不法侵入
すみません、写魏のルームメイトが「花織」になってました。正しくは「花瀬」です。
自習スペースは天井が高く、モダンなデザインの机も相互に間隔が開いている。オープンな印象の空間だった。隅っこに喫煙室がある。教員も利用するのか。
カフェも兼ねており、誰もが知る二つのチェーンが店舗を構えている。競争を誘発しているのだろう。値段は安いがどこかギスギスしている。
「仲が悪いので有名」「そりゃそうだろうな」
仲が良かったら談合を疑うべきだ。二手に分かれて注文する。一方に集中し、もう一方の店舗スタッフに恨まれたら敵わない。
「黒糖ハニープラスアーモンドミルクのオルゾラテ」
「日文が頼むのっていつも名前長いぞ」「常に最適解を探ってるから」
机はどれもコンパクトだ。六人席はない。三人席を二つ繋ぐ。座ってから、改めて顔ぶれを眺める。僕以外全員女子だ。マクラは除外するとして、四人の綺麗なお姉さん方に囲まれている。緊張せざるを得ない。
外見的特徴として、全員、ヘアカラーが常人とは異なっている。アルビニズムの写魏がプラチナなのはともかく、他の三人もだ。上止葉友梨は黒に黄緑、花瀬卯架は黒に桜、根守詛璃は茶髪に藤が混じっている。染めているわけでもなさそうだ。天然発色。
あと、何がとは言わないが、根守さんが特に大きかった。吸い寄せられる視線をどうにか逸らす。
ニマリと根守さんに笑われた。気づかれてしまったらしい。話しかけてくる。からかわれるかと身構えたが、別の話題だった。
「さっきのバトル見たんだけど、すごかったねえ」「そうか?」
「謙遜はよしなよ。あの『覇人』石済灰學と互角に戦える人なんて、戦闘専門でも滅多にいないんだからさ」「でも、灰學は本気を出してなかった」
「あれに本気出されたらここが潰れちゃうでしょ」
花瀬卯架がボヤく。まあ、少なくとも神の帰還と同程度のダメージはもたらしそうだ。根守さんが続ける。
「それに。君も本気じゃなかったよね」
「殺し合いでもなかったしな。一つ聞きたいんだが、ハジンってなんだ?」
「石済灰學の二つ名だよ」「二つ名だって? そんな恥ずかしい文化があるのか」
「恥ずかしい? 恥ずかしいの? 名誉じゃないかな。ねえみんな」
聞かれた他の三人は、「うん」「名誉だわ」「私も欲しい」と皆一様に好意的だった。なんてことだ。恐ろしい。高校では、そういう「またの名を◯◯」という発言を行う輩は白い目で見られていたし、それが世間のスタンダードだと思っていた。文化的差異を覚える。
「マクラも欲しいぞ」「じゃあニート猫」「ヨシ! じゃないっ」
「心配しなくても、当瀬君にもその内付けられるわ。二つ名」
「上止さん。どうにかして回避出来ないか?」
「『虚月』とかどうかしら」「『黒神』とかいいと思う」
「シンプルに『天無』は?」「シンプルを追求するなら『影驥』なんてどう?」
「あっそれ分かりやすい」
頭を抱える。高校生活で学んだ社会常識の基準に照らすと、あまりに痛過ぎるトークだった。
とはいえ、確かに僕は、バトルのクライマックスで、【朔】という「新月」「黒」「無」「影」を連想させる技を放った。もっと印象に残らないものにしておけば良かったと後悔する。そして「影驥」のどこがシンプルで分かりやすいのだろう。一行以内で簡潔に説明して欲しい。
マクラは、ストロベリークリームソーダを勢いよく吸った。
「いーなー。日文はかっこいいのがつけてもらえそうだぞ」
「かっこ良くてもマナー違反だ。お姉様方、この猫又に何かいいのを考えてやってくれ」
「うーん、強そうにも賢そうにも見えないけど」
「実際に弱いしバカだ」「でも可愛いじゃん」「猫又にしちゃ大きいよね」
「『イリオモテヤマ猫又』とか」「いいわねそれ」
「灰學もそう呼んだが。本当に一体、こいつのどこから西表要素が出てくるんだ?」「なんとなくかな」「なんとなく」「なんとなくだわ」
揃ってテキトーらしい。肩を竦める。沖縄の生物なら、ヤンバルクイナの方が合っていると感じる。天敵となる肉食動物があまりいなかったせいで飛べなくなった、という間抜けな進化がマクラっぽい。あれは猫じゃなくて鳥だが。
「話戻すけど。なんで『覇人』と戦ってたの?」
「特別捜査士の資格を得るため」「あっ。史引先生そう言ってた」
写魏は納得し、しかしすぐに首を捻る。
「なぜ特別捜査士の資格が欲しかったの?」
「……怪異絡みのとある事件について、詳しく知りたかったからだ」
少し濁して答える。写魏は「ふーん」と頷き、深掘りはしてこなかった。ホットコーヒーを一口飲んで、スマホを触っている。代わりに花瀬が口を開く。
「捜査資料を欲しがるってことは、それから何か分かる自信があるってことでしょ? 日文君って名探偵も出来たりしちゃう?」
「いや。名探偵を期待されても困る。僕はただの高校生だ」
「『ただの』ってことはないっしょ。バトルの最後に【朔】って技使ってたけどさ。あんなのその場で組み立てるなんて、すごく頭良くなきゃ出来ないから」
「あれは奥義の一つでね。褒めてもらって光栄の至り」
「祓い屋とは元々無関係なんでしょ? どこでそんなに強くなったの……気になるけど。後でいいや。頭の良さそうな日文君に、ちょっとばかし相談があって」
花瀬がそう切り出すと、他の三人の表情が少し強張った。
「あれを話す?」「外に漏れたら不味い案件だと思うわ」
「だからってこのまま放置はやばいじゃん」「客観的な意見は欲しいよね」
「日文さまはチクらないと思う」「仕方ないわね。一か八かだわ」
覚悟を決めたようだ。どうやら何事か隠蔽しているらしい。まさか研究費の横領でもしているのか。それなら遠慮なくチクる。相談に乗ってるフリからの密告だ。
四人は目配せし合った。写魏に視線が集中。溜息を吐き、彼女は事情を告げ始める。
「教育棟のエントランスで、術式のプログラミングコード化について研究してるとグダグダ話したと思うんだけど」「聞いたな。面白かった」
「えっ? あ、ありがとう。ゴホン。研究は、別に一人で全部やってるわけじゃない。他の三人も私と同じセミナーのメンバーで、共同で作業してる」
「なるほど。コミュニティで横に繋がれるのか。写魏でも友達が出来るわけだ」
「ほっといて。最近まとめた研究に、『強制解錠術のコード化』がある。あ、もちろん不法侵入が目的じゃない。まあ出来るんだけど」
「強制捜査やスパイ活動に重宝しそうだ」
「うん、狙いはまさにそれ。加えて認可申請書類管理用の金庫やぶ……ゲフン」
「ん?」
聞き捨てならない自供があった気がした。空耳だろうか。
写魏は首を縦に振り、コーヒーを飲み干した。「もう疲れた。誰か変われ」と告げる。花瀬が引き継ぐ。
「コード化はひと段落。研究室でちゃんと動くこともチェック。やったね! これで技術革新一歩前進! とは楽観出来なくて。実践出来て意味があるタイプのリサーチだから、もうちょっとちゃんとしたサンプルを取って安心したいわけ。そこで効果を試すため、オートロックがかかる深夜の教育棟に忍び込んだの。鍵が手動な男子トイレの窓から」
「不法侵入じゃないのかそれ?」
「ふふ。熱き魂に水を差す規範は破られても仕方ないのよ」
上止が、上品に笑いながらそう言った。結構やばい連中である。チクるかどうか迷うラインだ。ギリギリを攻められている。オルゾラテに口をつけ、「美味しいな」と現実逃避する。判断を先送りにした。
余談だが、男子トイレ窓の鍵が手動な点も気になった。女子トイレ窓はオートロックなのだろうか。
説明が根守さんにバトンタッチされた。
「そこで、一番セキュリティがガチガチなメインコンピュータルームに行ったのね。『祓い場』ネットワークの心臓部。ここを開けられるなら、私たちの研究が非常に有用だという証明になる。解錠コードを起動したら、見事成功。十五分間経ってから再ロック、バレる前にコソコソと逃げ帰ったよ」
「罪の意識はあったのか」
「警備士が来た時は焦った」「始末するかどうかで迷ったわ」
「バレた時の処理は大変だからねえ」「でも総じて楽しかったかなー」
四人は朗らかに笑い合う。訂正しよう。罪の意識はなさそうだ。異常者の集団である事実が徐々に明らかになってきた。背筋が冷たい。
「結局相談ってなんだ。お前らの認識が狂ってること以外何も分からない」
「問題はここからよ」「すでに問題だが?」
上止が人差し指を立てる。
「侵入から五日経って、証拠抹消の必要性にようやく気づいたのよ。オートロックのログにアクセスしたわ。深夜解錠の記録を消そうとしたの。すると、驚愕の事実が判明したの」
「驚愕の事実だって?」
「なんと、解錠コードの試験運用以降、毎日同じ時刻に十五分間、メインコンピュータルームのロックが解除されてたの!」
叫ぶ上止。自習スペースの利用者は僕たち以外にはいない。カフェの店員は奥に引っ込んでいた。
「そりゃ大変だ」
「私たちのコードが暴走している! でもそのメカニズムが分からない! だから止められない! これからもずっと回り続ける! 夜の決まった時間にメインコンピュータルームのロックがオープンしちゃうのよ! 控えめに言ってヤバい! 防犯の観点から誠によろしくない! いずれバレる! その前に報告しなきゃマズい! でもやっぱり怒られたくない!」
「そこで日文さまに相談」
四人がじっと見つめてきた。真剣だが暗い目だ。仰け反る。
「どうやったら隠し通せるかな?」
求められているのは名探偵ではなく共犯者だった。なんと愚かで性根の腐った連中だろうか。
猫又の里で祠を壊した時の自分を棚に上げて、僕はそう思った。




