ。少し心配になる。無事でいて欲しい。
「燐。今のお前なら、戦ったら圧倒出来るか?」
『無理よ。悔しいことに。そりゃあの時よりはずっと強くなってる自信もあるけど、向こうのが格上。国畑は強過ぎる。あの伝説の吸血鬼ならば、もしかしたら圧倒出来るかもってところかしらね』
「吸血鬼といえば、VOTEの創始者か」
『ええ。会ったことはないわ。でも噂には聞く。噂が本当なら、国畑でもすんなり倒せるでしょうよ』「大妖怪ギツネはどうだ? 国畑に余裕で勝てると思うか?」
『いいや。九さんでようやく互角』
「大妖怪ギツネでようやく。彼は大捕物に参加してたのか?」
『してたけど、上手く避けられてたわね。リーダーならともかく、部下としての作戦行動とか苦手でしょあの人。周りと連携が上手く取れてなかったわ』
「そんなズボラさで、常識を学ぶのは大事とかよく言えたものだな。あれに教えられた『人間界の常識』とやらに不安が生じてきた」
『本当にその通りね』
笑い合う。しばらく雑談したのち、朗らかな雰囲気のまま通話を切った。次に、猫又のお母様にも電話して、同じ質問をする。「まともに戦ったら多分互角」とのことだった。彼女も大捕物に参加していたが、大妖怪ギツネと同じく敬遠されたようだ。
『それより、猫又の里の新しいキャッチフレーズを考えたんだよ。聞いてもらえないかな』「なんでしょう」
『Catお願いします』「……床屋?」
馬鹿馬鹿し過ぎて、理解するのに時間がかかった。
僕がお母様に勝てたのは、精神牢獄という奇襲が成功したからに過ぎない。実力では負けている。事前に策を練りまくり、かつ灰學や白々燐と協力すれば「まとも」に戦えると思うが。
とにかく、国畑は大妖怪ギツネやお母様レベルの化け物である。大火災の事件へと、自らいたずらに首を突っ込むのは控えよう。命を無駄にしたくない。ただ、もし祓い屋側から協力要請があり、灰學と組めるのであるならば、白々燐とお母様にも救援を仰ぎ、知も出し尽くして、僕の全力で以って臨む。
翌朝。春休みは四日目となった。
今日明日と、自宅内「失踪」事件の現場訪問を行う。九時にインターフォンが鳴った。扉の向こうに、活発な陽の気を見る。祓い屋だ。つけると言われた同行者のお出まし。別に知人である必要はないが、話の通じる人間だったらいい。
扉を開く。女が二人いた。プラチナカラーと山吹色が目に入る。知人だ。
「写魏と」
もう一人に視線を向ける。紺色のレディーススーツを着込む写魏と異なり、とても華やかな格好をしていた。髪型はウルフカット、キュートな顔によく似合うメイク。服はゆったりとした薄いベージュのセットアップ。Vネックから覗くインナーは真っ白だ。肩にかける薄ピンクの小さなバッグが、とても可愛らしい。
「婀歴さん?」「えっ!?」
写魏がギョッと目を瞠る。婀歴は表情を明るくした。
「わ、分かってくれました?」「見違えましたね。昨日と今日で」
「ホントに婀歴なの? えっ? えっ? なにその変わりよう」
「そ、そうですよ……もしかして写魏さん、気づいてなかったんですか? もう十年も一緒にいるのに……き、傷つきます」
「ごめん。さっきからずっと誰なんだこいつと思ってた。日文さまの同行に立候補した時、もう一人いるとは聞かされてたけど、名前は言われてなくて。だって。あまりにも変化し過ぎじゃん。イメチェン? なんで今頃になって?」
「あっ、ななんとなく? というか。日文さまって?」
「彼は私の神」「かっ神!?」「神?」
写魏は両手を組む。祈りを捧げられた。一瞬揶揄われているのかと思ったが、どうもそうではないらしい。本気も本気だ。信心を向けられている。
なぜだか気恥ずかしさでいっぱいになる。幸い、周囲に人はいない。が、このまま放っておくとイスラム教の礼拝的なものを始めそうだ。
口を開く。
「一回部屋に入るか? それとももう出発する?」「どうしよ婀歴」
「部屋……当瀬さんの……! っ、出発しましょう……はい」
格好は快活なのに、口調は昨日と変わらず落ち着きがない。外見だけ整えたハリボテという印象を受けるが、黙っておく。ちゃんとしようとする努力は伝わってくる。いつか実るだろう。
アパートを出た。今なお発生している自宅内「失踪」の現場は、全国各地に散らばっていた。公共交通機関では巡礼に何日もかかる。だからゲートを利用する。マクラから借りておいたスマホを眺めた。表示されるゲート情報から、最も早く行けそうな所に目星を付ける。
すぐに歩き始めた。後ろから会話が聞こえる。
「橋絵、お前仕事引き受けがちだし、忙しいはず。どうして同行に志願したの?」
「またすぐに、会いたくって……けほっ。た、ただの気まぐれです」
「不審者探し、は本職の担当がいるからいいとして。卯架のスピーチ動画五本に英訳つけろって頼まれてたよね。無料で。終わったの?」
「そ、それはもう。ばっちりやりました。えへへ。花瀬さん、大事な友達です」
「絶対自分でやるべきって作業でもないけど、だからって同僚を扱き使っていいことにはならない。あれは溜め込んだ卯架が悪いんだから。ちゃんと突き返さないと、いつまでもネチネチと付け込まれる」
「ご、ごめんなさい……」
「謝られても、私はお前を守れない。『正義ぶっちゃって』って言われる。つまりからかいいじりのネタとして、最凶の手札を与えるでしょ? 私だって人のこと言えないけど、卯架と葉友梨は私以上にクズだから。詛璃はよく分からないけど」
「……根守さんは、いい人ですよ」
ドロドロしたムードだ。湿気を感じる。もう六月かと勘違いしそうだ。空気を変えるべく、「婀歴さん」と会話に割り込む。
昨日の電話で白々燐が少し言及していた、VOTE創始者たる吸血鬼の凄まじい能力について聞きたい。
「伝説の吸血鬼と言われたらすぐピンと来ます?」
「は、はい。一番好きな妖怪ですので。結構詳しい方だと思います」
「ちょうど良かった。その吸血鬼に、こんな技使えたりします?」
まさかなと笑いつつ、質問を続ける。
「視界に入れただけで人の魂を喰らえるとか」
「よ、良く知ってますね。証拠がほとんどないからマイナーなのに」
婀歴はコクコク頷いた。
「でも、『只人なら見ただけで魂を奪えると彼女は豪語した』というニュアンスの文章を記すメモが残っていたはずです……ひ、一つだけですけど」




