ピエロ
第一グラウンドを訪ねる。設備が整っているという話だった。なるほどその通りだ。まず屋根付きなのである。雨が降っても快適。
また鉄棒、バスケットボールやサッカーのゴール、卓球台、体操競技用のマットなどなど、スポーツに必要な道具がたくさんある。倉庫にテニスやバドミントンのネットが保管されているらしい。窓口で申請すればラケットやボールを借りられる。
無料ではない。妖怪も人間も、一人当たり0.7ポイント取られる。町代たちに加え、ついてきた少年少女三人分も払った。見栄を張ったのだ。手帳のポイントがかなり減っている。残り約15。聞き取り調査のバイトに期待だ。
スポーツウェアとシューズを借りるのに、追加料金はかからなかった。男女に別れて着替える。が、僕とマクラは離れられない。マクラには右手に入ってもらって、最初に僕が着替える。次にシャワールームに行く。マクラには個室に入ってもらい、そこで着替えさせる。かなり手間だ。
グラウンドに行くと、他のメンバーはすでに集まっていた。
「人が結構いるな」
「午後にはもっと増えますよ。地下のプールとカラオケが特に」
「カラオケ? もはやレジャー施設だな」「娯楽は大事ですよ」
「実は。闇の地下二階には賭博場。幻の地下三階には賭け闘技場があります」
「マジだぞっ!?」「ええ、怖いなぁ……」「ほんとなのっ!?」
「亜美々さん。ウチのアホ猫と正直者が信じちゃうから嘘はやめて欲しい。お宅の妹さんも騙されてる」「わたしが姉よ!」「戸籍上はね」
間違えてしまった。双子なのだから誤差ではなかろうか。そう思ったが、姫毎梨沙々にとって自らが姉だという事実は非常に重要と見える。ならば何も言うまい。
アイデンティティ確立の仕方は人それぞれである。
「あと、亜美々さんなんて他人行儀に呼ばなくていいですよ。アミちゃんで」
「僕はナズと呼んでくだされば」
「わたしは、特別にリサ様と呼ばせてあげてもいいわ!」
「リザー◯ンと呼んであげてください」「なんでよ! あんなに厳つくないもん」
「ヒ◯カゲって感じだが」「それはそれで癪!」
結局「リサちゃん」で収まった。僕や町代、カムイはさん付けだ。マクラは「猫ちゃん」となったが。「四足歩行扱いするな」と怒っていたものの、可哀想にもシカトされる。絶望的に威厳がない。黙ってれば神秘的な美人なのだから、ガムテープで口を閉じてやった方がむしろ彼女のためではないのか、と真剣に悩む。
準備体操してから、町代のトレーニングを開始する。ここでアグレッシブな技は危ない。禊力の操作性を上げるため、禊力玉ジャグリングの練習を行う。
手本を示した。
「わーピエロみたいだね!」「日文は普段から結構ピエロだぞ」
「マクラ。その評価は腹立つ。言っとくが人は皆、何かしらの道化師だからな」
「当瀬さん深いです!」「心のノートにメモします」
「二人とも。なんでこんな奴のヨイショしてるのよ! バカみたい」
「ぷふ。マクラはバカだけど知ってる。みんな自分のチンケな部分を隠そうとしてるんだぞ。虚勢のピエロなんだ。マクラもお母さまも、日文も。お前も」
「何よ猫のくせに! あんたちっとも隠せてないじゃない!」
「なんだと! マクラは可愛いだろうがっ」「わたしも可愛いから!」
マクラと梨沙々が言い合いを始めた。しみじみと感じる。喧嘩なる事象は同じステージの者同士でしか発生しない。
町代は自分の手を見る。指をフラフラと動かす。すぐに首を振った。
「当瀬くん。今のすごかったけど、私にそれは無理だよ。ただのお手玉で二つが限界だもん」「禊力玉二つで出来るか?」
「うーん。やってみる」
町代はそう言って、左右の手に紫色の玉を作った。右手から放り投げる。線香花火が如く弾けて、すぐに消えた。儚くて美しいが失敗は失敗である。
「あ」「お手玉とは要領が違うんだ」
身体側の立ち回りについては置いておくとして。
現世の物質であるお手玉やジャグリングクラブは、一度手から離せば操作不可能だ。放り投げた後は地球の物理法則に任せるしかない。よって持ってる間の取り回しが重要となる。
一方の禊力玉は、体から離れたのちもある程度操作可能だ。繋がりを意識しなければ、維持出来ずに消えてしまう。お手玉みたく、投げてからは戻ってくるまで関与は無理という感覚でいると上手くいかない。
「難しいよ」「お手玉の延長で考えてたらな。実はヨーヨーの方が近いんだ」
「ヨーヨー。幼稚園以来やってないね」「持ってきたからちょっと練習してみ」
トートバッグからヨーヨーを六つ出す。町代に二つ渡した。「両手でやれと?」と頬を引き攣らせる。頷きを返した。
残り四つは、マクラと姫毎の少年少女で分ける。予備を持ってきて良かった。
「わーいだぞ」「ありがとうございます」「なんか子供騙しね」
「当瀬くん。バッグにけん玉も入ってるけど」
「これもいい練習道具だ」「うん。異様に紐が長いね。武器?」
「禊力操作トレーニングのため拵えた。特別製だ」「危なくない?」
無論である。手首のスナップを少し間違えるだけで、玉は顔にぶつかるだろう。禊力を身に纏って防御して欲しい。
「マクラそっちやってみたい」「振り回すなよ。この『流星錘』」
「流星錘って言っちゃってるし」
戦々恐々とする町代。ヨーヨーが手から滑り落ちる。ちゃんと戻ってきた。素質はありそうで何よりだ。姫毎の少年少女も挑戦している。意外にも梨沙々が一番上手い。
「ヒモがちゃんと巻けないわ」
「アミは不器用ね。リサに貸してみなさい。ナズも」「うん」
なんとも麗しい家族の愛情を感じる。僕の育った養育施設にはなかったものだった。いや、朧げだけれど、僕と906番の間にも似たようなものが芽生えかけていた気がする。花が咲く前に、終わってしまった。
昨夜の、彼女らしき気配はなんだったのだろう。
視界の端で、けん玉がマクラに衝突しまくっている。霊青線を辿って、痛みがこちらに伝播してきた。難儀なものだ。考え事をしているのに。
「いたい〜」「泣き言漏らしたいのはこっちだ。妖力で守れ」
「あっ」
マクラの手からけん玉がすっぽ抜けた。
空中を舞い、通行する女性の頭に落下する。鈍い音が響いた。
女性が倒れる。まずい。
「いいか皆の衆」
呼びかける。
「あの猫は知らない猫だ」
「無理があるぞ。糸で繋がってるのに。ほらほら。道連れだぞ」
悪魔的に笑って、マクラは霊青線をプラプラさせる。そうだった。こいつは僕の飼い猫だった。ペットの責任は飼い主の責任だ。僕の罪になってしまう。
何か、何か逃れる方法はないのか。
「いたた……」
女性が呻いて立ち上がる。死んではいなかったらしい。よし。「なるべく優しくして、訴えられないくらいに親密になる」の計でいこう。
「大丈夫ですか」「全然大丈夫じゃないわ。慰謝料を……え? 当瀬君?」
知り合いだった。クレイジーなプログラマー系祓い屋四人組の一人。黒をベースに黄緑の混じった髪。
「なんだ上止か。良かった」
心の底から安心し、ホッと溜息を吐く。
「あなたは一回くらい頭を打っといた方がいい」
「酷くないかしら?」
みんなピエロです。僕も。あなたも。




