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寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第二章 寄奇怪界

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証拠隠滅


「日文さまは神、あるいはそれに近しい存在。必ず私たちを導いてくれる」


 大きな期待が肩にのしかかっている。何がきっかけか分からないが、どうやら写魏に神聖視されているようだ。気分と足取りが重くなる。

 僕は今、彼女らとともに教育棟に向かっている。クレイジーなお姉様方四人の醸し出す悲嘆のプレッシャーに負け、不法侵入及びサイバー犯罪の証拠隠滅を手伝うことになってしまった。「研究費が削られちゃう」と泣きつかれて同情するとは、優し過ぎる自分が憎い。

 時刻は十六時半。灰學と会うまではまだかなり余裕がある。隠蔽工作を逃れる言い訳には出来ない。エレベータに入った。十八階まである。史引先生の研究室に行く時も思ったが、十メートルほどの仏塔でしかない外見とは、建築構造が著しく乖離している。

 メインコンピュータルームのある十五階まで赴く。深夜にエレベータは動かない。不法侵入の際は階段を使ったらしい。十五階。出会ったばかりの町代なら、途中で必ずへばる高さだ。

 写魏たちは、運動不足になりがちな研究職にしては健脚である。祓い屋として、最低限の運動は義務付けられているのかもしれない。


「ここ」


 指の差された先にあったのは、なんの変哲もないただの扉だった。一見してもメインコンピュータルームとは分からない。ドアノブに手をかけてみる。開かない。尋ねる。


「ロックがかかるのは夜だけじゃないのか?」「こっちはそうじゃない」


 写魏は手帳を取り出す。ドアノブすぐ上にかざした。カチャリと音がする。


「夜でも同じように開く」

「これの話じゃないのか。じゃあ奥に問題の扉があるとか?」「そう。あれね」


 部屋に入った。二十台ほどデスクトップパソコンが並んでいるだけだ。反対の隅にもう一つ扉がある。「あそこがメインコンピュータルームに繋がっている」と写魏は言う。


「仮にも『祓い場』全体のコンピュータ統括システムがある超重要施設。昼間でも、上級教員以上の権限を持ってないと入れない。しかも夜には完全ロックされて、誰も立ち入れなくなる」

「解錠コードを試す先として間違い過ぎているだろ」

「グループワークの成果発表間近、三徹明けで正常な思考力が失われていたのよ」「満ち溢れていた。もうなんでもこじ開けられるという自信に」

「代わりに未来が閉ざされかけているわけだが」


 呆れて返す。四人は祈るように手を組んだ。


「でも本当に開きたかったのは、人の心だったのです」「世界平和を目指して」

「誰もが分かり合える社会を夢見て」「アーメン」

「やめろ。お前らみたいなヤバい奴らの行き着く先はどうせ広域洗脳術だ。美辞麗句に酔うな。アジの開きでも作ってろ。その方が平和だから」

「まずはアジアから拓くと?」「違うそうじゃない」


 もうやだ。こいつらの相手疲れる。マクラの方がマシだ。小さな子供みたいに、ちょっと目を離すとゲームを始めたり漫画を散らかしたり小麦粉をぶち撒けたりするとはいえ、奴は頭のネジが外れているわけではない。

 もしやこの四人、強制解錠コードをまず自分たちの頭で試したのか?

 (うずくま)りたくなる。写魏に左手を引かれた。「早く来て」と催促される。渋々ついていく。メインコンピュータルームの前に立った。じっと眺めてみる。


「なるほど。部屋全体が厳重に固められてる。衝撃にも強い。もはや封印だ。君らのコードはこれを開けられるのか? 大したものだと思う」


 四人全員照れた。素晴らしいプログラミングコードを作り出す能力を褒めただけだ。人間性は褒められたものではない。優れた道具というのは使い手の倫理も大事なのだと、改めて感じさせられる。

 調子に乗り出す彼女ら、及び壁に寄り掛かってスマホゲームするマクラを尻目に、錠部分の術式を調べてみる。ガッチガチのセキュリティだ。僕なら開けるのに三時間はかかる。しかも開けられるだけだ。防犯システムの発動は逃れられない。手が汗ばんできた。

 緊張を紛らわすために雑談する。


「この部屋はどれくらいの頻度で使われる?」


 花瀬が答える。


「中学生が授業で使うくらいじゃない? 四階と六階により充実した計算機室があるし、九階には個室があるし、研究室に入ってる人は高機能パソコンが支給されるし」


 上止も頷いた。


「ええ。だから春休み期間にこの部屋を使う人なんてほとんどいないわ」


 逆に言えば、春休みにこの部屋を訪れる奴は普通じゃない。写魏と愉快な仲間たちの異常性はすでに理解している。構わず質問を続けた。


「中学生? 祓い屋も小中高システムを採用してるのか?」

「そうだね。教育棟の周りにも、いくつか仏塔があったじゃない? ここの斜め向かいが小学校、隣が中学校。ここは高校、あとコンピュータサイエンス系の高等教育施設も兼ねてるよ」

「祓い屋に適性のある、陽の気を扱える人間は珍しいんだろ? 個別教育でなく、小学校や中学校の形式を採用するほど生徒はいるのか?」

「いるよ。一学年に十五人くらいかな。能力の高い低いはともかく、陽の気を使えるかどうかは、ほぼ遺伝で決まるから。そりゃあもしランダムだったら、学校運営が出来るほどの生徒は集まらないと思うよ。でも家系図で入学適格者が分かる。祓い屋を輩出する由緒ある家が大体百五十ほどあってねえ。私の根守家もその一つ」

「お家の数が百五十。それで一学年に十五人? 子供が多いな」

「祓い屋は人と妖の境界を守る役目だからね。血を絶やしたら大変だと皆が分かってる。少子化の波は来てない」

「へえ。家同士で示し合わせて結婚とかあるのか?」

「昔はよくあったらしいよ。でも今はどうだろう? 恋愛ファーストじゃないかな? マト、どう?」「なぜ写魏に聞くんだ?」

「この中で一番大きくて古風なの、マトの家だから」

「私の従兄が井ノ堀家とお見合い結婚だったんだけど」

「お見合いなら祓い屋じゃなくてもある。たまに。すでにマッチングアプリが幅を利かせてきてるが」

「外面上『お見合い』ってことになってるだけ。私の従兄、禊力椽転がすごく下手クソ、機転も悪いクセして、現実が見えてない。顔も良くない。あれとお見合わされでもしたら、私なら唾を吐く。結婚などもってのほか。絶対に政略結婚」

「散々な言われようだ」

「あっ。ひょっとして結婚という(てい)の終身刑だったのかも。井ノ堀家のお嬢様が犯した罪の罰だった説」

「韓ドラでもやらないだろそんな重いの。やらないよな?」「さあ」


 会話が途切れる。ちょうど、メインコンピュータルームの点検が終わったところだった。肩を回しながら振り向く。


「何か分かった?」「ああ」


 一先ず、毎夜の決まった時間に解錠される謎は解けた。端的に言う。


「プログラミングコードが付喪神化して定着している」


「花瀬」が「花織」になってたり、そういう間違いを見かけたら誤字報告していただけると大変嬉しいです。

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