特別捜査士資格試験
「試験を受けるだけで、どこの誰とも知れない馬の骨が資格を得られると?」
ダメで元々だったのを、友情に託けて頼んでみただけだった。門前払いされてもしょうがないと考えていた。それが、ただの受験によって捜査資料閲覧の機会が与えられるとは。機密文書の類だろうに。
先に無理を通そうとしたのはこちらだが、祓い屋は組織として大丈夫なのか? という気持ちに駆られる。もっと厳しい条件が課されると思っていた。具体的には、外部に漏らせば死がもたらされる契約の締結など。
「もちろん、評価が低い場合には資格は与えられない」
「それはまあ当然でしょうが。名前を書くだけで見られるなら最初から博物館に展示した方がいい」
「不安かな? ウチの管理体制が」「甘く感じます」
「理由を言えば安心する?」「筋が通ってれば」「じゃあ教えよう」
灰學の指導教員、史引先生はマクラの隣に座る。アルビニズムの少女写魏的乃が座っていた席である。チビチビとジュースを飲んでいたマクラはギョッと驚いた。ペットボトルを落としかける。
「祓い屋って職業は、新陳代謝がそこそこ高くてね。上層部以外」
「つまり辞めたり病んだり死んだりする若手が多いと。人材不足なんですね」
「理解が早くて助かるよ。よって、才能のある若者はいつでもウェルカム」
大仰に両手を広げる。あと数センチズレていれば、マクラの大きな猫耳に当たっているところだった。
「僕にはその才能があると?」
「まあね。年齢制限でまだ見習いだが、稀代の天才である石済灰學の推薦だし。聞いたよ。妖怪の里に出来たヒビを直せるくらいには、力に慣れていると。禊力は使えるね?」「まあそこそこ」
「牢獄は?」「お見せいたしましょうか?」
「結構。君が実力者なのは見て分かる。牢獄まで習得している。この時点で合格最低点は超えていると目される。と言っても、知識の度合いを見るためにペーパーテストは受けてもらうが。重要なのは実践力だ。ただ技が出来るだけの奴ならそこそこいるが、果たして精神面が伴っているか。現場に出られるポテンシャルがあるかを見極めたい。うーん、そうだね」
顎に手の甲を当てて悩む。数秒経って笑った。
「決めた。石済君と戦ってもらおう」
「「はい?」」
疑問符が重なる。聞いてなかったのだろう、灰學も狼狽えている。結論までの過程がさっぱり不明な提案だった。
が、質問する暇もなく、急ぎ足で別棟に連れて行かれる。中はいわゆるアリーナになっていた。つまり、広い競技場があって、その四方を観客席が覆っている。数人がジョギングしていた。全員ジャージだ。
史引先生が、大声で頼み込む。
「ごめん君たち! グラウンドを空けてくれないか!? 模擬戦をする! 一人は石済灰學だっ! 良かったら観戦していってくれ!」
全員ピタリと足を止めた。「石済だって?」「見習いにして最強の?」とざわついている。最強。憧れる称号だ。あの養育施設で、906番の背中を追い続けてきた者の一人として。僕にとっての最強は彼女だ。
祓い屋にとっての最強は、石済灰學なのか。
マクラを右手に収納し、貸してもらった戦闘服に着替え、競技場のど真ん中で灰學と向かい合う。未だ互いに状況は飲み込めていない。が、戦場で心構えなど出来ている方が珍しいのだ。動き出せばすぐのめり込めるだろう。構える。
数多もの視線を感じる。どうやら、石済灰學という最強が戦う場面を見に、大勢押しかけてきたようだ。話の広まりが早い。異界「祓い場」の情報網は、かなりしっかりしていると推測される。「ハジーン!」と女子の集団が黄色い声を上げていた。祓い屋伝統の檄飛ばしだろうか。
写魏も来ていた。彼女は遠目にもよく目立つ。同年代の女子一人と一緒にいる。友達だろうか。
『頑張ってくれ。日文が負けるところは見たくないぞ!』
「なるべく頑張ってみるさ。お前も必要以上に怖がるなよ?」『うん』
「只今より! 特別捜査士資格試験の模擬戦を行う! では……始めっ!」
始まった。
陽の気を椽転し、禊力とする。身体強化。まずは小手調べだ。踏み込んだ。音を置き去りにして殴りかかる。灰學も同様の動き。【矢】などの中距離攻撃に頼ろうとすれば、即座にアッパーカットを喰らっていたに違いない。
カウンターの方がいいか。宙で姿勢を変えようとした瞬間、危ない予感がした。「【妨】」と、灰學の術式を中断させる。禊力同士がぶつかり破裂した。
風圧に、バランスが保てない。追撃は一応可能だが、まだ序盤。無理する必要はない。これは殺し合いではなく試験だ。エキシビジョンマッチなのだ。
アクロバット・トリッキングの技を上手く組み合わせて勢いを相殺し、華麗に着地してみせた。灰學も同じくだ。観客席がどよめく。
「いきなり牢獄を使おうとするとは、まったく非道だな」
「はは。ドッキリが通じる日文じゃないか」
「不完全燃焼だ。ちゃんと接近戦をやろう」
「そうだなあ。あ。負けた方に罰ゲームとかする? 例えば」
灰學は舌を出した。享楽的な表情だ。
「敗北者はホイップクリームバキューム」「面白い余興じゃないか」
笑い返す。緊張感が湧いてきた。若いから死にはしないだろうが、三日は胸焼けを起こす。是が非でも負けるわけにはいかない。
「口に絞り込んでやる」「一生ケーキが見れない呪いに苦しめ」
地面を蹴った。肉迫する。
灰學の拳を掌で受け流した。勢いを利用して回転、左足を軸に後ろ回し蹴りを胴に放つ。どうせ受け止められる。ただのフェイントだ。弾かれる前に地に残った左足を蹴った。エアリアル。自らの胴体で隠した左手から、小さな【矢】を放つ。言葉は紡がない。禊力の消費は少し大きくなるが、このくらいは許容範囲内だ。
右肩を狙ったそれは、当然躱される。しかし灰學は少しバランスを崩した。着地後に再び跳躍、手に禊力を纏わせて、灰學の顔に伸ばす。
が、届かせるのはすぐ諦める。灰學の左手で、五百円玉が煌めいた。伸ばした手の肘を狙っている。引っ込めた。狙いが変わる。視線からは、どこをターゲットにしているのか分からない。指から判別するに、左上半身のどこか。
咄嗟に体を捻ろうとした。だが、敢えて低姿勢に切り替える。上スレスレをコインが抜けた。コインを打った手でそのまま掴みかかってくるのを、飛び受け身で流す。
また【矢】を放ったが、相手の【粒】に相殺された。
「ダイナミックだな」「観衆へのサービス精神を込めて」
「次は【刀】もありにしないか?」「危なくないか?」
「じゃあ【棍】で」「了解」
僕も灰學も、両手から禊力を放出した。棒状に成形する。
僕たちの戦いは、まだ始まったばかりだ。
y◯utubeで「アクロバット・トリッキング」と調べていただければ、当瀬がどんな動きをしているのか分かると思います。




