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寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第二章 寄奇怪界

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悪は滅びた


「で、上止は何しにここへ? クラッキング出来るコンピュータシステムをお探しなら来る場所が違う」「失礼しちゃうわ。私をなんだと思っているの?」

「モンスタープログラマー」


 片手腕立て伏せをしながら、準備体操中の上止と会話する。「誰がモンスターですって?」と睨まれた。優しげな顔立ちと垂れ目のせいでまったく迫力がない。


「休日に運動しに来ただけだわ」「そうなのか。てっきり研究室浸りの人種かと」

「違いますー。術の解析もコード弄るのも楽しいけど、ちゃんと真っ当な人生も謳歌してるから。良い人生のために健康も追求してますから。彼氏いないけど。日文君は、私のことどう思うかしら?」

「死ぬ前に自意識をソフトウェア化したいという野望は?」

「無視しないで。抱いてないわ。詛璃(のろり)ちゃんじゃあるまいし」

「根守さんが? 意外だ」「なんで詛璃ちゃんはさん付けなのよ」


 自然と敬称が引っ付いていた。なぜだろう。


「それに意外だなんて。えこ贔屓だわ。あ、一番スタイルがいいからね?」

「違う。違うから」「はいはい男の子男の子。あー面白くないわー」


 ベターッと開脚前屈しながら、上止はそう呟いた。耳に届くかどうかくらいの音量だったにもかかわらず、本当に面白くなさそうな声音だと分かった。罪悪感が掻き立てられる。自分の在り方に自信がなくなってきた。


「すごい柔らかいですね。しなやかでかっこいいです」


 とりあえず敬語で褒めておく。「あらどうも」とそっけない。罪の意識は燻り続ける。もっと持ち上げた方がいいのだろうか。過度に讃えるのは逆効果と大妖怪ギツネから聞いているが。

 どうすればいいかと相談したい。猫の手も借りたい気持ちだ。隣でけん玉に励むマクラを眺める。露骨に目を逸らされた。自分の力だけが頼りだ。仕方ない、昨日事後処理を任された掟破りな錠破りのフォローでも入れようと口を開く。


「ねえ」


 あれはあれで、今あるセキュリティに警鐘を鳴らすとてもいいリサーチテストだった、これからもグループの方向性を見失わないで欲しい。思ってもないことを喋り倒す寸前に、上止から話しかけられる。


「なんだ?」「不審者見てないかしら?」「不審者?」


 藪から棒の質問だった。尋ね返す。


「どうしてそんなことを?」「昨日、『祓い場』に不法侵入者が現れたみたいで」


 不法侵入者。反射的に「君らか?」と言いそうになったが黙る。


「私の担当じゃないんだけど、なるべく情報を集めて欲しいと言われてるの」

「僕は新参者だ。予習課題として『祓い場』の戸籍表が与えられたならちゃんと覚えてくるが。不審者がいても分からない。むしろ疑われる立場だろ」

「六角堂から入ってきたんでしょ?」「そうだが」

「なら大丈夫だわ。記録が残ってるから。まあ、怪しい挙動をしている人がいたら教えてちょうだいな」「怪しい挙動ねえ」


 天を仰いだ。灰色の屋根が目に入る。穿った見方をすれば、どんな挙動も疑ってしまえる。というか、オートロックのかかった深夜の教育棟に男子トイレの窓から忍び込む以上の怪しい挙動などそうそうない。まだ通報するかどうか悩んでいる。

 スクワットする膝を止める。流しそうになったが、どうも引っかかる物言いだった。


「ちょっと待て。あのエセ六角堂以外から『祓い場』に入れるのか?」

「普通は無理だわ。内と外の境界がしっかりしてるもの。でも」


 咎めの視線を向けられる。


「昨日の午後は別。穴が開いちゃってたから。どこかの誰かさんたちが好きに暴れちゃったせいで」「責任は史引拓哉という男にある」


 断固として主張した。本人から言質も取っている。

 上止は肩を竦める。こう言いたいのだろう。責任問題はそれでいいけど、反省の態度くらい見せたらどうだと。不要不急の謝罪は弱みとなる。そもそも犯罪の証拠を謝りもせず隠蔽しようとしたのはどこの誰だ。お前らだ。

 怒りを抑える。冷静になるために考える。

 不審者とは結び付かなかったが、結界の穴から侵入してきたのかもしれない存在なら心当たりがある。昨晩の906番に似た気配だ。カンでしかないが、祓い屋やそれに類する者とは思えなかった。

 伝えた方がいいか。ニアミスした時間と位置を話す。上止は、興味なさげに聞いていた。「メッセージは送っとくわ」と言ってスマホを取り出す。不審者探し担当の祓い屋と知り合いなのだろう。


「あそこの少年少女三人はここの住人だろ。聞いておけばどうだ?」

「誰かしら? 的乃ちゃんなら覚えてるんでしょうけど」

「苗字は姫毎(きいつも)と名乗っていた」

「ああ。結構有名な家ね。髪色が変わってないわ。若いわね。中学生かしら」

「そう言ってたが。髪色で分かるのか?」

「禊力を日常使いしてるとね。並程度の才能じゃ、髪がガラッと変色するのよ。体に負担がかかるのかしらね。『覇人』とかは全然変わってないけど。昔は恥として染めてたらしいわ。でも最近はアイデンティティ化してきてて。みんなそのままにしてるのよ」

「なるほど。花瀬は桜色、根守さんは藤色。あなたは黄緑色。妙にカラフルだと思った。写魏は?」

「あの子は元からプラチナだったの。禊力が使えるようになってからも変わってないわ。鈍臭くて、禊力の才能は中の下だけど。アルビノだと勝手が違うのかしらね。当瀬君は? やっぱりナチュラルに黒なの?」

「染めてる」「えー。『覇人』と戦えるのに?」


 けん玉を頭にぶつけるマクラを指差す。


「こいつに寄生されてから、髪の一部が銀色になったんだ。それまではちゃんと黒色だったのに。どんどん進行してる」「あはは」

「止められないのか?」

「どうなのかしら。専門外で分からないわ。友達にVOTEオタクがいるけど。婀歴(あれき)橋絵(はしえ)。橋絵ちゃん、不審者探しの担当よ。人が良くてなんでも引き受けちゃうの。会ってみる?」

「忙しそうだが」

「あはははは! 大丈夫だって。頼めば時間を捻出して絶対会ってくれるわ。魔界と化した研究室の片付けも無償でやってくれるもの。通称『パシ絵』ちゃん」

「お前最悪か?」


 人間性を疑う発言だった。婀歴橋絵は、間違いなく苦悩と我慢を溜め込むタイプだ。もう爆発寸前なのでは。迂闊に手を出したくない。が、上止は勝手に連絡を入れてしまった。


「明日の午前十時はどうかしら?」「空いてるけれど」「はいOKっと」

「なあ。可哀想じゃないか?」

「平気だって。いい子ちゃんにはいい子ぶるための口実が必要なんだから」


 愕然とした。徹底的に道徳が欠けている。養育施設育ちで社会常識が不足しがちな僕の目にもダメだと映った。

 説教してやる。


「よく聞け。イエス・キリストは言った。汝の隣人を愛せよと」

「ならマクラを愛せよ」「黙れ駄猫」

「愛着ならあるわよ。だって便利だもの。便利過ぎて一生飼いたいくらいだわ。奴隷として。ところで姫毎の子たちは、さっきから何をしてるのかしら?」

「ヨーヨーだが」「子供っぽいわねぇ」

「あっ」


 姫毎奈図十が操るヨーヨーの紐が切れた。飛んでくる。まるで吸い込まれるように、上止葉友梨の顎にクリーンヒットする。急所に当たった。

 上止は倒れた。


「うわあっ!? ごっ、ごめんなさい!」

「謝る必要はない。これは天罰だ」


 少年を諭す。


「悪は滅びた」


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