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寄奇怪解  作者: オッコー勝森
第二章 寄奇怪界

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アルビニズム


 四本の仏塔が正方形に並ぶ区画へと連れて行かれた。その一つに入る。見た目よりもずっと広い。空間が明らかに拡張されている。むしろ、建物に異界が練り込まれていると表現した方が正しいかもしれない。異界の中に異界。入れ子構造だ。

 また、想像していた日本伝統の間取りとは、まったく違う景色が展開されている。


「外観は古風なのに。いきなり自販機付きのエントランスホールとは。机がゆったり並べられている。奥に階段、エレベータ。大学施設に似てるな」

「十年前からこうなったらしい。当時の生徒が、古臭いのは嫌だ、キャンパス気分を味わいたいと変えさせた。素晴らしいキャンペーンだったと思う」

「ならいっそ、『祓い場』全体を大学キャンパス風に変えちまえば良かったのに」

「上層部は頭が固くてな」


 灰學は溜息を吐く。


「理事長の頭蓋骨はダイヤモンドで出来ているとの噂だ」

「問題は骨じゃなくて脳だろ」「脳プロブレムだぞ」「マクラうるさい」


 マクラの脳は、柔らか過ぎて溶けてないか心配だ。猫海綿状脳症。そろそろ花粉症のシーズンが始まる。鼻水から脳組織が流出するんじゃなかろうか。


「俺の先生呼んでくるから。アポの時間から三十分早いから、少しかかるかもしれない。テキトーに座って待っててくれ」「了解」


 急ぎでもない。自販機でコーヒーを買う。マクラには炭酸ジュース。時計は午前十時半を示していた。十一時くらいから話し始めるとなれば、顔合わせが終わった時がちょうど昼飯時だろう。

 三分ほど経って、エレベータが一階にやってきた。灰學にしては早い。少女が降りてきた。もちろん知らない人間だ。

 金色がかった白色の髪、大きな青い瞳。全体として色素が薄い。鼻も高いが、なんとなくアジア系と分かる顔立ちをしている。アルビニズムというヤツか。珍しいなと眺めていると、目つき悪く睨まれた。

 こちらに近づいてきた。挨拶が飛んでくる。


「おはよう」「はい。おはようございます」

「見たことのない顔。誰?」「怪しい者じゃないですよ」

「主観ではそうでも、私からするとかなり怪しい。なぜなら、私とそれほど歳が離れていないように見える女性を、糸で繋いでペット扱いしてるから。危ない変態という第一印象、抱かざるを得ない」

「まったく以ってその通りです」


 白旗を上げる。当瀬日文という男が置かれている状況を客観的に洞察されれば、反駁可能性は限りなくゼロに近づく。通報されても仕方がない。


「潔いのは大変結構。介錯なら務めてあげる」

「待て。さすがに切腹ものの重罪とは僕も思っていなかった」

「それは認識が甘い。今の世の中、百合の間に挟まるだけで男は死刑なのに」

「厳しいな。男の友情に入り込む女はどうなんだ?」


 敬語を使う気がなくなってしまった。いつもの口調で話す。


「それはただのサークルクラッシャーでしょ」


 少女は自販機に赴き、ペットボトルの葡萄ジュースを購入する。テクテクと近づいてきて、机を共に囲む。第一印象で危ない変態と決めつけたのではなかったのか。


「危ない変態がこんな場所で堂々としてられるわけない。連れてる女も妖怪だし。セカンドオピニオンで、ただのVOTE参加者と判断した。私の名前は写魏(うつしぎ)的乃。一応祓い屋」

「セカンドオピニオンとは、納得いく治療法を求め、今とは別の医師に診断を下してもらうことだが。まあ正解だ。僕はVOTE参加者の当瀬日文」

「マクラは猫又のマクラだぞ」


 灰學と違って、写魏的乃はVOTEを知っているようだった。ペットボトルを一気に呷る。半分ほどなくなった。

 喉が渇いていたのかもしれない。


「プレゼンでもしてたのか?」

「当たり。研究は楽しいけど。喋るの苦手だし。疲れたから休憩」

「濃縮還元果汁100%の葡萄ジュースは喉に絡むだろ。ミスチョイスじゃないか?」

「うん。ちょっと後悔してる。ウォータークーラーで口直しする予定」

「喉を洗い流すには勢いが足りないだろ。紙コップと麦茶があるが」

「欲しい。くれ。代わりに飲みかけのペットボトルをあげる」「いらない」

「マクラがもらってやるぞ」


 ボストンバッグから水筒とコップを取り出す。なみなみとお茶を注いだ。写魏はグイッと飲み干す。一方マクラは、もらった葡萄ジュースと自分の炭酸を混ぜていた。カクテルなどと宣っている。ファミレスのドリンクバーで似たようなことをする子供をよく見かける。

 写魏は、さりげなくポケットに手を伸ばした。無意識的な行動。そこからスマホを取り出すのが習慣の一環なのだろう。が、すぐに手を止めた。やるせなさそうな表情で、すごすごと姿勢を戻す。


「スマホを忘れた? あるいはなくしたのか?」

「なくした。朝に机の周りを探してもなくて。遅刻ギリギリのタイムリミットが来て、諦めるしかなかった」


 しゅんと項垂れる。ゲームカセットをなくしたマクラみたいだ。可哀想に感じた。助けになるか分からないが、問いかける。


「さっきまでプレゼンがあったんだろ? つまり昨日は資料作りに追われていた?」「そう。私は追い込みで覚醒する女。日付が回ってようやく終わった」

「調べ物はスマホで?」「出典の確認とか、諸々で多用する。昨日もたくさん使った」

「夜まではあったわけだな。なのに朝起きたら机から消えていた」「うん」

「なるほど。そうだな。夜食は取ったか?」

「パワポが準備出来て安心して。そしたらお腹が空いちゃって。インスタントのラーメン食べたくなって。お湯を沸かした。SNS見ながら……あっ」


 写魏は閃く。


「キッチンに置き忘れたのかも。ルームメイトにチェックしてもらう。スマホを貸して」「ほら。電話の仕方は?」

「大丈夫。これ私と同じの。色違い」


 慣れたように電話番号を入力する。コンロ付近に自分のスマホがないか聞いていた。見つかったのだろう、口元に朗らかな笑みが浮かんでいる。


「ありがと。人生の不安が一つ解消された」「大袈裟だな」

「スマホは私の生命線だから。プレゼン中も気が気じゃなかった。依存症なの」

「僕もノートパソコンを失ったらパニックになるだろうから。便利なものは人の心を脆くするんだ」「分かる。それな」


 ここ最近でア◯プルが出した、便利な新商品群について語り合う。話題がCPUの高速化に移る。それから、禊力を使った術式のプログラミングコード化が急速に進んでおり、最近の祓い屋は、皆が皆IT界の躍進に注目しているという驚くべき話を聞いた。

 押し寄せるコンピュータサイエンスの波。写魏がさっきプレゼンしたのも、その関連分野についてらしい。実に興味深い。知的好奇心がそそられる。

 十一時五分になった。エレベータが開く。


「すまない日文。待たせたな」「問題ない」

「あれ。確か、写魏さんでしたっけ? 日文、友達になったの?」

「君。あの石済灰學のツレだったの?」


 困惑したように言う。恐縮しつつ席を立ち、「じゃ、また機会があったら」と残して去っていった。引き止める隙もない。


「とほほ。俺はやはり嫌われている」

「そういう雰囲気でもなかった気がするが。で、そちらの方が」

「そう。俺の指導教員。史引(ふみひき)先生」

「初めまして。君が当瀬日文君?」「そうです。初めまして」


 立ち上がって、ナイスミドルと握手を交わす。


「真島柿さんの事件と、ここ二週間巷を騒がせている、自宅内失踪と資産家の奇病についての資料を見たいとのことだったね」「そうです」

「何の資格もない子に見せてあげることは出来ない」


 落胆しかける。だが尤もだ。飲み込もうとしたところで、史引先生は言葉を続ける。


「だから。君には資格を得るための試験を受けてもらう」


一応書いておくと、アルビニズムとはアルビノ疾患のことです。

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